隅の老人のミステリー読書雑感

ミステリーの読後感や、関連のドラマ・映画など。

1055.ηなのに夢のよう

2010年02月28日 | 本格
ηなのに夢のよう
読了日 2010/2/27
著 者 森博嗣
出版社 講談社
形 態 新書
ページ数 269
発行日 2007/1/11
ISBN 978-4-06-182514-7

 

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イトルにギリシャ文字が付けられたGシリーズというのがこのシリーズに付けられた名前だ。 6月の「φは壊れたね」から毎月1冊ずつ読もうと思っていて、 途中で抜けた月もあるので6冊目の本書まで8ヶ月となった。
シリーズは現在刊行されているのは、あと「目薬αで殺菌します」の1冊だけだ。そこでおしまいなのだろうか?気になるところだ。
森ミステリは各シリーズにまたがって登場する人物たちの関わりが興味深く、S&Mシリーズから読み続けてきたが、今回は登場人物の紹介に「瀬在丸紅子」の名前がある。どういう形で現れるのだろうと、読む前から期待が高まり、子供の頃味わったワクワクするような読書体験を思い出す。この感覚が読書を至福の時と感じる瞬間なのだが・・・果たして期待通りに進むのかどうか?

 

ところで、僕は村上春樹氏の「1Q84」を読んだ際に、比喩的表現が気になる旨を書いたのだが、考えてみれば森ミステリにもそうした表現が随所に出てくることに今更ながら再確認した。それでもこちらの方はなぜ、気にならないのだろう?
どちらもちょっと哲学的な様相を示すところも似ている感じだが、森ミステリの方はあくまでミステリの範疇に属する考え方だと、僕が割り切っているから気にならないのだろうか? 例えば森ミステリによく出てくるのが犯罪の動機に関する議論?だ。
行われてしまった犯罪に動機が示されることがなぜ必要なのかという疑問が提示される。警察の犯罪捜査などについてメディアの報道にも、「警察は容疑者の犯罪にいたった動機を解明している」という類のものがある。容疑者を送検するためには犯罪が行われたプロセスも重要なのだということから、その動機も重要視されるのだろうが、森ミステリで議論されるように動機がわかったところで何が解決するのだろうか?という疑問は解決されない。
なんだか僕まで巻き込まれそうなのでこの辺にしておこうか?せっかくの楽しい読書の気分が損なわれそうだ。いずれにしても、僕は余分なことを考えながら読めるような頭も持ち合わせていないのだから気にしなければいいのだが・・・。

 

て、楽しみにしていた「瀬在丸紅子」女史の登場は、彼女を含めた数人がヘリコプタ ーで比真加島へ飛ぶのだ。そこにはかつて真賀田四季が立てこもっていた真賀田研究所の建物が残っており、彼らはそこを見学するのだが・・・。
この辺は森ミステリの出発点である「すべてがFになる」に詳しい。他のシリーズを読んでいようとなかろうと、それぞれは独立した話のはずだから差し支えはないと思うが、それでもこうして他のシリーズの登場人物が出てきたり、はたまた舞台が出てきたりすれば読んでいたほうが何倍か面白く興味深く読めるだろう。
しかもだ、本書では事件の裏に真賀田四季の影か幻か?ちらちらと見え隠れするような雰囲気を漂わせている。思わせぶりなストーリー展開が気を持たせる。あまり書くと、これから読む人は興味半減するだろうから、この辺にしておこう。
そんなこんなで、僕はもう1冊の「目薬αで殺菌します」を続けて読まずにいられなくなったのだ。

 

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1054.泥の文学碑

2010年02月24日 | 短編集
泥の文学碑
読了日 2010/2/22
著者 土屋隆夫
出版社 廣済堂出版
形態 単行本
ページ数 248
発行日 1981/4/10
書誌番号 0193-002520-2230

 

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は特別文学にこだわっているわけではないのだが、著者の文学と本格ミステリーの融合を目指しながら著作を続けているという姿勢に、なんとなく共感を覚えて読み続け、いつの間にか10冊目となった。
本書はタイトルにも表されているようにそうした著者の試みが顕著に現れている短編集だ。短編は短い中で起承転結を表現するため無駄がなく、贅肉をそぎ落とした肉体のような感じを受けるのだが、それが本格推理となればなおさらに文学的な要素を組み合わせるのは難しいのではないかと思う。といっても巻末にある権田萬治氏の解説によれば、本文が必ずしも文学的ということではなく、登場人物が文学に関係するとか、文学に精通しているということで良いと言うことなのだが・・・。
いずれにしてもそのためには著者自身の、文学に対する造詣の深さを問われることになるのは、間違いのないところだろう。

 

本書では下記別表のごとく、7編の作品が収録されており、その内おしまいの2編では実在の人物に絡めたストーリーで、虚実織り交ぜての構成が楽しめる。一つ二つ紹介すると・・・。

空中階段
月刊雑誌「小説世紀」が募集した”新人登場”で入選した作品、白沢達人作「消えた人」が、盗作だという読者からの投書があった。投書の主は17年前に探偵小説誌「仮面集団」を発行していた人物で、当時雑誌が新人発掘で募集して入選となった「空中階段」と酷似しているという内容だった。そして、その「空中階段」の作者こそ今をときめく流行作家の北条純だというのである。編集者の竹中東一郎は詳細を訊くために投書の主である大里氏に連絡を取るが、入院中だった彼は病態が悪化して昏睡状態だとのこと。
そしてさらに、盗作の疑いのある白沢達人を訪ねると何日か前に彼は自殺していた・・・。

泥の文学碑
表題作は、前述の通り実在した昭和初期、太宰治に師事した無頼派作家・田中秀光の著作に解説文を依頼された文芸評論家にまつわるストーリー。
編集者からそれまでの仕事ぶりを見込まれて依頼された文芸評論家・水城守人は、従来にない画期的な評論をと意気込んで、田中秀光に関する古い資料を集めるべく、雑誌広告を出す。広告を見た信州長野在住の女性読者から手紙が届く。水木は喜び勇んで打ち合わせの通りの時刻の列車で信州小諸に向かうのだった・・・・。

 

んの一部の内容を書いたが、短編はその一部だけの紹介も興趣をそぐ可能性もあるから、このくらいにしておくが、今から30年近くの前の作品は多少の時代感覚のずれはあるものの、本格ミステリーとしての面白さは一向に損なわれることなく、胸に迫るものがある。
著者の作品は未読のものが未だかなりあるので、こうした作品を読むともっとよみたいという欲求が高まる。人にお勧め出来る作品だ。

 

収録作
# タイトル
1 空中階段
2 愛する
3 氷の椅子
4 虚実の夜
5 盲目物語
6 泥の文学碑
7 川端康成の遺書

 

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1053-2.1Q84 BOOK2

2010年02月20日 | サスペンス
1Q84 BOOK2
読 了 日 2010/2/19
著  者 村上春樹
出 版 社 新潮社
形  態 文庫
ページ数 501
発 行 日 2009/5/30
ISBN 978-4-10-353423-5

 

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回書いたように、2月17日に妹から本書BOOK2を借りてきた。BOOK1を読んでいる時に4月にBOOK3が発売されるという情報を得たものだから、BOOK2を読み始めて少し早いとは思ったが、図書館でBOOK3の予約リクエストをしておいた。BOOK2をまだ読み終えないうちから、全体としての印象が定まらず、読み続けられるかどうかも判らないうちから予約するのはどうかとも思ったのだが・・・。
半分ほど読んで、そうした危惧?というと大げさだが、BOOK1で僕が感じた「比喩的な表現が多い・・・」というのは、僕の勘違いでも、錯覚でもないということが判った。ちょっといやな予感は往々にして当たるものだ。図書館に購読予約をしに行った時に、村上氏の著作が並んでいる棚に「『1Q84』をどう読むか」という本があったのだから、そこで気がつくべきだったのに、僕は内心「どう読もうと大きなお世話だ」というつぶやきを心のうちに発するだけで、内容を類推しなかった。

しかし前に書いたように僕としては娯楽作品として楽しめればそれでいいと割り切りたかった。
著者だってこの作品で世界を変えようなんて思って書いたわけではないだろう。

 

 

さて、BOOK1では「青豆」という女性と「天吾」という男性の関係が、はっきりとは示されておらず、多分子供の頃の同級生だったことを類推させる程度だったが、この巻に入ってそれが明確に示されることになる。そして、いよいよ青豆は大仕事に取り掛かることになる。
この辺は、「ゴルゴ13」、「子連れ狼」というか、あるいは池波正太郎氏の原作から派生したテレビドラマ「必殺シリーズ」を思わせるシチュエーションで、読んでいて面映い、というのとはちょっと違うか!
だが、やはり気になるのは、そうした状況を設定しながら徹底して娯楽作品ではないというところだ。初めて読む著者の本に向かって、ただ単に「娯楽として楽しむ・・・」というようなことを考えること自体が変なのだ。

「説明しなければわからないことは、説明してもわからない。」本書でたびたび出てくる言葉だが、これでは世の中分からないことだらけになってしまわないか?自分で体験、あるいは経験したことしか分からないとなると、経験や体験はそれほど多いものではないから。
まあ、しかし比喩的な表現の多いストーリーの中で、無意識のうちに考えさせられることも多く、どれもがなるほどと納得できることばかりではないものの、だからどうなんだという先を知りたくさせるのが著者の狙い??

 

 

ごろ耳にしたことで(あるいはどこかの記事で目にしたか?)、統合したドイツで、元の東ドイツに居た人々が、自由社会になじめなく、共産主義社会を懐かしむ?というニュースがある。
それに似たことが本書でも天吾の思いとして語られるところがある。彼が学生の頃アルバイトで酒屋に勤めていたとき、「証人会」という宗教団体で幼い時から育った同僚が居て、現実の社会のルールに対応できないことを間近に見てきた、というくだりだ。そんなところから元東ドイツの人を連想する僕の方がおかしいのか?
これはほんの一例だ。
大仕事の際に青豆が宗教団体のリーダーと会話する場面があるが、まるでパラドクスのような内容が語られるところでも、「おやおや!」と思わされるのに、ちょっと引いてしまう。

理解力の足りない僕でも、なるほどと納得できる結末があるのだろうか?
ということで、図書館への予約は取り消さないでおこう。この続きは4月に。

 

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1053.1Q84 BOOK1

2010年02月16日 | サスペンス
1Q84 BOOK1
読 了 日 2010/02/16
著  者 村上春樹
出 版 社 新潮社
形  態 文庫
ページ数 554
発 行 日 2009/5/30
ISBN 978-4-10-353422-8

 

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なり評判になっているらしいとは知っていたが、格段に読みたいとも思っていなかった本だ。半分は僕の天邪鬼なせいなのだが・・・。
館山に住む下の妹が買って、先に読んでもいいよということで貸してくれたので、読み始めたら、ミステリーっぽいところもあって、興味深く読んだ。国内の評価もさることながら、東欧諸国を始めとする海外で高く評価されている著者を、僕は全く知らないで、初めて本書を読んだ。
関連する事柄で知らないことはまだあって、イギリスの作家、ジョージ・オーウェルが1948年に発表した「1984年」という近未来を描いた作品に触発されて?村上氏はこの作品を書いたようだ。

 

しかし、現在は2010年だから、こちらは既に過去となった1984年である。そして1984ではなく9の代わりにアルファベットのQが添えられた1Q84となっている。どういう意味があるのかは、読めばすぐにわかることなので、未読の人のためにあえてここでは言及しないことにしよう。

この作品は、この後BOOK2(7月‐9月)と続いているので、ブログの記事も次を読んでから一緒にと思っていたら、もうじきまたその後(BOOK3?)が出るらしいので、1冊ごとに書くことにした。
著者の狙いは歴史を書くことのようだが、それこそ過去に何度も書いてきたように、歴史は僕の苦手とするものの一つだ。といって本書が読みにくいかといえば、そんなことは全くなくてどちらかといえば歴史というよりサスペンスとして、すらすらと吸い込まれるように読める。

 

 

物語の舞台は1984年の世界なのだが、どうやらパラレル・ワールドのようだ。もちろんそれは僕の勝手な想像で、それらしいいくつか描かれる現象が、僕にそうした想像をさせるのだが・・・。まだこの巻でははっきりとは判っていない。パラレル・ワールドはSF小説などではよく扱われる異世界、あるいは異次元の世界のことだが、そういう想像をさせる現象が、この中で描かれていることに関しては、この先どういうことになるのだろうと、期待こそさせるものの、別におかしなストーリーとなっているわけではない。
21章もの多くの章に分けられて語られるのは、男女二人の主人公それぞれの視点で交互にストーリーが進行するからだ。「青豆」という変わった姓の女性と、「天吾」という男性が主人公というのか?、とにかくこの二人が置かれた状況が交互に描写されてゆく。

 

 

の青豆なる女性がタクシーで待ち合わせの場所に向かうという状況から物語りはスタートする。乗り心地のいい高級車らしい個人タクシーのステレオから聞こえてくるのは、ヤナーチェックのシンフォニエッタというクラシック音楽、というようなこととか、ハプスブルク家の記述が出てきたりと、普段なじみのない単語が冒頭から幾つも飛び出すので、おやおやと思っていると、首都高速上で渋滞につかまって、待ち合わせの時間に間に合わないからということで、タクシーを降りて高速道の非常階段を下りるという暴挙に出る女性。
はなからこうした状況で、この先どんなことが待っているのだろうと、期待させながら物語に引き込む。そして高速道の非常階段を下りることくらいこの女性にとっては、なんでもないことなのだということが間もなく判ってくるのだが・・・。

一方男性の主人公天吾は、進学塾で数学を教える講師をする傍ら、小説家を目指しながら、雑誌のコラムに雑文なども書くという生活をする青年だ。天吾というこの青年は変わった乳幼児の記憶を持っている。人は1歳半などという乳幼児の記憶は持ち合わせていないのが普通なのだが、青年はこの記憶が胸中にたびたび蘇り悩まされるのだ。そして、この青年とかかわりを持つのは大手出版社の編集に携わる小松という男だ。
ある時その小松からとんでもない事に誘われて、図らずも加担することになるのだが・・・。

本書には比喩的な表現と思われる描写が幾つも出てくるのだが(若しかすると、それは僕の勘違いかもしれないが・・・)僕は無学な上に疎いものだから、いちいち考えながら読むことは出来ない。まあ、しかしそんなことを考えなくとも単なる娯楽として読んでも結構楽しく読めるのはもちろん。
とくに、青豆の友人として途中から登場する婦人警官のあゆみとの会話は面白い。僕のこのブログにも時々変なコメントが寄せられるが―いわゆるスパムメールと同様の卑猥な類のものだ―そうしたものを連想させるような言葉が出てきて思わず吹き出してしまう。
この物語の中で重要な位置を占める「幼児虐待」についての記述が痛ましいので、その反動とも思われる愉快な会話があるのかもしれないが。
明日(2月17日水曜日)、また妹と逢って「1Q84」BOOK2を借りることになっているので、それを読み終わったら、またこの続きを書くことにする。

 

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1052.シンデレラ・ティース

2010年02月11日 | 連作短編集
シンデレラ・ティース
読了日 2010/2/11
著者 坂木司
出版社 光文社
形態 文庫
ページ数 309
発行日 2009/4/20
ISBN 978-4-334-74571-4

 

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きこもりのコンピュータ・プログラマーで名探偵・鳥井真一と、その親友で外資系保険会社に勤務するワトソン役の著者と同名の坂木司コンビが織り成す世界(「青空の卵」、「仔羊の巣」、「動物園の鳥」の3部作)に心を奪われて、著者のファンになった割には、後が続かなかったのが不思議だ。
最後に読んだ「切れない糸」から5年も経ってしまった。その間、坂木氏は精力的に新作を発表し続けており、本書を除いて「ワーキング・ホリデー」など5作がある。読みたい作家の本がまだあるというのはうれしい限りだ。
ところで、この作者は覆面作家で性別を始めとして何一つデータが明かされてないが(まあ、そうしたことが判らなくても、読書には一向差し支えないことだが・・・)、僕は当初から男性だとばかり思って読んでいた。
だが、本書を読んでいて、主人公の女子大生・叶咲子(歯科医院が舞台なので名前に口が二つもあるのか?勘ぐり過ぎか)の言葉や思いがあまりにも女性らしさを表しているので、ことによったら女性かもしれない、などと余計なことを考えた。しかし、北村薫氏の例もあるからあまり当てにはならないが・・。

 

 

前述の通り、本書は歯科医―つまり歯医者さんを舞台にした連作ミステリーだ。誰しもが多少の差はあれ、歯医者さんが怖い、あるいは歯医者さんに行くのが億劫だと思ったことはあるだろう。
著者もその例に漏れず、歯医者さんが怖いと思っていた一人で、そんな折歯医者さんにかかる必要が応じたことから怖さを克服するために、歯科医を取材してこの作品を書こうと思いついたようだ。

それにしても、デビュー3部作にも増して心洗われるような、優しさはどこから来るのだろうか?こんなやさしさの書ける作者はどんな人なのだろうとやっぱり気になるなア!

 

 

主人公の女子大生・叶咲子も幼児体験から歯科医恐怖症(という病気があるそうだ)で、大人になった今でもそれは続いている。夏休みのアルバイトを考えていたとき、母親の策略に引っかかって、なんと大嫌いな歯科医の受付のアルバイトに収まることに・・・。

院長の面接で即採用ということになった品川デンタルクリニックには、歯科医の一人として、叔父さんの叶唯史がいたが、果たして勤まるかどうか不安なアルバイトが始まる。
連作ストーリーは下記のように、表題作以下5編で構成されているが、どこかの出版社のキャッチコピーのごとくに、「どこにでも謎は転がっていた」と、言いたいような咲子が夏休みに間に遭遇するいわゆる日常の謎が出没する。そして、その謎を解く名探偵は、といえば。
面接日に採用となった後、歯科衛生士の三ノ輪歌子から順番に院内のメンバーを紹介されたが、危うく紹介されそこなって、最後になった歯科技工士の四谷健吾だ。面立ちは悪くないが、職業柄いつも粉だらけのさえない格好で、めったに技工室から外に出ない口数の少ない若い男だった。義歯などの細かな技巧物を手がけるのと同様に、細かなところも見逃さない観察眼で謎を解き明かす。
危なくナンパに引っかかりそうになったりしながらも、次第に受付業務にも慣れてくるにしたがって、嫌いだった歯科医に関する勉強にも手を出したり、何より咲子がひと夏のアルバイトで得たものは?

歯科医院のメンバー
院長: 品川知之
歯科医師: 成瀬吉人、叶唯史
歯科技工士: 四谷健吾
歯科衛生士: 三ノ輪歌子、中野京子、春日百合
事務: 葛西瑞枝

 

初出誌(ジャーロ)
# タイトル 発行月・号
第一話 シンデレラ・ティース 2005年春号
第二話 ファントムvs. ファントム 2005年夏号
第三話 オランダ人のお買物 2005年秋号
第四話 遊園地のお姫様 2006年春号
第五話 フレッチャーさんからの伝言 書下ろし

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1051.バイアウト

2010年02月08日 | 経済

 

バイアウト 企業買収
読 了 日 2010/2/8
著  者 幸田真音
出 版 社 文藝春秋
形  態 文庫
ページ数 446
発 行 日 2009/11/10
ISBN 978-4-16-777649-8

 

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刊で買った文庫3冊のうちの1冊だが、本書はほとんど衝動買いに近い。新刊の書店を訪れた際には、文庫棚でいつも無意識に探してみる著者の一人である幸田真音氏の作品が、平積みされているのを見てそのタイトルにも惹かれ思わず手に取った。
少し前に読んだ真山仁氏の「ハゲタカ」シリーズで、このところM&A(Merger & Acquisition=企業の合併・買取の意)とかTOB(Take Over Bid=株式の公開買い付け)という言葉の世界にはまってしまった感じで、かつて堀江貴文氏のLiveDoor(ライブドア)、村上ファンドの村上世彰氏らの世間をにぎわせた実際の事件と重ね合わせながら胸躍らせて読んだことも、本書を手にした理由だろう。
もともと僕が60歳還暦を契機として読書を続けようと思い立ってすぐの頃、NHKテレビで放送されたドラマ「レガッタ 国際金融戦争」で、それまで知らなかった世界を見せられて、同時に原作者の幸田真音氏を知ることになったのだ。当時読む本は圧倒的に海外作品が多かったのだが、幸田真音氏の描く、僕にとって新しい世界は魅力的で、間をおかずに何冊か探して買い求め読んだ。
そして、外資系の会社でディーラーとして優秀な実績を積んだ経験が活かされた、迫力のある作品を生み出す著者のファンになっっていった、というような経緯(いきさつ)もあって幸田作品は要チェックだったのだ。
それでも最後に読んだ「代行返上」が2006年だから、もう4年ぶりとなるのか。

 

書は外資系の証券会社に勤務する広田美潮という女性セールスマンが、TOBを仕掛けられた企業や投資ファンドの間で、ある目的のために証券セールス活動をする物語だ。
僕にとっては株取引の世界や、莫大な資金を運用するファンド会社などは、全くのところ無縁なはずが、こうした物語を読んでいる間は、あたかも渦中の人物となったかのごとく、成功事例に快感を覚えたり、失敗して多額の損失を招く恐れにおびえたりするのがおかしい。この作品では従来のものとは一味違って、ドラマチックで多様な展開と、さまざまな登場人物たちの行きかう人間ドラマが、実在の企業や人々を連想させたりして、より一層面白くしている。
いつものように、こうした世界を判りやすく描いて、あるときは成り行きを解説するような記述と共に、ストーリーを展開させていく著者の手法は親切だ。

ところで、僕は本書を読んでいて、今までとんでもない誤解をしていたのではないかと思った。
著者の作品を読んでいつも過去に培ってきた経験や知識のみが、面白い作品を生み出しているのだと思っていたのだ。
が、確かにそうした一面はあるだろうが、一つの作品が生まれるまでには、相応の取材や調査が必要だということをすっかり頭の中から消し去っていた。もちろんのこと、著者自身の持って生まれた創作能力もあるだろう。本作品でいつにも増して、ストーリーの多様性に驚きながらそんなことを考えた。

巻末には国際金融アナリスト・倉都康行氏と著者の対談も掲載されており、こちらも面白い。

 

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