続・てんしん日記2022

teacapブログから引っ越しました。
花の写真、本の感想、日々のできごと等々かな。

おかげさまで。

2012-03-29 21:50:00 | ノンジャンル
呼吸困難だった母が、酸素をはずし、2週間ぶりにお風呂に入ることができました。施設最長老の107歳に続く芯の強さとほめられました。
それに比べ私はホテルのクーラーにやられ、風邪気味です。エアコン=クーラーの地域性に負けたのは今回だけではありません。掛け布団は薄手で…。天然温泉のある大きなホテルですけど。

 となりの那覇港に波の上丸がビルのように見えたのがとても懐かしかったです。多分受験で父と上京したとき乗った船です。(その近くから乗った元琉球海運を定年退職したタクシーの運転手の話では、その船は3代目だそうで、ぜいたくなつくりのため赤字のまま持ち主が次々変わった、と聞きました。)
 写真は港の突端で拝所でもある三重城(ミエグスク)からの海です。元気な男子たちはここまで船を追っかけて走っていました。古琉球の地図にも出ている場所で、琉舞「花風」が生まれた場所とも書いてありました。はやりの言葉で言うとパワースポットでしょう。誰もいませんでした。小鳥以外は。



再び那覇から

2012-03-28 21:34:00 | ノンジャンル
初夏のような那覇にたどり着きました。羽田の長い新滑走路にはちょっとびっくりでした。ウトウトしてるいる間中飛行機は長い滑走路を走っていました。
いま沖縄に子どもの放射能からの保養所をつくろうという運動が始まるらしいですが、打ち上げロケットを迎え撃つとか。またぞろ恐ろしいことに加わる話にがっかりします。相手の思うつぼではないですか。無視するわけにはいかないのでしょうか。きな臭いことはごめんです。
子ども用の保養所構想は軍事基地と同居できるはずはないと思う。
母の呼吸を見ると吐くのにくらべ吸うのが弱くなっています。94歳、高血圧ほかたくさんの病気をしましたが、いまは酸素のお世話になっています。
写真は春休みで賑わう那覇空港のラン。



那覇から

2012-03-25 21:45:00 | ノンジャンル
母の様子を見に行ました。
那覇ではマスクをした子どもはいません。何かほっとします。
82歳の叔母とおもろまちへ出かけました。
若いヘルパーYさん家族とも会うことができました。大きな車に乗っているのは民泊というホームステイ制度があり、本土の中学生を2、3人受け入れるからだそうです。小学生のMちゃんは三線と琉球舞踊が得意とか。写真はおもろまちのシロツメ草です。首里ではブーゲンビリアも咲いていました。



私も聞きました。セシウムの恐ろしさを。

2012-03-22 00:43:00 | 反原発
 放射能防御プロジェクトの木下黄太さんのプログから申し込んで大井町のきゅりあんで開かれた「ユーリ・バンダジェフスキー博士」の講演会に参加しました。都心に出るというのでいざというときの準備をして出かけました。
 
 1990年にゴメリ医科大学を設立し、チェルノブイリ原発事故の被害を克明に調査してきたバンダジェフスキー博士の全国公演最終日とあって1,050枚のチケットが半日で売り切れたそうです。子どもづれや若い人が多かったです。
 通訳付きの講演会で、前半はセシウムに対する心血管疾患と悪性腫瘍の説明で難しいかったですが、この資料を発表した途端に国によって収監されたそうです。どこでも原子力ロビーの力が強力にあるようです。
 セシウム137は半減期が30年でたとえ少量であっても人体にあってはならないものだということ、さまざまな臓器に悪さをし、カリウムやナトリュウムのように入り、蓄積され、ガンマ線やベータ線を出し続ける。人体から出て行くときも安定バリウムを残し(攻撃は続く)出ていくという話を疫学的に説明されました。最大の防御は避難です。きれいな空気の場所へ移動すること。福島の事故はチェルノブイリの事故より小さいと言いたい勢力があるようだけどもっと危険で、これは日本だけにとどまらないと話されました。本当に悪夢のようです。

 木下さんのグループは都内23区の土壌調査を行っていて、平均値が924ベクレル/kgで、チェルノブイリ原発事故の30キロ圏内のキエフ以上の数値を出しているという報告がありました。しかもそれらは側溝や雨どいなどではない場所とのことでした。また目黒区のカーポートで10万ベクレルを出したそうです。「サラリーマンなどやっている場合ですか」と厳しく強く話されました。
 3.11の大惨事の受け止め方も人さまざまで家族でも違っているいま、、、。どうしたらいいのか。



地震

2012-03-18 08:34:00 | 反原発
 放射能の汚染状況に目をうばわれているうちにここ関東では地震への備えが最重要課題となってきました。ご近所の方の防災用品の買い物にお付き合いし、アルミシートを購入、早速布団の下に敷いてみました。使っていると忘れないかと思ってですが、使い心地は想像以上にいいので、これまたここにあることを忘れそうです。平日でも大賑わいの大型ホームセンター、ジョイ○ル○ンダには非常用トイレ袋などが山積みされていました。
 
 団地自治会がバスタオルで作る防災ずきんをやっていてその中に縫いこむのはフェイスタオル2枚のほかに
「軍手、下着上下(シャツは長袖)、絆創膏少し、10円玉10個、千円札、使い捨てカイロ、マスク、笛(あれば)、常用薬(あれば)45ℓゴミ袋1枚、靴下、通帳番号・年金番号の写し(手書きでも)、糸・針」となっています。
 いつか記念品でもらった非常用持ち出し袋の中身は「ロープ、軍手、折りたたみポリバケツ、アルミシート」です。

 ツイッター情報では、八が岳で磁場を測っている方からは「カロリーメイト、ナッツ、マスク、軍手、ゴーグル、タオル、ペットボトル、ナイフ、ライター、LEDライト、携帯充電器(電池式のものも)、ペン、思い出の品物」すぐ逃げ出せるようにとのツイートが出ています。
 困ったなあです。取り散らかすのは上手ですが、たくさんの中からまとめるというのは難しいです。

写真は春の朝ごはん、ふき味噌、レンコン団子、ミモザサラダ、あさり汁