よるべをいつ一葉に虫の旅寝して 芭 蕉
「よるべをいつ」と字余りにしたところに、談林的な発想の声調にあらわれたものが感じられる。
謡曲「浮舟」の「寄るべ定めぬ浮舟の……よる方わかで漂ふ世に」とか、「この浮舟ぞよるべ知られぬ」などを心に置いて仕立てた作であろう。
一葉舟にすがる虫を旅寝と取りなしたところが、発想の中心になっている。宗因にも
秋や来るのうのうそれなる一葉舟
の作がある。
「よるべをいつ」は「寄る辺は何時」で、いつ寄る所を得ることぞの意。
「一葉」は「桐一葉」と同じ。『淮南子(えなんじ)』の「一葉落つるを見て、歳のまさに暮れんとするを知る」その他の本文によるもので、秋に先がけて桐の葉が落ちるのを言う。また、その一葉が水に浮かんで舟のように見えるのを「一葉の舟」という。
『増山井』に、「一葉 ひとはの舟 一葉は桐なり」とある。
季語は「一葉」で秋。ただし句中では一葉舟の意である。「虫」も秋。
「水に落ちた桐の一葉にすがって、一匹の虫が旅寝をしている。いつ
寄る辺の岸を得ることであろうか。まことに頼りないさまである」
鉦の音の残る思ひの阿波踊 季 己
「よるべをいつ」と字余りにしたところに、談林的な発想の声調にあらわれたものが感じられる。
謡曲「浮舟」の「寄るべ定めぬ浮舟の……よる方わかで漂ふ世に」とか、「この浮舟ぞよるべ知られぬ」などを心に置いて仕立てた作であろう。
一葉舟にすがる虫を旅寝と取りなしたところが、発想の中心になっている。宗因にも
秋や来るのうのうそれなる一葉舟
の作がある。
「よるべをいつ」は「寄る辺は何時」で、いつ寄る所を得ることぞの意。
「一葉」は「桐一葉」と同じ。『淮南子(えなんじ)』の「一葉落つるを見て、歳のまさに暮れんとするを知る」その他の本文によるもので、秋に先がけて桐の葉が落ちるのを言う。また、その一葉が水に浮かんで舟のように見えるのを「一葉の舟」という。
『増山井』に、「一葉 ひとはの舟 一葉は桐なり」とある。
季語は「一葉」で秋。ただし句中では一葉舟の意である。「虫」も秋。
「水に落ちた桐の一葉にすがって、一匹の虫が旅寝をしている。いつ
寄る辺の岸を得ることであろうか。まことに頼りないさまである」
鉦の音の残る思ひの阿波踊 季 己