壺中日月

空っぽな頭で、感じたこと、気づいたことを、気ままに……

『去来抄』1 蓬莱に

2011年08月05日 00時00分10秒 | Weblog
        蓬莱に聞かばや伊勢の初便り     芭 蕉


 ――すべては、靜けさにもどることだ。深い淵のように。
 去来はそう思い、心を空(うつ)ろにした。
 見えなかったものが見えてきた。
 元禄七年(1694)、師の芭蕉が亡くなる八ヶ月ほど前の、春のことである。

 この年、芭蕉は、歳旦吟として、
        蓬莱に聞かばや伊勢の初便り
と詠んだ。
 この句を含め『歳旦帳』として、出版するつもりであった。
 ところが、弟子たちをはじめ、世間の評判が今ひとつなのだ。
 芭蕉は、「あの去来ならわかるであろう」と思い、早速、書状をしたためた。京都・嵯峨野の去来のもとへ。
 「わたしの歳旦吟については、さまざまな批評があります。あなたはどのように解釈しますか。ぜひ、あなたの意見が聞きたいものです」と。

 深川芭蕉庵の、師からの手紙に、去来はしばらく考えた。
 「なぜ、故郷ではなく伊勢なのだろう。わからない」
 蓬莱と伊勢との関係がわからないので、意味がはっきりしないのである。
 さらに、“蓬莱に”が、「蓬莱に向かって」なのか、「蓬莱の飾られたところで」なのか、それとも「蓬莱に触発されて」の意なのか、迷っているのだ。
 “に”は、かなり微妙な味わいを含んでいることは、わかっていた。

 去来は、心を静めて、坐した。――すべては、静けさにもどることだ……
 そうして、「蓬莱」からくる連想をたどっていった。

 「蓬莱」とは、三方にウラジロ・昆布などを敷き、その上に、米・柑子・伊勢海老・数の子・ごまめ・のしアワビ・勝栗・野老(ところ)・串柿などを積み重ねて、蓬莱山をかたどった縁起物のことである。
 むかし新年に、床の間に飾る風習があった。家族で食べる真似をし、年賀の客にもすすめ、客もまた食べる仕種をする。豊作や長寿を祈願したものであろう。

 「蓬莱に聞かばや…、ほうらいに…」とつぶやきながら、去来は、
 古式ゆかしい蓬萊飾 → 神代の神々しさ → 伊勢神宮の清浄な神域 → 待たれる伊勢からの初便り
と、連想を広げていった。
 「芭蕉先生が、このまえ伊勢に行かれたのは、
        蛤のふたみにわかれ行く秋ぞ
と詠まれたときだから、元禄二年。足かけ六年になるのか。
 そうか、先生はまた“そぞろ神”に憑(つ)かれて、旅に出たくなったのだ。“聞かばや”の“ばや”は、先生の気負いこんだ、一途な願望の表れに違いない」
 そう確信した去来は、すぐさま返事を書いた。深川芭蕉庵の師のもとへ。 (つづく)


      夕立の棒に堪へたる雀かな     季 己