hasyan の 旅の散歩道

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社の地名になった佐保神社  2014.07.08

2014年07月11日 10時25分12秒 | 神社・寺院


  所在地  佐保神社   兵庫県加東市社777

 正面には、約200年ぶりに修復された佐保神社の随神門です。その随神門には、木造の狛犬一対と矢大臣と呼ばれる木像の瑞神(随神)一対が祀られています。随神門には矢大臣像も修復され、美しく彩色された衣服を身に着け、矢を持って、門をくぐる者に目を光らせているように見えます。

 随神門をくぐると右側に佐保神社大灯篭があります。

 佐保神社は、垂仁天皇23年(紀元前76)の創建と伝えられ、最初、名前を坂合神社と呼んでいました。ところがこの呼び名が、時代と共に変わり、佐加穂となり、更に現在の佐保神社となりました。北播磨第一の大社といわれ社の町名は当社の門前町として発展してきたことに由来します。

 佐保神社の由来は古く、養老6年(722)遷座説をはじめ諸説ありますが、今から1300年も昔、奈良時代以前に遡ると考えられています。その由緒をたずねると、はじめ佐保大明神は、加西の鎌倉峯に天降ってきたのですが、針間鴨国造(はりまのくにのかものくにのみやつこ)の子孫である阿部三郎太夫が神託によって今の場所に遷したとされています。

 旧加東郡(現加東市・小野市域)では、県社に指定されたのは佐保神社一社で、そのほか、郷社8社、村社45社、無格社158社となっています。(旧『加東郡誌』による)

 鎌倉時代には北条政子が当社を崇敬し、本殿の再建と四方内外に檜木造の鳥居八基を建立し、しかし、戦国時代の争乱により社領は荒廃し天文十六年(1547)には火災に遭い神殿すべてが焼失しました。その後、永禄七年(1564)に神殿を再建。なお、現在の建物は延享四年(1747)に再建されたものです。
 次回をお楽しみに  では またね

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