続・蛙独言

ひとりごと

書いておきたいことは

2012-03-15 08:06:49 | 日記
書いておきたいことは山ほどあるのですが、とりあえず、3月一杯、休業です。

それにしても、この「国」も「世界」も、どうなってしまうのか、あまりに腹立たしいことが続きます。

蛙としては、どんなことがあっても、自身に誠実に、自由に生きていきたい。
「嘘つき」は許せないってことで、「本名」の方の多忙さで、もう少し、頑張っていきます。

差別とあらゆる差別との「闘い」は、命ある限り、ということですが、同盟とは「サヨナラ」ということになるやも知れない日々ですね。

同盟について 2

2012-03-02 10:04:44 | 日記
それはいつのことだったか、どこでのことだったか、話の脈絡もすっかり記憶から失せてしまっているけれども、講演形式で聞いた「ことば」で「忘れられないこと」が二つある。
比較的、小規模の集まりだったと思う。
10年以上は前のことかも知れない。
そのひとつは上杉委員長の話で、「我々はブッダやキリストやムハンマドがやろうとして出来なかったことをやろうとしているのかも知れない」と言われたことだ。
いうまでもないだろうが、「解放運動」が「全人類の解放」と直截に結びついているのではないかという謂いだ。
それは、蛙の胸の内にストンと落ちて消し去ることのできないものとなった。
けれども、現実の同盟の運動の態様を見るに、そういう理想はどこに行ってしまったのかと疑わざるを得ない状況は続く。

またひとつには、大賀さんが「同盟の将来」について「いずれは1割くらいまで、詰まり、2万か3万人くらいにまで同盟員数は減るだろう」と言われたことだ。
当時、そういう時代が来るに違いないと蛙も思ったけれど、このようなスピードで減少するとまでは考えてはいなかったような気がする。
同盟が大きな所帯になったのは「特措法」時代のことだ。
1970年代の初頭だったろう。
蛙のブログでも、それは「バブルというほかない」と言ってきたと思う。
けれども、そういう「減少する時代」の到来を受け止める準備は、蛙自身を含めて誰もがしてこなかったのが現実だ。
今でも「減少をどうやってくい止めるか」という発想が支配的なのだろう。
それは違うのではないだろうか。
今は、「減少は必然」という受け止め方をとる必要があると蛙は思う。

実際、最大で20万~30万の組織だったと思うけれど、それを運営していくにはそれなりな資金と人材が必要だったわけで、「その時代」にはそれを支えていけるだけの力はあったのだ。
ここにきて、組織維持の財源は急速に落ち込んできているように見受けられる。
一人当たり千円の同盟費が中央に払い込まれていたとすると、年間、2億から3億の予算を運用していたことになるが、現在、7万人程度まで減員しているのだから、7000万円まで落ち込んでいる計算になる。
「金の切れ目が縁の切れ目」ということだ。

蛙は主だった役職を経験してこなかったから、傍目からしか「事情」を知ることができないが、中央なり都府県連役職から、「こういう事情」や「特措法時代全体」の「総括的」な論評はなされるべきだと強く思う。
そのような話しを聞いたことがない。

眼の前の課題、例えばその最重要なものは「狭山」だが、その外にも「人権侵害救済法」とか「土地差別問題」とか、それはそれで「力を尽くす」必要性はあるのだけれど、蛙には何かしら運動の根本的な軸心が欠けているのではないかと思われて仕方がない。
言ってみれば、「展望は語られているのか」ということになる。
(つづく)