奈良・東大寺の転害門(てがいもん)から法蓮を経て法華寺にいたる一条南大路を、一般には佐保路とよんでいる。
奈良という地名は、奈良山からはじまる。奈良山とは、平城京以前からあった名で、語源は平らな山(ならされた山)の意であるという。
『日本書紀』には、崇神天皇のとき、武埴安彦(たけはにやすひこ)を攻めた政府軍が、踏みならしたから奈良というと、伝えられている。
般若寺坂から法華寺あたりまでの山(というより丘)を佐保山とよび、その南を流れ、平城京を東北から西南に斜めに横切る川が佐保川である。
佐保川は流れて初瀬川と合流し、大和川となって竜田を過ぎ、大阪湾に注ぐ。
古来、竜田姫が秋の女神であったのに対し、春の女神を佐保姫とよぶ。
秋の紅葉、春の花に、自然の大きな力を認めた万葉人は、それを人称化し、この川の上流と下流に、春秋の季節の女神の存在を信じたのかもしれない。
そうだとすると、『万葉集』の、
うちのぼる佐保の川原の青柳は 今は春べとなりにけるかも
(巻八、大伴坂上郎女:おおとものさかのうえのいらつめ)
<上ってゆく佐保川のほとりの柳の木は青い新芽が吹いて、いよいよ春がやってきた>
のような佐保川の春の歌は、万葉人には特別の感慨を持って詠まれたものと思われる。
佐保川に鳴くなる千鳥何しかも 川原を偲びいや川のぼる (巻七)
佐保川の清き川原に鳴く千鳥 かはづと二つ忘れかねつも (巻七)
の歌のように、川に鳴く千鳥や蛙(かはづ)の声に季節を知ったりもした。
佐保川はまた、彼らの恋の通い路でもあった。それらの歌は、『万葉集』をひときわ美しく飾っている。
しかし、こういう佐保川を南にひかえて、東西につづく佐保山は、佐保川のロマンスとは打って変わった悲しい山であった。
元明、元正、聖武の諸天皇の陵をはじめ、聖武天皇皇太子、聖武天皇生母、大伴家持(おおとものやかもち)の妻、藤原不比等火葬の地と、今わかっているだけでも、いくつもの人生の終焉の地であった。
今は佐保あたりはまったくのどぶ川で、川原・川瀬の清さもないが、昔は水量も多く、かじかの声も聞かれるような川であったのだろう。
こんにち、法蓮・佐保のあたりは民家が密集しているが、JRの鉄橋の西の堤に出れば、「今は春べ」の趣きもいくらかはしのぶことができる。
「うちのぼる」の歌の作者は、旅人(たびと)の妹、家持の叔母である。
「うちのぼる」は流れに沿ってのぼってゆく呼吸であろうか。すなおな、春のあゆみを思わせるような、調子をととのえた、いい歌だ。
骨壷に欲しき水指 春たのし 季 己
奈良という地名は、奈良山からはじまる。奈良山とは、平城京以前からあった名で、語源は平らな山(ならされた山)の意であるという。
『日本書紀』には、崇神天皇のとき、武埴安彦(たけはにやすひこ)を攻めた政府軍が、踏みならしたから奈良というと、伝えられている。
般若寺坂から法華寺あたりまでの山(というより丘)を佐保山とよび、その南を流れ、平城京を東北から西南に斜めに横切る川が佐保川である。
佐保川は流れて初瀬川と合流し、大和川となって竜田を過ぎ、大阪湾に注ぐ。
古来、竜田姫が秋の女神であったのに対し、春の女神を佐保姫とよぶ。
秋の紅葉、春の花に、自然の大きな力を認めた万葉人は、それを人称化し、この川の上流と下流に、春秋の季節の女神の存在を信じたのかもしれない。
そうだとすると、『万葉集』の、
うちのぼる佐保の川原の青柳は 今は春べとなりにけるかも
(巻八、大伴坂上郎女:おおとものさかのうえのいらつめ)
<上ってゆく佐保川のほとりの柳の木は青い新芽が吹いて、いよいよ春がやってきた>
のような佐保川の春の歌は、万葉人には特別の感慨を持って詠まれたものと思われる。
佐保川に鳴くなる千鳥何しかも 川原を偲びいや川のぼる (巻七)
佐保川の清き川原に鳴く千鳥 かはづと二つ忘れかねつも (巻七)
の歌のように、川に鳴く千鳥や蛙(かはづ)の声に季節を知ったりもした。
佐保川はまた、彼らの恋の通い路でもあった。それらの歌は、『万葉集』をひときわ美しく飾っている。
しかし、こういう佐保川を南にひかえて、東西につづく佐保山は、佐保川のロマンスとは打って変わった悲しい山であった。
元明、元正、聖武の諸天皇の陵をはじめ、聖武天皇皇太子、聖武天皇生母、大伴家持(おおとものやかもち)の妻、藤原不比等火葬の地と、今わかっているだけでも、いくつもの人生の終焉の地であった。
今は佐保あたりはまったくのどぶ川で、川原・川瀬の清さもないが、昔は水量も多く、かじかの声も聞かれるような川であったのだろう。
こんにち、法蓮・佐保のあたりは民家が密集しているが、JRの鉄橋の西の堤に出れば、「今は春べ」の趣きもいくらかはしのぶことができる。
「うちのぼる」の歌の作者は、旅人(たびと)の妹、家持の叔母である。
「うちのぼる」は流れに沿ってのぼってゆく呼吸であろうか。すなおな、春のあゆみを思わせるような、調子をととのえた、いい歌だ。
骨壷に欲しき水指 春たのし 季 己