中華思想による階級社会の下で、下位に位置する者から受ける物資には、感謝の念を持つことなく、「当然だ」という態度をとるのが、韓国の伝統です。
李朝時代には国家としてそのような伝統があり、上位の者が下位の者に謝意を示すことなど屈辱だったのです。
そのような伝統的思想が、現代韓国人の行動の中にも垣間見えます。
2013年末、南スーダンにPKO部隊として派遣されている自衛隊に、韓国軍から「小銃弾の供与」が要請されます。
当時の新聞報道によると、敵に囲まれた韓国軍は弾薬が不足し、それで「1万発の小銃弾を貸して欲しい」という要望が日本に来ました。
日本には武器輸出三原則があり、銃弾の外国部隊への供与は認めていませんでした。
しかし日本政府は、緊急性があることや人道的配慮から、武器輸出三原則の例外として、潤弾の無償供与を決定します。
銃弾が韓国軍に到着したとき、韓国部隊は自衛隊に感謝の電話を入れます。
「日本隊のご協力に感謝します。この弾薬は日本隊と韓国隊の強い絆の象徴です」という内容だったといいます。
ところが同じころ、ソウルで記者会見に臨んだ韓国政府高官の発言は、日本隊からの報告とは食い違う内容でした。
「追加防御の意味で国連に弾薬の支援を要請し、国連を通じて支援を受けたというのがすべてだ。それ以上でもそれ以下でもない」
・・・・・・日本隊に銃弾供与を直接依頼した事実を否定したのです。
そもそもPKOの最前線で銃弾が不足するというのは、韓国軍の大きな失態です。
面子を保つための強がりもあったのでしょう。
そこには国際協力に積極的に貢献している日本の、引き立て役に回ってしまった悔しさがにじみ出ています。
「いとこが田畑を買えばお腹が痛い」のです。
しかも面子を保つため、日本側に対し、「銃弾供与の事実を公表しないでくれ」という依頼もあったとか・・・・・・しかし日本政府がそこまで韓国の面子を守らなければならない理由はありません。
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