91年のソ連邦崩壊とそれに引き続く東欧諸国解体は「裏切られた革命」として記憶されるべきことであったが、それらは実際のところは「自壊した」のだと言うべきであって、何も「自由主義陣営」=資本主義体制が勝利したわけではなかったのだ。
にも拘らずブルジョアジーの側は「勝利の雄叫び」をあげ、アメリカ一国中心主義と「新自由主義」が世界を席巻しておおよそ20年という月日が経過をした。
さて、どこに立ち至ったか。
現に目の前にある世界は誰の目にも明らかなように「混迷と当惑」が沸点に達していて、「新しい時代」を作り出していくためのどんなイデオロギーも発見をされてはいないというところなのだろう。
「年寄りの繰言」として「昔はよかった」というのがある。
多くはインチキ臭いものであっても、当時の「社会主義体制」は「民族自決」の闘いや「反独裁・民主主義革命」の重大な支えであったし、「先進」資本主義国の労働者階級の闘いの後ろ支えとして充分な機能を果たしてきたのだった。
例えば「ベトナム戦争の勝利」、例えば「キューバ革命の勝利」、例えば「先進」国の労働組合運動の前進などなど…..
「昔はよかった」なぁとつくづく思う。(涙が出そうだよ、ホントにッ!)
この後、ベトナムのドイモイ政策がどのように展開するのか、或いはまた「キューバの未来」がどんなものになるのか、蛙にはよくは分からないが、今のところ一番信頼を寄せているところだし、それだからその「行く末」に対する心配もまた大きい。
「先進」国労働運動の方は「完全に敗北をした」ように蛙には見受けられる。
特に「我が国」ではそうだろう。
「労働基準法」さえ護ることができない「労働者階級の闘い」などというのは蛙の想像を絶する世界だ。
実際、「派遣」労働を巡るこの間の労働側の対応は何だったというのか。
とりわけ「連合」幹部の罪は重いと言わなければなるまい。
「世界」を考える際であるが、「階級的な視点」からものごとを見なければならないということを強調しておきたいと思う。
アメリカを筆頭に中国、ロシア、韓国・「北朝鮮」そして「我が国」、その他諸々の諸国家は「全て」「強盗国家」であり、支配の座についているのは「強盗共」なのだということを忘れてはならない。
例をとろう。
この時期、中国が我が国を抜いて「GDP」で第二位に躍進をしたという報道がなされたが、それをどのように受け止めるべきか。
マスコミは大々的にこれを取り上げているが、何故、大騒ぎをする必要があるのか。
ある組織の基調に「アメリカも日本も、経済的には中国を無視や敵対はできない状況になって」いるというような文言が書かれていて蛙は唖然としたのであるが、マスコミがこのように騒ぎ立てる意図にみごとに嵌められているという他ないというべきだろう。
マスコミは「この国」の支配層の宣伝機関であり、これはあからさまなイデオロギー操作なのであって、それに対抗する「逆宣伝戦」が考えられなければならないはずなのに、だ。
言っておくが、GDPなどという「指標」で世界を評価するその姿勢がそもそも「支配の側に屈服する」ことになるのだ。
GDPとは「国内総生産」のことだから、中国が日本を抜くのは「その人口」からして当然のことなのだ。必ずアメリカをも追い抜くだろう、日本はまたインドにもロシアにも必ず追い抜かれることになる。
その国の「人口」や保有する「資源」からして早晩、それは必然なのだ。
実は、そんなことは大した問題ではない。
「世界」を考える際、我々が「指標」として見定めなければならないのは「平和・人権、そして民主主義」の意識の成熟度なのだ。
中国のGDP第二位だって、「一人当たり国民総生産」を見れば、日本国の十分の一に過ぎない。
大騒ぎをする必要は何もないのに何故、マスコミ・支配層が「こんな話題」を喧伝するのかを考えなければならない。
曰く「中国に負けていいのか。競争に必ず勝つために更に一層の労働者の賃金の低下が図られなければならない。法人税ももっと低い水準に抑えなければならない。世界は大競争時代なのであるから、勝ち残るためにはもっと規制緩和を推し進め、自由経済を進展させなければならない」=詰まるところ徹底した新自由主義の展開というところに結ぼうという話なのだ。
(まッ、このくらいでちょっと休憩)
にも拘らずブルジョアジーの側は「勝利の雄叫び」をあげ、アメリカ一国中心主義と「新自由主義」が世界を席巻しておおよそ20年という月日が経過をした。
さて、どこに立ち至ったか。
現に目の前にある世界は誰の目にも明らかなように「混迷と当惑」が沸点に達していて、「新しい時代」を作り出していくためのどんなイデオロギーも発見をされてはいないというところなのだろう。
「年寄りの繰言」として「昔はよかった」というのがある。
多くはインチキ臭いものであっても、当時の「社会主義体制」は「民族自決」の闘いや「反独裁・民主主義革命」の重大な支えであったし、「先進」資本主義国の労働者階級の闘いの後ろ支えとして充分な機能を果たしてきたのだった。
例えば「ベトナム戦争の勝利」、例えば「キューバ革命の勝利」、例えば「先進」国の労働組合運動の前進などなど…..
「昔はよかった」なぁとつくづく思う。(涙が出そうだよ、ホントにッ!)
この後、ベトナムのドイモイ政策がどのように展開するのか、或いはまた「キューバの未来」がどんなものになるのか、蛙にはよくは分からないが、今のところ一番信頼を寄せているところだし、それだからその「行く末」に対する心配もまた大きい。
「先進」国労働運動の方は「完全に敗北をした」ように蛙には見受けられる。
特に「我が国」ではそうだろう。
「労働基準法」さえ護ることができない「労働者階級の闘い」などというのは蛙の想像を絶する世界だ。
実際、「派遣」労働を巡るこの間の労働側の対応は何だったというのか。
とりわけ「連合」幹部の罪は重いと言わなければなるまい。
「世界」を考える際であるが、「階級的な視点」からものごとを見なければならないということを強調しておきたいと思う。
アメリカを筆頭に中国、ロシア、韓国・「北朝鮮」そして「我が国」、その他諸々の諸国家は「全て」「強盗国家」であり、支配の座についているのは「強盗共」なのだということを忘れてはならない。
例をとろう。
この時期、中国が我が国を抜いて「GDP」で第二位に躍進をしたという報道がなされたが、それをどのように受け止めるべきか。
マスコミは大々的にこれを取り上げているが、何故、大騒ぎをする必要があるのか。
ある組織の基調に「アメリカも日本も、経済的には中国を無視や敵対はできない状況になって」いるというような文言が書かれていて蛙は唖然としたのであるが、マスコミがこのように騒ぎ立てる意図にみごとに嵌められているという他ないというべきだろう。
マスコミは「この国」の支配層の宣伝機関であり、これはあからさまなイデオロギー操作なのであって、それに対抗する「逆宣伝戦」が考えられなければならないはずなのに、だ。
言っておくが、GDPなどという「指標」で世界を評価するその姿勢がそもそも「支配の側に屈服する」ことになるのだ。
GDPとは「国内総生産」のことだから、中国が日本を抜くのは「その人口」からして当然のことなのだ。必ずアメリカをも追い抜くだろう、日本はまたインドにもロシアにも必ず追い抜かれることになる。
その国の「人口」や保有する「資源」からして早晩、それは必然なのだ。
実は、そんなことは大した問題ではない。
「世界」を考える際、我々が「指標」として見定めなければならないのは「平和・人権、そして民主主義」の意識の成熟度なのだ。
中国のGDP第二位だって、「一人当たり国民総生産」を見れば、日本国の十分の一に過ぎない。
大騒ぎをする必要は何もないのに何故、マスコミ・支配層が「こんな話題」を喧伝するのかを考えなければならない。
曰く「中国に負けていいのか。競争に必ず勝つために更に一層の労働者の賃金の低下が図られなければならない。法人税ももっと低い水準に抑えなければならない。世界は大競争時代なのであるから、勝ち残るためにはもっと規制緩和を推し進め、自由経済を進展させなければならない」=詰まるところ徹底した新自由主義の展開というところに結ぼうという話なのだ。
(まッ、このくらいでちょっと休憩)