(4月23日付け朝日新聞に、以前「住みたい習志野」でもご紹介した樋口直美さんのロングインタビュー記事が載りました)
(インタビュー)時間感覚、失われても 文筆家・樋口直美さん:朝日新聞デジタル
昨日と5日前の区別がつかない。近所の道なのに急にわからなくなる。50歳で「レビー小体型認知症」=キーワード=との診断を受けた樋口直美さんは...
朝日新聞デジタル
時間間隔 失われても
記憶はあるのに、いつかわからない
脳の誤作動と知る
昨日と5日前の区別がつかない。近所の道なのに急にわからなくなる。50歳で「レビー小体型認知症」との診断を受けた樋口直美(ひぐち なおみ)さんは、自分の認知機能の変調を自ら観察し、執筆や講演を通じて世の中に伝えている。当事者自らが表現する心理や症状には、医学の診断とは異なる姿が見えてくる。
文筆家(レビー小体病当事者)樋口 直美さん
レビー小体型認知症とは
⇒レビー小体というたんぱく質が大脳皮質に広がることで起きる。認知症のうちアルツハイマー型(50%)に次ぐ20%を占めるとされる。当初は認知機能の変動や幻視、パーキンソン症状などが出るが、症状には個人差がある。1976年に小阪憲司・横浜市立大学名誉教授が発見。96年に診断基準が決まった。
――50歳で「レビー小体型認知症」と診断されるまで、どういった経過をたどったのですか。
「39歳のとき、マンションの駐車場に夜、車を止めると、右隣の車の助手席に女性が座っていました。本物の人に見えるのに、驚くと一瞬で消えた。それが繰り返し起こりました。最初の異変です。幻視という症状でした」
――病院へ行きましたか。
「いいえ。健康でしたし、目の錯覚と思っていました。その後倦怠(けんたい)感など体調不良が始まり、幾つかの診療科で検査しましたが『異常なし』。不眠で受診した精神科で、予想外のうつ病と診断されたのは2004年、41歳でした」
「ところが抗うつ剤を飲み始めて体調が急激に悪化し、教育関係の仕事も続けられず退職しました。脳と体を乗っ取られたようでした。副作用に長年苦しんだ後、同じ病院の7人目の担当医が初めて薬をやめるのに同意し、回復しました。やっと治ったと喜んだとき、47歳になっていました」
――その時点では「レビー小体型」と診断されてはいません。
「翌年、物が人に見えたりしたのでいろいろ調べ、レビー小体型を疑いました。診断した専門医からは、『車の中の人』はこの病気の典型的な幻視と言われました」
認知症のうち、アルツハイマー型に次いで多いとされる「レビー小体型認知症」。どのような症状が表れるのでしょうか。樋口さんが詳しく語ってくれました。
――幻視が「症状」だと知らないと、驚くでしょうね。
「ええ。この病気では、健康で認知機能に問題がない時期から幻視が出る人がいます。幽霊だと思い、お祓(はら)いに行く人もいると聞きます。私は頭がおかしくなってしまったのかと、恐怖を感じました。必死で隠してもいました」
――最近出た「レビー小体型認知症」を解説した本には、うつ病や統合失調症、パーキンソン病とよく間違えられるとあります。
「そうです。6年ほど抗うつ剤で別人のようになっていました。でも医師を恨んではいません。04年当時は医師にもよく知られていない病気でした。その後、何人かの専門医に聞いても、初期はうつ病との区別が難しいそうです」
――どんな風に認知機能が低下するのでしょうか。
「最初は記憶障害ではなく、大きな寝言とか便秘とか、認知症らしくない多様な症状ですが、個人個人でかなり違います。私は、時間間隔が失われていて、記憶はあっても、それがいつのことかわからない。時間をたどって記憶を取り出すことができません」
――どういうことでしょう。
「例えば、こうして取材されたことは忘れません。でも後日、『それはいつ』と聞かれても答えられない。記憶を時間から検索できない。それぞれの記憶に時間のタグがないんです。未来も過去も濃霧の申にあって見えず、先週も先月も半年前も、距離感の違いを感じられません」
――いつごろからですか。
「レビー小体型と診断されたころからです。切り抜き忘れた新聞記事を『1週間くらい前かな』と順に探してもなくて、前日の新聞に見つけて愕然(がくぜん)としました」
――[3日前]とか「1月」といった「時間の目印」で記憶が出てこないのですね。
「はい。でも地名や人名からなら取り出せます。手帳に銀座と書いてあれば、銀座で唯と会い、何を話したか思い出せます。でも今がいつなのか、常にわからないので、4月でも気温次第で3月や5月とすぐ間違えます」
――日常のスケジュール管理はどうしていますか。
「朝はまず、電子時計で月日や曜目を確認し、カレンダーで今日の予足を確認します。仕事用ノー卜もチェックします。時間に関することは覚えられないし、『水曜の都合は』と急に言われても。いつのことかわからず混乱します」
「何年かぶりに友人に会っても『久しぶり』と思えませんし、別れるときも、次に会うまでの時間の長さをイメージできないので、寂しさもわからなくなりました。
――例えぱ、約束があって出掛けるときは、時間を逆算しながら行動しなければいけませんが。
「外出までの予足時間を細かく書いて、時計と見比べつつ支度します。でないと、まだ20分はあると思っていても、実際は1分前とか。よく時間を『盗まれ』ます」
「科理も苦手になりました。時間を逆算して段取りしたり、二つの作業を同時進行したりできません。作業にかかる時間もわからない。一品ずつ作って、全部できたときが終了時間となります。
――樋口さんとの対談で、美学者の伊藤亜紗さんは、生きる上で必要な逆算的な時間感覚を「引き算の時間」と呼ぴ、生理的な「足し算の時間」と比べています。
「見事な表現ですよね。私は締め切りの日から逆算してペース配分することができなくなりました。体調が不安定なこともあるのですが、毎口できた分だけ積み上げていく『足し算』しかできず、計画は立てられないです」
――ほかの症状は?
「たくさんあります。嗅覚(きゅうかく)障害、幻聴、自律神経症状、空間認知障害…。テレビを視聴中に夫に話しかけられると、両方とも聞き取れない。注意障害といって、視覚や聴覚情報の選択に脳が失敗します。近所でも頭の中の地図が急に消えてしまったりします」
「認知症」は多様 偏ったイメージ変えようと発信
――52蔵で病気を公表し、執筆や講演で発信を始めた理由は?
「民放テレビ局の取材を匿名で受けた蒔『認知症に見えない』と疑われました。世間の『認知症』のイメージは偏っていました。レビー小体型など誰も知らない状況の中で、私と同じように不適切な治療や対応で苦しむ本人や家族が多いと知り、それはちょっと耐えられないと思いました」
――最刊の本を出したあと、「こんな人は認知症じゃない」と批判されたそうですね。
「はい。認知症の定義は様々ですが、『病名』ではなく、『状態』を表す言葉です。私の診断名は『レビー小体型認知症』ですが、この病気は『認知症』の症状からは始まらない病気で、最初は幻視とか目律神経症状とか、筋肉がこわぱるなどのパーキンソン症状が表れます。私は自立が難しいいわゆる『認知症』の状態ではないので、世間一般の認知症のイメージとは違う。専門医には、包括的な『レビー小体病』と言えばより正確だと言われました」
(中略)
――ご家族の対応は?
「夫は最初、驚きました。いまは放置ですね(笑い)。でも身近で苦労を見ているので、家事などはずいぶん手伝ってくれます。子ども2人はもう独立しています]
(以下略)
以前「住みたい習志野」に載った記事もご参照ください。