TAMO2ちんのお気持ち

リベラルもすなるお気持ち表明を、激派のおいらもしてみむとてするなり。

第二次朝鮮戦争の危機の中で

2017-04-22 22:28:00 | 幻論
 今までのツケが爆発しそうである。ちょっと昔のことを振り返る。1994年、北朝鮮の核開発が明るみに出た頃、アメリカのクリントン政権はそれを阻止するべく、空爆を検討した。そこから六カ国協議により、エネルギー支援と引き替えに北朝鮮は核開発を止めるという約束をした。だが、実際にはエネルギー支援を受けつつも、核兵器開発を止めなかった。同時に、ミサイル開発を継続し、日米韓の危機はきわめて大きくなった。

 アメリカから見たら、日韓が危機になっても、自国にミサイルが飛んで来ない間はそんなに大きな問題だと思っていなかったのだろう。第二次世界大戦でヨーロッパが危機になっても、最初は介入しなかったことを思い出す。

 北朝鮮については、中学生の頃からえげつない、酷い、残酷な、そういう形容をするしかない話を、直接・間接に在日朝鮮人から聞いていた。人権、人道、そういうものはすべて国家に従属すべきと考えている国家である。危機の本質の一つは、このような北朝鮮のあり方による。国民の多くが餓死するような状況で、核兵器の開発に貴重なお金を回してきたんだから。

 「国家」という枠組みは難しいものである。国家主権があり、その国家がどのような残酷な政治を行っていても、それだけでは諸外国はその政権を打唐キる権利はない。北朝鮮の場合、政権批判は文字通り殺されるほど自由がない。その中で、体制変革を中に生きる国民に求めるのは非常に酷、というか、不可能である。そういう次第で、非人道、反人権を絵に描いたような北朝鮮の金政権は継続してきた。

 今、アメリカと北朝鮮の二国間交渉を中国は求め、そして日本の左翼も求めているようだ。だが、それで「平和」がもたらせたとしても、そのような北朝鮮であり続ける限り、危機はいったん遠のくとしても、さらにパワーアップ?してやってくるであろう。チェンバレンがナチスと「共存」を選んだ結果を参考にするべきである。

 結局のところ、北朝鮮政権が人権、人道を守る政権に変わってもらうように、すなわち、「内政干渉」をするしかないのではないか。戦争を回避しつつ、そのような道筋を見なければならない。二国間交渉をやればいい、というものでは決してない。

 また、日本にもし、ミサイルが落ちるようなことがあれば、憲法前文の前提が吹っ飛ぶので、政治に真摯さを持とうとするならば、立場によらず改憲をするしかなくなるだろう。「憲法を守れ」と言えば、政治意識のある人は憎悪を持ちつつ耳を塞ぐ社会になるであろう。

 大枠で言えば、北朝鮮だけにすべての責任があるわけではない。人類の課題であるはずであった核兵器廃絶が出来なかった結果でもある。相互確証破壊という核の傘の外にあると北朝鮮は考えたわけで、アメリカへの対峙(戦争は公式には終了していない)の結果であるという面は見逃してはいけない。

 また、北朝鮮が人権抑圧の体制になったのは、レーニンの時代から続く社会主義・共産主義体制における人権抑圧の歴史の延長に位置づけなくてはならないであろう。

 「体制選択はその国民の課題である」としても、そのような社会主義・共産主義体制の下では困難であることを我々は知っている。国際連帯をするにしても、国家によらない市民の自立、自由があってこそ。共産主義は、国家の死滅=国家の乗り越えの思想であり運動であったはず。それを可能ならしめるには、自由主義国家のみならず、共産主義国家(それ自体が形容矛盾ということはおいておくにしても)の中の国民の市民的自由があってこそ。

 そういうことは左翼ならば十分に理解していたはずだが、それを共産主義国家に求めることは先に書いた「国家主権」などの前に「自制」してきた。有名なのは、プロレタリア文化大革命で恐るべき殺戮が行われていても「中国の主権内の問題」として傍観していた日本共産党。それは正しかったのだろうか。そんなことで、国際連帯など本当に可能だったのだろうか。

 また、日本国憲法の平和主義は素晴らしい。だが、それには「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼」できる環境を作らなくてはならなかった。それは、日本の時の権力に求めるだけでは不十分であった。どれだけ日本の外の権力に働きかけたのだろう。かつてけんかした中国人は鋭くも言った。「そんな憲法前文、意味がないよ、なぜなら日本はアメリカの傘下に入り、我が国と対立関係にある。アメリカが「平和を愛する諸国民の公正と信義」を持つと言うのか?と。それはパワーャ潟eィックスの世界のプレーヤーである、中国やソ連にも当てはまる。要は、冷戦以降そんな憲法前文の前提などなかった、と、言わざるを得ず、それに護憲派は目をつぶっていたと言わざるを得ない。そのことは、憲法前文の前提を世界に広げよう(作ろう)としなかったある種の日本左翼の無能を歴史は証明することになるだろう。いろんな意味で日本流の一国社会主義、一国共産主義の破綻である。最悪の事態の場合、次に「敗北を抱きしめる」のは日本左翼ということになろう。

 右にも言いたいことはいっぱいあるけど、読んでおられる方は左側が多いのでこのくらいで。まあ、右とか保守は、直接お会いしてお話したほうがいいだろう。


 左側は

「海を隔てつ我ら腕(かいな)結びゆく」

しかないのだ。(まだない、だが唯一の可能性としての)



国際共産主義運動万歳!




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