隅の老人のミステリー読書雑感

ミステリーの読後感や、関連のドラマ・映画など。

1020.殺人協奏曲ホ短調

2009年08月27日 | 本格

 

殺人協奏曲ホ短調
読 了 日 2009/8/18
著    者 由良三郎
出 版 社 文藝春秋
形    態 文庫
ページ数 286
発 行 日 1988/9/10
ISBN 4-16-744602-2

 

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ビュー作で、サントリーミステリー大賞受賞作「運命交響曲殺人事件」の後続シリーズだ。
ずいぶんしばらくぶりの著者の作品だから、前に読んだ5冊についてはほとんど覚えていない。 ただ、本書の中で、「運命交響曲…」についてのちょっとした記述があるところから、シリーズだということと多分本書が受賞後第1作らしいとわかった。
著者の作品に時々惹かれるのは、やはり著者が医学者であることから、作品に込められたメディカル・サスペンスに期待してのことだ。
また、著者は医学者であると同時に、東大在学中は仲間と組んで、弦楽四重奏(パートはヴァイオリン)を楽しんでいたという音楽人でもあるのだ(解説の長谷恭男氏による)、という。そんなところからデビュー作も本作品も、タイトルを始めとして内容にいたるまで音楽への造詣の深さを示している。

 

A県警捜査一課長の白河警視は、1年前に発生した殺人事件の捜査が進展を見ないままに日時が過ぎていく中、急にとらされた休日をもてあましていた。そんなところへ甥の結城鉄平が珍しい音楽のカセットテープを持って訪れた。
鉄平は高校の化学の教師をしているのだが、彼の分析能力は犯罪捜査にも一役買って(運命交響曲殺人事件)、その才能を警察にも認められていた。
そこで、あわや迷宮入りとなりかけている楽器商殺害事件にも、鉄平の知恵を借りようと、警視は事件の詳細を話すのだった。
事件は、一年前、昭和52年8月8日の未明に起きた。
楽器商を営む友永長一郎・62歳が自宅二階の寝室で絞殺死体で発見された。首には電気蚊取器のコードが巻き付けられており、その一端を同室の全身不随の妻・八重子の手に握らされていた、という異様な事件だった。
動機の点から見たら、容疑者と思われる人物は多数いるのだが、そのどれもがアリバイがあったり、確たる物証がなかったり決め手となるものが無く、捜査は難航していた。

 

うした中、警視の部下である松下刑事は、全身不随のうえ眼も耳も不自由な妻の八重子が、母親が来るたびに決まって唸り声を上げることに気づき、事件について何か訴えようとしているのではないか?という疑問を持ったのである。信じられない話だが、他に手掛かりのない現状で藁をも掴む気持ちで、その声をテープに録って解析しようとしたが、残念ながら得るものはなかった。
そこで、鉄平にそのテープを聞いてもらい何かヒントを得ようとしたのだが・・・
本書は昭和末期の作品だから、もう20年以上も前で大分古い作品となるが、僕はこのオーソドックスなストーリー構成に惹かれる。フーダニット(Who done it)、ハウダニット(How done it)が適度に融合された筋運びが、何か安心して読み進めることが出来て、心地よい。

ちょっと話がそれるが、僕の読書時間は主として夕食後にとることが多い。夜遅くコーヒーを飲むと眠れなくなるというほどではないのだが、できれば就寝前の刺激物は避けたいので、我慢をしている時に本の中でコーヒーを飲む場面があると、つい誘われて飲んでしまう。
このコーヒー片手の読書はまた、至福の時なのだ。単細胞と言おうか影響されやすく、本書も結構そうした場面があってコーヒーは欠かせなかったという話。

さて、オーソドックスな展開とは言っても、サントリーミステリー大賞を受賞した著者のことだから、その結末は一筋縄では納まらない。もちろん専門であるメディカルの要素も効かせた上で、本格推理の醍醐味をたっぷりと味わえる。

 

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1019.セリヌンティウスの舟

2009年08月24日 | 本格
セリヌンティウスの舟
読了日 2009/08/18
著 者 石持浅海
出版社 光文社
形 態 新書
ページ数 200
発行日 2005/10/25
ISBN 4-334-07621-1

 

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かの拍子に読みたくなる著者の本がある。この著者もそうなりつつあるようだ!?
著者の本を読んでいると、随分と論理的な思考の持ち主という感じがする。
ミステリー作家であれば、誰しもがある程度のそうした思考回路を持ち合わせていなければ、ミステリー、特に本格ミステリーなど書けないだろう。
前に読んだ「扉は閉ざされたまま」の時もそうした感じを持ったのだが、本書を読んで、著者のミステリーに取り入れた論理性に、益々もって魅力を感じた。各種のアイディアというか、ミステリーという読み物の形に、いろいろの試みを取り入れた作品だという感じがしている。
そうした思いを抱くのは、ことに依ったら僕だけかも知れないが、このような作品に出会えてよかったという思いでいる。

 

 

ところで、帯の惹句にも使われているが、著者は太宰治氏の「走れメロス」をテーマに作品を書いたことは、本文の中でも記述があり、そもそもタイトルにある「セリヌンティウス」は、メロスの親友の名だ。
「走れメロス」については、作中での解説もあり、読んでいなくともおおよそはわかるのだが、念のため概要を以下に記すと・・。

 

シラクスの王ディオニスが、人間不信に陥って、家来や親族までをも殺すようになって、市民は暗い毎日を送っていた。妹の結婚のための品物を求めて街にやってきたメロスは、そんな状況を知って、ディオニス王に掛け合いに行く。「人の心を疑うのはもっとも恥ずべき悪徳だ。」というメロスに、王は激怒して、メロスを磔の刑に処すという。
メロスは命は惜しくないが妹の結婚式のために、三日間の猶予を下さい、と頼む。
だめならこの市で石工をしているセリヌンティウスという無二の友人を、人質としておいて行こう。
ということで、メロスはセリヌンティウスにわけを話すと、セリヌンティウスは喜んで人質になることを引き受けた。
無事に妹の結婚式を済ませたメロスは、急ぎシラクスに向かってひた走る。途中にいかなる艱難辛苦が待ち受けようと、友の信頼を裏切るわけには行かない。
結局メロスは残り僅かな日限に間に合って、王宮にたどり着き、二人の信頼関係によって王は信じる心を取り戻す。
(写真は角川文庫)

 

 

年前、ダイビングショップのツアーで、石垣島で顔を合わせたのは、児島克之、吉川清美、三好保雄、大橋麻子、磯崎義春、そして米村美月の6人だった。彼らは、それぞれダイビングに興味を持つということだけが共通する、初めての顔合わせであった。
だが、楽しいはずのダイビングツアーを迎えたのは、曇天の時化の海だった。ダイビング地点から浮き上がった彼らの前にボートはなかった。高い波とうねりの中で彼らは輪になって救助を待った。
縁もゆかりもない彼らが、この生存をかけた波との闘い以来、厚い信頼で結ばれ、一体感を持つようになった。普段はまったく別の人生をおくる彼らが、機会を得ては一緒にダイビングを楽しむという間柄になったのだ。
だが、そうした彼らの間に突如亀裂が入った。三好の住まいに彼らが集まった際に、米村美月が服毒自殺をしたのである。

葬儀がすんで納骨式の後、三好の発案で彼らは再び三好のマンションに集まって、美月を偲ぶことになった。
席上、磯崎は美月の自殺当日に撮った写真を見て、不審な点を指摘する。
といったような経緯で、不審な点の彼らの議論が始まる。

本書を読み終わった後僕は、テーマとした狙いと、「走れメロス」の意味するところと少し異なった印象を覚えたのだが・・・。
まあ、それはあくまで僕の主観であるから、読む人によっては、著者の目指すところが明確に理解できて、テーマに沿った解釈をする人もいるのだろう。
そうしたことより、僕がこの作品に打たれたのは、冒頭に書いたとおりだが、唯一つの出来事に対して、5人の男女が一日かけて考察をするというストーリー構成だ。
扉は閉ざされたまま」でも感じたのだが、シチュエーション・ドラマというか、一つ場所で登場人物たちが、延々と議論を重ねて結論を出すという形が、著者の得意とするところなのか?
本書では、通常の殺人事件が起きて、容疑者を確定するという形ではないのだが、それ以上に静かな中にもスリリングな展開を見せて、一気に読ませる。

 

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1018.新宿鮫

2009年08月21日 | 警察小説
新宿鮫
読了日 2009/08/24
著 者 大沢在昌
出版社 光文社
形 態 新書
ページ数 278
発行日 1990/09/25
ISBN 4-334-02887-X

 

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レビドラマや映画にもなっている、警察小説の傑作を今まで読んでいなかったのは、ちょっと不思議な気もする。が、僕にとっては気まぐれの本選びだから忘れていたのかもしれない。
この作品が書かれたのは、既に20年近くも前のことで、著者も若かったが、後には日本推理作家協会の理事長(2009年8月現在は東野圭吾氏にバトンタッチ)を務めるなど大ベテランとなって多くの作品を発表している。
そうした著者の作品を一つも読まなかったというのは、僕の読書の傾向もどこかで偏っているのだろう。まあ、どうでもいいことだが・・・。

警察小説といっても最近では、昔の映画やドラマで見たような、警察官のチームワークによる捜査活動を描いたものにはメッタにお目にかかれなくなっている。
男社会として推移してきた警察に、進出してきた女性に対する差別や、性格の違いによる警察官同士の摩擦を軸にしたものが多く、実に多種多様の作品があふれる中で、本作品はそうした現在の主だった傾向の要素を多分に含んだ原点を見るような感じだ。

 

 

本書に登場する主人公の刑事・鮫島は、この後にシリーズ化されてファンにとってお馴染みのキャラクターとなっているが、キャリアでありながら、過去のいきさつから、一匹狼として現場の捜査に当たる特異なキャラクターとして描かれる。
歌舞伎町という一大歓楽街を擁する巨大な街を護る警視庁新宿署は、街に相応しくマンモス警察署だ。
そのあらゆる享楽と犯罪の同居する新宿を舞台として、ストーリーは展開する。
鮫島は過去に2度ほど自身の手で逮捕したことのある、木津という男を追っていた。木津は改造銃の製作と密売を手がける職人だ。木津が師匠とあがめる男から受け継いだ技術はその師匠を上回るまでの腕だった。
だが、2度の逮捕にもかかわらず、鮫島は彼の工房を抑えることが出来なかった。工房を押さえない限り、木津は軽い刑で出所したあと、再び改造銃を作り続けるのだ。
木津の改造銃と思われる銃が二人の警邏中の警官を殺害した。

 

 

た、少し脱線するが、この新宿鮫シリーズは、「新宿鮫 毒猿」、「新宿鮫 屍蘭」、「新宿鮫 無間人形」等と続いて、現在8作品が発表されている。
その4作品ほどが、舘ひろし氏の主演によりNHKでドラマ化されている。1995年から97年にかけて3作、2002年に1作と、NHK-BSで放送された。
大分前だが、僕も何本か見た記憶があるが、ほとんど忘れていた。
今回本書を読んで、記憶の底からわずかばかり思い起こしたのだが、僕の中では小説の鮫島と舘ひろし氏のイメージは合致していない。
まあ、いつも言うように小説と、ドラマは別作品だと思えば一向に差し支えないようなものだが、それでも全般的にドラマはドラマとして面白く見ていたような気がする。原作を読んだのでもう一度ドラマも見たい気がするが、無理だろうな?

 

~~~・~~~・~~~・~~~・~~~

さて、警官殺しについての捜査本部が立ち上げられて、公安からかつての同期で今は警視正の香田がやってきた。香田は鮫島に捜査本部に加わるよう指示するが、鮫島は木津の件を楯に断る。
捜査本部と、鮫島の追う木津の件との捜査が並行して進行する中、再び警官殺しが発生する。緊迫感が増していく署内で、鮫島の立場は微妙になっていくが、唯一彼と通じる鑑識官の藪は、警官殺しに使われた銃器の情報を鮫島に伝える。
一匹狼には、こうした内部の味方の隠れた応援は欠かせないところだが、僅かな出番で、この鑑識課員のキャラクターが的確に現れている。
一方、鮫島には10歳以上も年の離れた若い恋人がいる。ライブで人気を得ながら、近々メジャーデビューしようというロックグループ・フーズ・ハニイのヴォーカル晶(しょう)の、傍若無人ともいえそうな鮫島との会話が、恋人同士の雰囲気を伝える。ここいらあたりが、当時、それまでになかった警察小説のユニークな形だっただろう。
鮫島は恋人・晶の交友関係からの情報も利用しながら、地道な捜査を続けて、やがて木津に接近するかに思えたが・・・・。

いろいろと不利な条件が鮫島に降りかかっていく状況も不自然でなく、どうなるのだろうというサスペンスを盛り上げながら終盤へと向かうストーリーは、眼を離せない。

ところで、本作品は警察小説ではあるが、ある一点で本格ミステリーのルールに見事に則っている所がある。終盤間近でそれは判るのだが、そんなところもこの作品の優れたところか?

 

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1017.吉原手引草

2009年08月18日 | 時代ミステリー
吉原手引草
読了日 2009/08/18
著 者 松井今朝子
出版社 幻冬舎
形 態 文庫
ページ数 326
発行日 2009/04/10
ISBN 978-4-344-41294-1

 

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者の作品は2冊目だ。
1年ほど前だったか? ミステリチャンネルのゲストルームという番組で、本書で直木賞を受賞したということで、著者の松井今朝子氏がインタビューを受けていた。彼女の本は「一の富 並木拍子郎種取帳」を読んでいたのだが、それほど興味深く見ていたわけではないので、話の内容は忘れた。
実はこの本も、書店で見かけた「銀座開化おもかげ草紙」という連作集が気になって買おうと思ったところ、近くで見かけたついでに買ったものだ。
とは言うものの、直木賞を受賞した作品がどんなものかは、気持ちのどこかで無関心ではいられなかったようだ。
読み終わった今、動機や、経緯(いきさつ)はどうあれこの本と出会ったことを本当に良かったと思っている。
時代小説、なかんずくミステリーに興味のある人には、ぜひお勧めしたい作品だ。

 

 

僕が面白いと感じる本は、読んでいる途中でワクワクするような気持ちの高揚を促すとともに、この本を読んで良かったという幸せな気分にさせてくれる本だ。
本書は、最初の「引手茶屋 桔梗屋内儀 お延の弁」から始まって、以下十六人の廓の関係者による証言が一人ずつ語られるのだが、どうもそれを引き出し、聞き出しているのが、一人の男のようだ。

聞き手の目的は定かでないが、彼が吉原随一の花魁・葛城太夫に関しての情報を得たいのではないか、ということがおぼろげながら判る。
それぞれの証言は、当事者の一人語りの形で、途中でさしはさまれる聞き手の質問も、証言者の繰り返す言葉によって、表される。
この一人ひとりの証言者は、最初の引手茶屋の内儀であったり、廓の番頭であったりと、これと思われる廓の内部や、その周辺で働く主だった職業を網羅している感じで、言葉遣いも型にはまって(それぞれの職業や、身分によって使い分けているしゃべりが)、面白い。

そして、何より引き出される証言は、タイトルの通り全くの素人にも廓の仕組みや、慣習、花魁を筆頭に女たちの構図等々を実に判りやすく教えてくれるテキスト(教科書の意)となっている。
そればかりではない。時に証言者の現在に至った哀歓の人生の一端なども語られて、ひきつける。

 

 

うしたインタビューは人が変わるごとに、ゆっくりと先ず、謎の正体を現していく。吉原一の花魁と謳われた葛城が、ある日を境に忽然と妓楼・舞鶴屋から姿を消したというのが、その正体らしいということが判る。
この辺のストーリー構成のテクニックは、全く見事というほかはない。
全盛を極めたといって良いほどの、名妓葛城が何故人知れず消えねばならなかったのか?
そして、関係者から巧に話を引き出すインタビュアーの目的は?
なにより、インタビュアーの正体は?

と・・・、あまり書いていくと、その謎自身も一つのミステリーとなっているからネタバラシの恐れがある。
時代ミステリーは数あれど、これほど謎そのものまでをミステリーとしてしまう筋運びは、正にミステリーの極致とも言えるだろう。

 

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1016.τ(タウ)になるまで待って

2009年08月15日 | 本格
τになるまで待って
読 了 日 2009/8/15
著    者 森博嗣
出 版 社 講談社
形    態 新書
ページ数 307
発 行 日 2005/9/5
ISBN 4-06-182451-1

 

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者の作品タイトルについては、前にもどこかで書いたがタイトル自体に面白さを感じることがしばしばある。
本書のタイトルも、すぐに昔見た映画のタイトルを連想して、どこかで関連を持たせているのかと想像した。 今は亡き大スター、オードリイ・ヘップバーンが主演したサスペンス映画「暗くなるまで待って(Wait Until Dark)」だ。
本書に添えられた英語のタイトルは、"Please Stay Until τ"で、ちょっと違うが・・・。
このシリーズではタイトルにギリシャ文字を1字使っていることが共通しているが、そこに何か仕掛けがあるのかとも考えられるが、 よみ過ぎか?
ともあれ、シリーズ作品は、その1巻だけでも充分に面白く読めるのだが、通して読むことにより、楽しさが倍増するところにもある。 3作目となる本書ではどんなミステリーが隠されているのだろうと、期待を胸に紐解く。

 

3作目となってようやく僕は、シリーズ・キャラクター達の役どころが判ってきた。と、言うよりはこのシリーズの性格が、どちらかといえばコミカルな筋運びを根底にしているということか?
一番口数が少なく、表情の変化も乏しい海月及介がどうも名探偵の職務を担っているようだ。その同級生で狂言回しのような、海月と同じくC大2年生の加部谷恵美は、憧れの西之園萌絵のしぐさや表情に近づこうとしているが、持ち前の賑やかさが邪魔をする。
C大大学院生の山吹早月は環境設定係か?
今回は、探偵の赤柳(この人物も毎回現れる謎のキャラクターだ)から、アルバイトの誘いを受けた山吹、海月、加部谷の3人が、超能力者・神居静哉の別荘を訪れることでスタートする。
神居の別荘・伽羅離館(からりかん)は、車で行ける所から、更に徒歩で1時間という森林の奥地にあった。まるで要塞のような不思議な感じの屋敷には、彼らの他にカメラマンを含む雑誌の取材班が来ていた。

 

こで赤柳が3人に指示した仕事とは、屋敷内の図書室の書籍類から、「MN1」、「佐織宗尊」、「真賀田四季」をキーワードとして、記事を探すことだという?
その夜、晩餐の席上神居は訪れた7人を前に、彼の超能力を示すために、加部谷恵美を異界に連れて行くという。まるで大掛かりなマジックを見るようなデモンストレーションの後、密室の中で神居静哉は他殺体となって発見された。更に、密室は彼の殺された部屋のみならず、館の出入り口が全て開かない状態となっていた。
加部谷は西之園萌絵に携帯で連絡したのだが・・・。

神居静哉の死と、探偵・赤柳が山吹たちに与えたアルバイトはどう繋がるのか?
赤柳がアルバイトを雇って調べる目的は何か?
密室殺人の謎を解くのは誰か?等等々・・・

いろいろと謎の多い展開に、興味津々と行った感じで読み進めたが、今回はちょっと物足りなさが残る1篇だった。この先どう展開していくのか?
次作以降に期待というところか?!

 

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1015.天山を越えて

2009年08月12日 | 歴史ロマン
天山を越えて
読了日 2009/08/12
著 者 胡桃沢耕史
出版社 双葉社
形 態 文庫
ページ数 380
発行日 1997/11/15
ISBN 4-575-65840-5

 

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なり溜まってしまった積ん読の中の1冊。
ミステリー文学賞の老舗ともいえる日本推理作家協会賞(元は、日本探偵作家クラブ賞)の受賞作を読もうと思って、夏樹静子氏の「蒸発」、島田一男氏の「社会部記者」などと一緒に買っておいたのだが、本書だけ読む機会を失っていた。
多分タイトルから、戦争体験に絡んだ話ではないかと想像したのも、一因だろう。若い頃、著者が清水正二郎名義で、多くのセックス小説-今で言えばポルノ小説か?-を何冊か読んだこともあり、そうしたことも読もうという気が削がれていたのかもしれない。
読まなかった言い訳をくどくどあげつらっても仕方のないことだが、ようやく手に取ったのは、今が読み時と思ったからだ。

 

 

中国の西端に位置する天山山脈は地図(巻頭に地図が明記されている)で示されたた通り、タクラマカン砂漠という日本の本州部分をそっくり飲み込んでしまうかというような広い砂漠を南にした奥地である。
時代はまだ第2次世界大戦が始まる前の時代で、日本軍が無謀にも中国大陸を制覇しようとしていた昭和8年。
当時タクラマカン砂漠で勇名を馳せていたのが、馬仲英(まーちゅういん)という東干(とんかん)と呼ばれる民族の指導者であった。
日本軍の要職はこの英雄が日本で見初めた女性、犬山由利を花嫁として差し出そうとしたのだ。
日本軍が中国と戦火を交えた際に、馬仲英に後方から支援してもらおうという計画なのだ。いわば政略結婚ならぬ戦略結婚だった。

今でこそ馬鹿馬鹿しい限りと思えるが、当時の日本軍の命令は絶対的なものだった。
そんな時代に花嫁護送の一人に選ばれたのが本書の主人公、衛藤上等兵だ。顔中を髯に埋もれさせた、五月人形の鐘馗様のような姿が、将軍の目に留まったばかりに、命ぜられた役目だった。
灼熱の砂漠の行軍から、極寒の山脈を越える旅が3ヶ月も続く強行軍が、ストーリーの主だった部分を占めるのだが・・・。

 

 

語は、昭和56年(本書が書かれた当時の時代)に、衛藤良丸という71歳の老人が突然失踪したことに始まる。東京日暮里に大空襲で焼け出された都民のために、一棟四軒続きの、今で言えば都営の仮設住宅が建てられた。
その大半は老朽化のために、取り壊されて新しいコンクリート住宅に替わって行ったが、衛藤老人の住む一棟だけは、衛藤が頑として立ち退きに応ぜず、そのみすぼらしい姿をさらしていた。ある日その衛藤老人が忽然と姿を消したのだ。孫の一人が訪れて失踪がわかったのだが、残されたメモによって、自ら姿を消したことが判った。メモには「急用があって、烏魯木斉へ行く」とあった。
ストーリーの進行に伴って、このメモの文字はウルムチという地名だとわかるのだが、彼が誰に呼び出され、何のために悠に遠い地を目指すのか、衛藤老人が戦後書いた一つの小説などによって明らかにされていく。

 



物語の紹介が逆になってしまったが、若き日の衛藤老人が悠久の大地シルクロードの、過酷な旅をすることになった全貌が、彼の体験に基づいたノンフィクションのような小説に描かれるのだが、僕はこれを読んでいて、サントリーミステリー大賞受賞作の「桜子は帰ってきたか」(麗羅著 文藝春秋刊)を思い浮かべた。もちろん内容は全く違うのだが、どちらも戦中・戦後の厳しい状況の中で女性を護っての旅が描かれるという共通点があり、壮大なドラマを形成しているところに、ロマンが感じられる。

この作品を書いたのち、著者・胡桃沢氏は若き日に軍隊で同地での任務を体験したことから、シルクロード全行程の踏破を目指していたらしいが、病に倒れ、残念ながら願いは果たせず1994年この世を去った。

 

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1014.震えるメス

2009年08月10日 | メディカル
眼科に行く

に書いたように僕は、今のところこれと言って健康上の不安はないのだが、四月の末ごろから、五月中旬にかけて、くしゃみ、鼻水、顔中が痒く、特に眼の周りが痒くなるという症状に悩まされた。季節はず れの花粉症といった症状が治らないので、ついに五月下旬になって近くの眼科を訪ねた。
受付を済まし、二十分くらい待つと看護師に視力検査をされた後、医師の診察が始まった。
「ダニのアレルギーですよ。これは痒かったでしょう。」
検眼鏡で見た後医師はそういった。そして
「薬を出しますからね、魔法の薬 ですぐに治りますよ!」と言う。
「ニ週間したらまた来てください。一応眼底検査をしますから。」
後は、看護師による投薬が行われて、終わった。
処方箋によって薬局で処方された薬は、点眼薬ニ種類と、軟膏と、服用薬の錠剤で、点眼薬は一日四回、軟膏と錠剤は一日ニ回の使用で、早速その日の午後から薬の使用を始めたのだが、あれほどひどかった症状が、なんと翌朝にはすっかり治ってしまった。
中年の人当たりのいい、穏やかな医師は、僕の症状を半分以上は言葉で治してしまったようだ。

~~~・~~~・~~~・~~~・~~~

震えるメス 医師会の闇
読 了 日 2009/8/6
著    者 伊野上裕伸
出 版 社 文藝春秋
形    態 文庫
ページ数 346
発 行 日 2005/9/10
ISBN 4-16-722303-1

 

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いった直近の医師との関わりを思い起こしながらメディカルミステリーを読んだ。
第13回サントリーミステリー大賞読者賞を受賞した「火の壁」を読んでから、頭の隅に引っかかりを感じていた作家で、メディカルミステリーらしいタイトルを見て、手が出た。

良く知っているようで、その実態がわからないのが医学や、医療の世界だ。今では、インフォームド・コンセントという言葉で言い表されるように、医師と患者とのコミュニケーションも以前よりはとりやすくなっているようだが、それでもそれほど気安く質問など出来ないのが患者の気持ちだろう。
だが、小説の中の病院や、医師はそう簡単でも心地よくもない。

 

 

書は、地方都市で医師会の会長を務め、医師会が運営する医師会病院の理事長及び院長などを兼任する実力者が、公権力と関係の深い同じ市内の開業医と結託、その公権力を利用してライバル病院を陥れようとするストーリーだ。
著者は医師ではないが長年、損害保険調査員として、病院からの保険請求に関しての不正などを調査する仕事をしてきたことから、病院における治療現場の描写についても、胸の躍るリアルさで迫ってくる。
交通事故による患者の治療費についてや、損害保険との関わりなども実際に即した説明もあって、興味を引かれるところだ。

また、院内の衛生管理が行き届かず、MRSA(メチシリン耐性ブドウ球菌)をはびこらせている病院から転院されてきた複雑骨折患者が、傷口から侵入した菌により、結果的に片足を切断することになるエピソードなどは、小説の中であっても全くやりきれない思いを残す。
前の「火の壁」にも登場した保険調査員とは違う人物だが、ここでも重要な位置を占める調査員は、著者の体験が十分に活かされているところだろう。

 

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1013.三年坂、火の夢

2009年08月06日 | サスペンス
三年坂 火の夢
読了日 2009/08/06
著 者 早瀬乱
出版社 講談社
形 態 単行本
ページ数 380
発行日 2006/08/10
ISBN 4-06-213561-2

 

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ばらくご無沙汰している江戸川乱歩賞受賞作品を検索した折、ノスタルジックな感覚の タイトルに惹かれて読もうと思った。
多くの本を読んでいると、タイトルだけで内容の傾向のようなものが、おぼろげながら判るような気のす る時もある。そういう時には自分の勘を信じることにしている。
だから、作家諸氏も多分作品のタイトルには、充分に気を使っているのではないかと思うが、どうだろう ?
こういうタイトルに郷愁のようなものを感じるのは、本格的にミステリーを読むようになった、僕にとっ て原点とも言えるのが、シャーロック・ホームズだったから、古き良き時代を連想させるようなミステリ ーに惹かれるのかもしれない。

 

 

まあ、そういったところで読み 始めると、まさしく本書の舞台は維新後の間もない明治初期の東京だった。
メインのキャラクターは二人。
帝大進学を目指し奈良県S市から東京へ出てきた内村実之、と、大学進学のための予備校(この頃から予 備校はあったのだと、初めて知った)、開明学校で英語の講師をつとめる高嶋鍍金(めっき)先生。
物語はこの二人の視点、“三年坂”と“火の夢”ということで進行する。
貧乏士族・橋上家の次男坊である実之は、父親の橋上隆が家を捨てて東京に出てしまったために、母親、 兄・義之とともに母親の旧姓内村になって、母親の実家で暮らすことになった。
成績の優秀な兄は帝大に進学していたが、ある時怪我をして実家に戻ってきた。大学も辞めてしまってい たようだが、その理由も判らないまま怪我から入った菌に犯されまもなく死亡してしまう。
義之は東京で父親探しをしていたらしいが、死の直前に口走った「三年坂・・・」の謎とは何か?
アルバイトでためた金と、友人の援助もあって、実之は帝大進学を目指すという口実で、東京へ出ること を決心する。

 

 

方、高嶋鍍金は出版社天命館の編集者鷺沼の依頼で、書いた都市火災についての原稿が 好評だったということで、再び原稿の依頼をされる。
同じ開明学校で、物理学を教えている立原との間で、東京を焼き尽くしてパリ並みの都市の再開発をする には、どこに火をつけるかという話になるのだが・・・。

このストーリーの見事なところは、内村実之という青年の、受験を控えた中での“三年坂”探しのもどか しさと、一方の高嶋鍍金の東京を焼き尽くすための複数の発火点探し、そして、失踪した実之の父親が、 どのように繋がっていくのかが終盤まで混迷の度合いを深めていくところだ。
東京の坂の名前の由来が、解明されていくのも面白い。

余談になるが、僕がこうした古い東京に郷愁を感じるのは、昭和20年、東京大空襲の日まで、下町の駒形 に住んでいたせいかもしれない。読み終わってから、ふとそんなことを感じた。

 

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1012.告白

2009年08月03日 | サスペンス
告白
読 了 日 2009/08/03
著  者 湊かな え
出 版 社 双葉社
形  態 単行本
ページ数 268
発 行 日 2008/08/10
ISBN 978-4-575-23628-6

 

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の読書スタイル(というほどのものではないが)は、乱読だという事を前に書いた。 結果的には手当たりしだいということになるのだが、それでも大体は1冊読み終わるたびに、次に何を読 もうかと考える。
手元に本がないわけではない。
書店を訪れるたびに-大半は古書店だが-読みたいと思う本を探しては買ってくるから、未読の本がざ っと200冊以上はあるだろう。
ところが、全て読みたいと思って買ってきたにもかかわらず、あり過ぎると迷うのだ。
そうしては、またぞろ古書店を歩いて、新たに目に付いた本を買うという馬鹿なことを今までに何度も している。

反対に、読みたい本が次々と決まって、手持ちの本がスムーズに消化されることもあり、そうした時を 僕は、読み時と考えている。
今がまさにその時で、ここ1-2ヶ月余りは、読もうと思う本が目白押しで、読書の楽しさを満喫してい る。
これは、臨時収入のおかげで何冊か新刊本を買ったことも影響しているのかもしれない。

 

 

といった ところで、今回はその新刊本の1冊、先年本屋大賞を受賞したという連作短編集だ。
連作短編集なのだが、目次には第1章から6章までと長編のような体裁を整えている。下の初出一覧で わかるように、双葉社のミステリー誌「小説推理」に掲載された3篇に、3篇の書下ろしを加えた構成 で、一貫性を保っている。

「聖職者」
ある中学校でのホームルームの時間。
若い女生教師は学校のプールで水死体となって発見された自分の娘の話を始める。警察が事故死として 処理した事件は、実は事故ではなく故意に殺されたのだという。文字通り、告白であるかのような女性 教師の話は生徒たちに衝撃を与えるのだが・・・。
この最初の1篇で、本書のストーリーの先行きが予測される。なにか割り切れないような、あるいはのど に引っかかった小骨のように、気持ちの悪さ、後味の悪い余韻を残して、次のストーリーへと繋がる。
その女性教師への反論のような形で、一人の女子生徒の告白が、「殉教者」というストーリー。
そしてさらに・・・。

 

 

き下ろし部分の4話目(4章)からは一人称ながら、途中途中に小見出しのようなもの が入り、前3話とは多少違った印象を受ける。
1話ずつこうだ、という風に書けないのは次々と告 白する人物の繋がりにも、多少のミステリーが被さっているから、ネタバラシになる恐れがあるのだ。
告白というからには、大小の差はあれ罪の告白というくらいで、必然的に後味の良くない話になるのか ?
犯罪加害者の独りよがりや、被害者の屈折した心理は、誰でもが持ち合わせているのだろうが、このよ うな形で、見せ付けられると、いささか引いてしまう。
毎日のようにテレビや新聞紙上に現れる現実の犯罪事件に対しての、感覚が麻痺したような我々に警鐘 を与えているのか?
事件を少し角度を変えた裏側からみた物語か?

それにしてもせっかくの新刊本の話題作が、僕の好みから外れていたのはちょっと残念!

 

初出
(小説推理:双葉社)
# タイトル 発行月号
1 聖職者 '07年8月号
2 殉教者 '07年12月号
3 慈愛者 '08年3月号
4 求道者 書き下ろし
5 信奉者 書き下ろし
6 伝道者 書き下ろし

 

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