南北朝時代の話に、こんなのがあります。
だいたい、花や月の句を懸命に取りこぼすまいと、無理に願う人があるが、全く
意味がないと思う。
ただ、用語表現がうまく詩情が豊かであれば、詩的な風物のない句でも点は入る
ものだ。表現力の不足を景物で補い、飾り立てて点を多く取ろうとして、こうした
花や月などの景物を好んで付けるのは、返す返す見苦しいことだ。
ある人が、「花の句は最も難しい。百韻にさえ、一句も得がたい」と言っている。
このことは十分考慮すべきである。
幽玄な景物を素材に取りながら、荒々しい言葉や表現で汚すことは、とても痛ま
しいことである。
また、点を取ることに無理に執着すべきでなく、もっぱら句柄の良さを求めるべ
きである。点は、まったく下品でいやらしく、きっちり前句に付け合った句に集ま
り、幽玄で優美な句が、点にもれることは、いつものことだ。
ただ風体を優先に考え、勝負を好んだり、こだわったりすべきではない。そう覚
悟しておれば、将来はきっと点が入るはずである。 (二条良基『僻連抄』)
月花の諷詠が、連歌の中心をなしているのは、ずいぶん古くからのことでしょう。
上記の、点を多く取るために、月花の句を争って求める話は、月花の句がもてはやされるあまりに生じた、弊害の一例だと思います。
これに対して、「花の句は最も難しい。百韻にさえ、一句も得がたい」というように、これを慎重に扱おうとする風潮が生じ、それがいつの間にか、月花の句は、特定の人しか詠むことのできないようなしきたりを、形づくったものと思われます。
ところで、心敬がこの話を引いた真意は、どこにあるのでしょうか。
景物としての月や花には、平安朝以来、何世紀にもわたる、風雅人たちの深い自然愛が、結晶しているはずです。そうした深くて広い自然への愛情が、集中的に表現されていてこそ、月花の句の生命があるのです。月や花を詠むこと自体に、価値があるのではないのです。
そういう肝心なことを忘れ、月花という言葉を貴重品あつかいにして、高位の方や長老の前にだけ奉る、というようになっては、本末転倒もはなはだしい、と心敬は言っているのです。
連歌は、詩情の有無が第一条件です。はなばなしい景物で飾り立てても本物ではなく、あくまで句柄の気高く、格調高い句作を心がけるべきです。つまり、〈こころ〉が第一ということです。先天的に詩心を持っている人は、その独創的な詩情によって、句風が非常に魅力的です。
俳句は、“自然への愛”をうたいあげるものです。
自然の表情や季節の変化を、自分の思いのこもった言葉にして、歌いあげるものなのです。月や花や雪はもちろんのこと、雨や風、空や雲、虫や魚や鳥などについて、何気ない、けれどもなにがしかの発見、驚きのつまった言葉で表現するのが、俳句だと思います。
「今、自分はここに生かされているのだ」という“思い”を“切実な言葉”で、うたいあげたいものです。
秋の月・春の花・冬の雪は、「雪月花」という言葉があるように、俳句においても、昔から非常に多く詠まれています。それらの中から、私の好きな句を二句ずつあげておきます。
月天心貧しき町を通りけり 与謝蕪村
子規逝くや十七日の月明に 高浜虚子
光陰のやがて淡墨桜かな 岸田稚魚
さきみちてさくらあをざめゐたるかな 野澤節子
いくたびも雪の深さを尋ねけり 正岡子規
雪に来て美事な鳥のだまりゐる 原 石鼎
言霊が花の吉野にあくがれて 季 己
だいたい、花や月の句を懸命に取りこぼすまいと、無理に願う人があるが、全く
意味がないと思う。
ただ、用語表現がうまく詩情が豊かであれば、詩的な風物のない句でも点は入る
ものだ。表現力の不足を景物で補い、飾り立てて点を多く取ろうとして、こうした
花や月などの景物を好んで付けるのは、返す返す見苦しいことだ。
ある人が、「花の句は最も難しい。百韻にさえ、一句も得がたい」と言っている。
このことは十分考慮すべきである。
幽玄な景物を素材に取りながら、荒々しい言葉や表現で汚すことは、とても痛ま
しいことである。
また、点を取ることに無理に執着すべきでなく、もっぱら句柄の良さを求めるべ
きである。点は、まったく下品でいやらしく、きっちり前句に付け合った句に集ま
り、幽玄で優美な句が、点にもれることは、いつものことだ。
ただ風体を優先に考え、勝負を好んだり、こだわったりすべきではない。そう覚
悟しておれば、将来はきっと点が入るはずである。 (二条良基『僻連抄』)
月花の諷詠が、連歌の中心をなしているのは、ずいぶん古くからのことでしょう。
上記の、点を多く取るために、月花の句を争って求める話は、月花の句がもてはやされるあまりに生じた、弊害の一例だと思います。
これに対して、「花の句は最も難しい。百韻にさえ、一句も得がたい」というように、これを慎重に扱おうとする風潮が生じ、それがいつの間にか、月花の句は、特定の人しか詠むことのできないようなしきたりを、形づくったものと思われます。
ところで、心敬がこの話を引いた真意は、どこにあるのでしょうか。
景物としての月や花には、平安朝以来、何世紀にもわたる、風雅人たちの深い自然愛が、結晶しているはずです。そうした深くて広い自然への愛情が、集中的に表現されていてこそ、月花の句の生命があるのです。月や花を詠むこと自体に、価値があるのではないのです。
そういう肝心なことを忘れ、月花という言葉を貴重品あつかいにして、高位の方や長老の前にだけ奉る、というようになっては、本末転倒もはなはだしい、と心敬は言っているのです。
連歌は、詩情の有無が第一条件です。はなばなしい景物で飾り立てても本物ではなく、あくまで句柄の気高く、格調高い句作を心がけるべきです。つまり、〈こころ〉が第一ということです。先天的に詩心を持っている人は、その独創的な詩情によって、句風が非常に魅力的です。
俳句は、“自然への愛”をうたいあげるものです。
自然の表情や季節の変化を、自分の思いのこもった言葉にして、歌いあげるものなのです。月や花や雪はもちろんのこと、雨や風、空や雲、虫や魚や鳥などについて、何気ない、けれどもなにがしかの発見、驚きのつまった言葉で表現するのが、俳句だと思います。
「今、自分はここに生かされているのだ」という“思い”を“切実な言葉”で、うたいあげたいものです。
秋の月・春の花・冬の雪は、「雪月花」という言葉があるように、俳句においても、昔から非常に多く詠まれています。それらの中から、私の好きな句を二句ずつあげておきます。
月天心貧しき町を通りけり 与謝蕪村
子規逝くや十七日の月明に 高浜虚子
光陰のやがて淡墨桜かな 岸田稚魚
さきみちてさくらあをざめゐたるかな 野澤節子
いくたびも雪の深さを尋ねけり 正岡子規
雪に来て美事な鳥のだまりゐる 原 石鼎
言霊が花の吉野にあくがれて 季 己