隅の老人のミステリー読書雑感

ミステリーの読後感や、関連のドラマ・映画など。

1977.酔いどれ小籐次留書 騒乱前夜

2020年05月23日 | 時代ミステリー

 

 

酔いどれ小籐次留書 騒乱前夜
読 了 日 2020/05/05
著  者 佐伯泰英
出 版 社 幻冬舎
形  態 文庫
ページ数 334
発 行 日 2006/08/05
ISBN 4-344-40826-8

 

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の『屋上のテロリスト』に12日間、2週間近くもかかって1冊を読んだのは、初めてではないか。テレビを見たりDVDを見たりが、忙しくてというほどでもないが、決してつまらない内容ではないのに、数ページ読んでは一休み、といったことが続いたためだ。
こんなことをしていたら、折角2日に1回ブログへ投稿して、11月2日前に何とか2千冊を読もうとしていることが、またダメになる。なんだかんだ言いながら、僕の読書も大変だということにしないためにも、まじめに本を読みましょう。

今回の酔いどれ小籐次の活躍の場は、水戸だ。そして、謎めいた動きを見せる間宮林蔵が登場する。シリーズもいよいよ第6弾に突入だ。
久慈屋に奉公に上がったお花が、ならず者に絡まれているのを助けた小籐次だったが、実はしおらしいお花の実態は、とんだ食わせ物だったという騒動が今回の幕開きだ。

 

 

昨日ブログに出すつもりだった本書の記事だが、ちょっと疲れが出て22時(午後10時)前に寝てしまい、何もかも放っておいてブログの事も思い出さなかった。多分、仕事疲れではないか、そんな感じがしている。もうしばらくそんな事は無かったのに、思い返せば心当たりはあるから、あまり根を詰めて何かをやるということが、このところなかったなと、反省やら後悔やら。

午前中のどんよりとした天候が、午後遅くなってから日が差して、ようやくはっきりしない天気に終わりが来たか。新型コロナウィルスの騒ぎの中、検察長の賭けマージャン疑惑の末辞職とは、なんとも言葉が出ない。
長年の功績が認められていた人物が、どうして?ということしか思いつかない。
業績の積み重ねで、信頼を売ることはやさしいことではない。だが、その信頼を失うことは簡単だ。
本人は誰よりもそんなことは承知しているはずなのに、ちょっとした心の緩みか?
もちろんそんな言い訳が通じるはずもないが、そんな事で、一生を棒に振るとは情けない。

 

 

さな身体で、正義を貫くために自分のできうる限りを貫く、酔いどれ小籐次の人気が高いのは、一本芯が通っているからだろう。彼だって一人の人間だから、過ちもあるだろうが、自分に対しても他人に対しても、誠実さがあふれている。
僕が現役の頃、教わった中で、名言と思われる言葉に、将来訪れるであろう本当の競争時代に、生き残れるには、「誠実な継続的努力が必要だ」がある。
何事に対しても、通じる言葉ではないかと、もう30年以上前に聞いた言葉が、いまだに心の中に生きている。
僕は酔いどれ小籐次にその言葉が当てはまるのではないかと感じているのだ。
このシリーズの魅力の大半は、彼が市井の中での暮らしに、充足感を持ちながら、対応していることに、「足るを知る」とはこのようなことだ、と思っている。
なんだか説教臭くなってしまった。

 

 

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