韓国の歴史ある風俗街は乗換駅の駅前にあることが多かった。
ソウル(서울)駅前、永登浦(영등포)駅前、龍山(용산)駅前、清涼里(청량리)駅前、水原(수원)駅前、平澤(평택)駅前、天安(천안)駅前、麗水(여수)駅前、江陵(강릉)駅前、慶州(경주)駅前、春川(춘천)駅前、木浦(목포)駅前、釜山(부산)駅前、釜田(부전)駅前、浦項(포항)駅前・・・・・・。
ソウル駅前の陽洞(양동)はガラス戸の置屋が並んでいたし、龍山(용산)駅前の風俗街は数年前まで賑やかだった。
麗水(여수)エキスポのときには、エキスポ会場近くの駅前の風俗街が話題になったし、平昌(평창)オリンピックのときには、スケート会場だった江陵(강릉)駅前の風俗街が話題になったりした。
また風俗街以外でも、ホテルや旅館に一人で泊まると、ホテルのボーイや旅館のアジュンマがアガシ(女の子)の斡旋をしていた。
1980年代くらいまでは、一人でホテルや旅館に宿泊するのは、ある意味勇気がいったものである!
ソウルで有名な置屋街、清涼里駅近くの588(オ―パルパル)、置屋街を通るとオッパーとアガシが声をかけてくる。
しかし、2004年の「性売買禁止特別法」によって、李明博の「女性と子供が集まる街」構想に基づく再開発が行われ、ソウル市の風俗街では壊滅的な取り締まりが行われた。
逮捕を逃れた「売春婦」は、国外に脱出し、そこで再び違法営業を行う。
まるで北朝鮮が外貨獲得のため、若い女性を揃えて中国東北部で焼き肉料理店をやっているような出稼ぎであり、こうした実態に国際社会の非難は強い。
アメリカ中西部の地元紙は「麻薬はコロンビア、売春はコリア」と揶揄し、オーストラリアなどでは、十分な資金を持っていない韓国人女性の入国を禁止しているほどである。
しかし、韓国売春婦のうち海外に出ることができたのは、一部にすぎない。
海外に脱出できるくらいの多額の貯金を持っていた女性、もしくは支援してくれるスポンサーのいる女性だけである。
要するにそれだけ質の高い「人気者」だけが、取り締まりが厳しくなっている韓国を棄て、海外で営業することができたのだ。
では、残りの売春婦はどうなったのか。
「性売買禁止特別法」が実施される2004年以前、韓国の売春婦の数は約100万人と言われていた。
2001年の統計では「専業売春36万人」「副業売春54万人」の他に、「臨時売春20万人」とされた。
もちろん、こうした数字はしっかりしたものではないが、一応実態を大づかみにするのに役立つ。
専業売春と言うのは、業者の施設に付属して男性客のために待機している女性のことなので、推計の数字はだいたい正しい。
副業売春は主婦、OLなど別に本業を持っている女性であるが、本業よりも売春の方が収入が多く、実態がつかみづらい。
臨時売春というのは、韓国社会ではモデルクラブや芸能人なども、交渉次第で身体を売ることをいとわないのでこう呼ばれるが、実態は噂の範囲でしかない。
韓国では女性に純潔、貞操を強く求めるので、結婚に失敗したり、恋愛に敗れた女性はニ度と結婚できないだけでなく、社会からの厳しい目にさらされる傾向が強い。
それ故、料理店やブティックで働く女性たち、果ては看護師などが、勤務時間を過ぎれば「売春婦」の顔を持つことが少ないないという社会背景がある。
ディスコやキャバレーなどでは、女性が男性をナンパし、ホテルに誘い、その後金銭の交渉を行うことも少なくない。
要するに、「売春」という行為そのものの件数は多いが、「売春婦」を特定するのは難しいのである。
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