はあどぼいるど・えっぐ

世の事どもをはあどぼいるどに綴る日記

セルラー

2007-09-10 21:59:39 | 映画
「セルラー」監督:デヴィッド・R・エリス

 ラリー・コーエン脚本ということで、お題はやはり電話。かの実験的作品「フォーン・ブース」とは異なり、バランスのとれたスリラーに仕上がっている。
 始まりはある晴れた日。たくさんの若者で賑わうビーチでナンパにいそしむライアン(クリス・エヴァンズ)の携帯に、見知らぬ番号から電話がかかった。ジェシカ(キム・ベイシンガー)と名乗る女は切羽詰った様子で、自分が誘拐監禁されていること、今いる場所がどこかわからないことなどを告げる。しかし軽薄で享楽的な今時の若者ライアンは取り合わない。すぐさま通話を切ろうとする彼を、ジェシカは必死に制止する。一度は破壊された電話を修理して使っている。この通話を切られたら、自分は死ぬしかない……。
 半信半疑のライアンの耳に、ジェシカを追い詰める男・イーサン(ジェイソン・ステイサム)の罵声が飛び込んだ。事ここに至ってようやくこれが本物の事件であることを理解したライアンは、顔も見たことのない女・ジェシカを救うためにLAを駆け回る。
 着眼点。その一言に尽きる。コール音、圏外、充電、ハンズフリー、リダイヤル、動画撮影etc……。携帯電話というありふれたギミックを使いたおすことで多様な演出を生み出している。互いの状況が音によってのみしかわからない緊迫感もよい。それでいて、話の中心が常に「人」にあるのも好印象。
「LAコンフィデンシャル」以来ひさしぶりのキム・ベイシンガーはかなりよかった。歳の数だけ芸に磨きがかかっているという感じで、適度な美貌の衰えもむしろ武器にしている。暴力や死の恐怖、あってはならない終末の気配と戦いながら、同時に我が子や夫の身を案じる妻の凄絶な表情に説得力があった。
 しかしこの映画最大のめっけものはライアン役のクリス・エヴァンズをおいて他にない。軽すぎるという理由で恋人クロエにフラれたライアンは、当然真摯な若者でもタフガイでもない。暴力も運動神経も、知能や運転技術だって水準を下回る。だがある種の図太さと、見も知らぬ家族の命が自分の肩にかかっているのだという自覚が彼を突き動かした。セキュリティ会社(米国のセキュリティは銃も逮捕権もある)の車を奪い、弁護士の車を奪い、銃を片手に携帯ショップに乗り込み、と様々な法を破る一方、電話越しでは常にジェシカを励まし勇気付ける。ラストでは、まったく同一人物とは思えないほどの変貌ぶりに、クロエも思わずびっくりしていた。
 心地よい自己改革とすっきりした余韻。この手のジャンルではあまりない、爽やかな後味のスリラーだ。