隅の老人のミステリー読書雑感

ミステリーの読後感や、関連のドラマ・映画など。

1001.首挽村の殺人

2009年06月29日 | 本格
首挽村の殺人
読了日 2009/06/30
著 者 大村友貴美
出版社 角川書店
形 態 単行本
ページ数 420
発行日 2007/06/30
ISBN 978-4-04-873784-5

 

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ばらくぶりで横溝正史賞受賞作品を読む。
スカパーのミステリードラマ専門のミステリチャンネルで、Mysteryゲストルームという番組を見て 、ゲストに招かれていた大村友貴美氏とこの作品を知った。
ミステリー文学賞の中では、割と古くからある横溝正史賞だが、いろいろと選考委員の変遷もあっ てか、選ばれた作品の評価もまちまちで、一時期僕も疑問視していたこともあった。
僕は評論家ではないから、ミステリー論をかざすつもりは毛頭なく、面白ければそれでよいと思っ ている。もう一つ、僕は先達の真似でも一向に気にしない。それどころか、僕は横溝正史氏の世界 を髣髴とさせる作品が好きだ。だから、岩崎正吾氏の、いかにもと言う感じの「風よ、緑よ、故郷よ」とか 、「探偵の夏あるいは悪魔の子 守唄」なども、面白く読んだ。
横溝正史賞-今は横溝正史ミステリ大賞-では、第1回の受賞作、斉藤澪氏の「この子の七つのお祝いに」 などは、タイトルからして、横溝正史氏の世界だと思って読んだ。単なる読み手としてはもっとこ ういった世界を書いて欲しいと思うのだが、そう思う選考委員はなかなか居ないようで、残念。

 

 

さて、と言うような事を長 々書いたのは、本書が久しぶりに横溝正史氏の世界を再現したかと思われるようなものだったから だ。前述のインタビューで著者による物語の出来た経緯や、梗概なども語られたような気もするが 、そんなことはすっかり忘れており、新鮮な気持ちでストーリーを楽しんだ。
岩手県の雪深い山村が舞台。鷲尻村という無医村の状態が続いていた村に、東京から杉聡一郎が赴 任して、無私の境地で村の医療に従事する杉の態度は、村人の篤い信頼を集める。しかし、そうし た状態は長く続かず、杉は熊に襲われたのか、崖下に転落死しているのが発見された。わずか半年 後のことだった。
気落ちした村人たちの前に現れたのは、滝本志門医師だった。短期間の契約とはいえ、後任の医師 を迎えることができたことを村中で歓迎した。だが、滝本医師が着任後謎の死が起こり始める。し かも、事故死や自殺と見えていた事件は連続殺人事件と判明する。古い歴史を遡り、貧しかった山 村の忌まわしい過去が見え隠れするような事件に、村人たちは戸惑うが・・・。

 

 

挽村という不気味な名前で呼ばれた鷲尻村の過去と重なるような事件の発生と、滝 本医師やその妹などがどう関わっていくのか、という興味と、事故死としか見えない杉聡一郎の死 は殺人だったのか?という謎等々が胸躍る展開を見せていき、探偵小説の面白さを実感する。
この小説の面白さは、終盤になって判明するもう一つの謎?にもあって、そこが古い探偵小説とは 異なるところだが、しかしこれは正に推理小説やミステリーではなく、探偵小説の面白さだ。

 

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1000.ショック-卵子提供-

2009年06月25日 | メディカル
ミステリー読書1000冊目を迎えて



読書目標の10年を前にして、1000冊目を迎えることとなった。何日か前から1000冊目には何を読もうかと考えていたが、最初の1冊目がロビン・クック氏の「ブラインド・サイト-盲点-」だったので、区切りとなる1000冊目もロビン・クック氏の作品にしようと思い、調べたらまだ未読作品が2-3冊あったので、その中から著者の作品では一番新しいと思われる「ショック-卵子提供-」を選んだ。
昔は十年一昔といったが、環境の変化が著しい現代では、五年どころか三年一昔か?パソコン関係の業界では半年一昔なんていう人もいる位だ。
そんな中で、今年10年目を迎える僕の読書生活は、そうした世の中の動きとは関わりなく、マイペースでのんびり過ごしてきた気がする、が、そんなマイペースながら、何の支障もなく1000冊を読み終えることが出来たのはラッキーなことなのかも知れない?
幸い11月に70歳となる僕だが、今のところ病気らしい病気もなく、いたって元気だからまだまだ今の調子で読書は続けられると思うから、1000冊の目標は一つの区切りとして、再び10年先をにらんで目標2000冊に向かって、などと欲張ったことも考えたが、まあ、あせらずに今後は1年100冊程度の目標を更新して、読めるだけ読んでいこうと思い直した。
ということで2010年11月までの目標を100冊、通算1,100冊を目指して、このブログも続けていくことにしよう。



ショック―卵子提供-
Shock
読了日 2009/06/25
著 者 ロビン・クック
Robin Cook
訳 者 林克己
出版社 早川書房
形 態 文庫
ページ数 527
発行日 2002/11/30
ISBN 4-15-041023-2

 

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後に著者の本を読んだのは、2001年11月の「モータルフィア―死の恐怖―」だから、足掛け8年ぶりということになる。著者の未読作品がありながら長いこと読まずに来たのは、より身近に感じられる国内メディカル・ミステリーが充実してきており、面白さが増してきているためだろう。
国内の現役で活躍する医師たちが、その経験を活かして、あるいは日ごろの医療活動の中で考えていることなどを題材に、医療ストーリーを描く人たちが増えてきており、そうしたフィクションの好きな僕にとっては、誠に好ましい現象で、歓迎している。
しばらくぶりで著者の作品に接して、以前ほどのストーリーに対する興奮が湧き上がってこなかったのは、そうした環境の変化によるものか?
さて、本書の内容は、タイトルでも判るように、不妊に悩む女性やカップルのための、人工授精に対する卵子の提供に関する物語である。内外を問わず先進国の間で不妊に悩む女性やカップルは多いようだ。この問題がミステリーに取り上げられることは良くあるようで、過去に僕もいくつかそうしたミステリーを読んできている。だが、今回はルームメイトである二人の女子大生が、海外旅行やマンションのための資金に当てることの出来るほどの報酬を得られる、卵子提供者の募集広告を見たことから始まる。

 

 

卵子提供者の募集広告を出したのはウインゲート不妊クリニックという医療研究機関だ。冒頭で、卵子を提供するためにこのクリニックへを訪れた女性が、医療ミスで死亡するという事故が起き、その遺体が闇に葬られるらしいことが描写される。
そうしたことも知らずに、ハーバード大学の大学院生のジョアンナ・マイスナーとデボラ・コクランは、卵子の提供に一人4万5千ドルの報酬を支払うという広告に魅入られる。ベニスへの旅行や、マンションを購入するのに二人で9万ドルは十分な資金だ。
こうして二人はクリニックのあるマサチューセッツ州ブックフォードに向かうのだった。冒頭の事件が何も知らない二人の先行きに、不安感を誘うが、献卵の手術は無事終わって報酬を受け取った二人はイタリア旅行を楽しむ・・・。その後の展開は二人が自分たちの提供した卵子によって、無事に子供が誕生したのか確かめたいという欲求の赴くままに、クリニックに職員として潜入する、という怖いもの知らずというか、無謀な冒険が始まり、いささか冗長とも思われる描写があるものの、サスペンスの盛り上がる結末へと向かっていく。

 

 

回は、従来の医学的なアクシデントなどによるストーリーではなく、いくらかはその傾向は終盤で出てくるが、大半が二人の女子学生の冒険譚といった形で終始する。だが、序盤で片方の主人公ジョアンナの結婚問題などが、そのボーイフレンドとの間でやり取りされ、そうした描写がどのように本筋にかかわってくるのかということが判らないから、退屈なところもあるが、僅かながらそうしたことが伏線ともなっており、ご都合主義とも思われる結末を救っているのかもしれない。
著者の作品は大半を読み終わっているのではないかと思っていたが、この他に2冊くらい残っているのが判ったので、追って読んでみようと思う。

 

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0999.福家警部補の再訪

2009年06月22日 | 短編集
福家警部補の再訪
読 了 日 2009/06/22
著  者 大倉崇裕
出 版 社 東京創元社
形  態 単行本
ページ数 253
発 行 日 2009/05/25
ISBN 978-488-02533-5

 

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年ほど前に同じ東京創元社から刊行された「福家警部補の挨拶」に続くシリーズ。
本書は以前、町田暁雄氏からはもう少し前に出るようなことを聞いていたが、大分遅れたようだ。町田暁雄氏については前作のところで少し触れたが、「刑事コロンボ読本」という研究書を自費出版した方で、コロンボファンの間では著名な人物だ。(詳しくは刑事コロンボファンサイト「安葉巻の煙」http://www.clapstick.com/columbo/へ。因みにクラップ・スティックとは映画の撮影時に・・そんな余分なことは良いか!)
テレビドラマ「刑事コロンボ」でお馴染みとなった倒叙形式(最初に犯人の側から犯行の様子などを描く、ミステリーの形式)は、その後わが国でも三谷幸喜氏の「古畑任三郎」が人気を博して、すっかり定着した感がある。
だが、小説となると、古典的な名作を除き、現代ではそれほど見聞きしないところを見れば、あまり読者からは歓迎されていないということか?
二見書房から刑事コロンボのノヴェライズが旧シリーズのほか、新シリーズについても出ており、コロンボファンにはそこそこ歓迎されているらしく、僕も古くからの新書版(サラブレットブックと呼ばれる)や、文庫版を何冊か読んだが、残念ながらドラマほどの興奮は味わえないというのが本音だ。

 

 

そんなところへ打って出たのが大倉崇裕氏の「福家警部補の挨拶」だった。2006年にミステリーの老舗、東京創元社から刊行された同書を買い求めて読んだ僕は、倒叙ミステリーとしての面白さを十分に堪能した。(このシリーズ誕生には、前出の町田暁雄氏も協力者として関わっているようで、その辺のところもコロンボファンサイトで判るかもしれない。)

 


永作博美嬢の福家警部補

 

その推理小説としての価値は読者のみならず、当然のことのようにテレビ局も見逃さなかったようで、2009年正月の特別番組としてNHKで「オッカムの剃刀」がドラマ化された。主演の福家警部補には永作博美嬢が扮して、原作の味わいを損なうことなく表現していた。今や大ベテランとなった犯人役の草刈正雄氏を向こうに回して、飄々としながら追い詰めていく様は、原作のイメージそのままの小さい体ながら一歩も引けを取らず見事に福家警部補を演じた。
原作は短編連作だから、できればドラマもシリーズ化して欲しいと願うのは僕だけではないだろう?

 

 

て、今回は「歌声が消えた海」(刑事コロンボ第29作目の長尺エピソード)を思わせるような、豪華客船内で始まる。
旅行会社の企画による周遊航海で、午後5時に晴海埠頭を出航するはずだったマックス号は直前の警視庁の刑事たちによる船内捜索があって、大幅に遅れ、7時過ぎに出航した。その刑事たちの中に捜査に夢中で降りる時機を逸してしまったのは、何を隠そう福家警部補その人だ。
そして、タイミングよく??事件が巻き起こる。警備会社社長・原田が、過去の弱みを握る直己を船室で撲殺したのだ。鑑識も居らず指紋採取も出来ない状況の中で、彼女はどうやって真相に迫るのか? 以下、全部で4つの事件に関わる福家警部補の活躍が描かれる。

僕は、まだ読んでいないのだが、著者には「七度狐」とか、「三人目の幽霊」という著書があり、どちらも多分落語に材をとったストーリーだと思うが、そういったところから寄席芸などに詳しいのかと思っていた。
本書の3つ目のエピソードが漫才コンビの話もそうしたことで生まれたもので、ここで交わされる掛け合いの台詞なども著者の作だとばかり思っていたら、どうやら台本は本職の手によるもののようだ。
しかしながら、このエピソードは寂れ行く演芸場への思いが、オーナーと福家の間で交わされる場面で、訴えてくるものがあって僕は好きだ。ところで、このタイトルが「相棒」となっているが漫才コンビの話などでよく聞くのは「相方」と言う言葉だが、「相棒」と言うのが正しい言い方なのだろうか?(どっちでも良いか!)
気軽に読めるライト感覚のミステリーだが、と言って軽く考えてはいけない。きっちりと本格推理の王道を行くミステリーだ。ともあれ、これからもシリーズが続いていくことを切に願うものである。

 

初出(ミステリーズ!)
# タイトル 発行月号
1 マックス号事件 vol.19 2006年10月
2 失われた灯 vol.21~22 2007年2~4月
3 相棒 vol.24 2007年8月
4 プロジェクトブルー vol.26 2007年12月

 

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0998.ヴァン・ショーをあなたに

2009年06月19日 | 連作短編集
ヴァン・ショーをあなたに
読 了 日 2009/4/18
著    者 近藤史恵
出 版 社 東京創元社
形    態 単行本
ページ数 200
発 行 日 2008/9/30
ISBN 978-488-02529-8

 

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007年11月に読んだ「タルト・タタンの夢」の続編連作。
パ・マルという名のフランス料理の小さなレストランを舞台とするエピソードの数々は、シェフ三船の作る絶品の料理と、彼の名推理の両方が楽しめる名品である。といっても僕の生活には縁のないフランス料理だから、実際に料理を味わう機会はないのだが、名推理の方は充分に堪能できる。
早いもので、2001年に初めて著者の「凍える島」を読んでから8年が過ぎ、著作を読むのも本書で25冊目(アンソロジーを除く)となった。僕は特に私立探偵今泉文吾の梨園シリーズが好きで、殺人事件を描きながらも、歌舞伎俳優の瀬川菊花やその弟子の瀬川小菊といった登場人物たちが、その雰囲気を和らげており、その辺がなんとも言えず良いところだ。
その他にも著者は、多くのシリーズキャラクターを生み出しており、その個性的な人物たちが作り上げるミステリーの世界は魅力的で、僕が25冊も読むことになった所以だ。

 

さて、今回はフランスで修行中だった頃の三舟シェフのエピソードなどや、ちょっと切ないストーリーなども織り交ぜた連作集だ。著者はペットのワンちゃんと暮らしており、犬や猫と言ったペットに関するエピソードをいくつか書いている。
最初の「錆びないスキレット」も、その一つで少年の小動物に対するやさしさと、三舟シェフの意外にも動物に対する思いやりが描かれる。因みに僕は知らなかったのだがスキレットとは、分厚い鋳鉄で出来たフライパンのことで、熱しにくくさめにくいといった性質を利用したグリル料理などに使われる道具だそうだ。
こうした料理のレシピのほかに調理具などの薀蓄も語られるのが、本シリーズの売り物で、本格的ではないが料理には多少の興味を持つ僕も、参考になることも。長髪を後ろで束ねた三舟シェフは、一見の武士の風情でとっつきにくい感じを与えるが、人の心を読み取り、人情の機微をわきまえる、その底に真のやさしさを持つ人物で、毎回のエピソードでその洞察力が安楽椅子探偵の様相を示して心地よい。

 

鮎川哲也氏の三番館シリーズや、北森鴻氏の香菜里屋シリーズのようなバーテン、それとこのシリーズに描かれるシェフのような職業は、その仕事中は外を歩き回ると言う状況にないことから、探偵役を務めるには、おのずと安楽椅子探偵になるのではないかと思う。と言うより、そうしたシリーズを読んでいると彼らには安楽椅子探偵がよく似合っている。最後に描かれるエピソードで、表題作「ヴァン・ショーをあなたに」のヴァン・ショーとはホット・ワインのことだそうだ。
舞台はフランス、三舟がまだフランスにいた当時のエピソードだ。ここでは日本人に特有なアルコールに関する体質が重要な鍵となっているが、欧州人にはそうした体質は存在しないと言うことを読んで、認識を新たにした。老婦人のメランコリックな過去の思い出がテーマの、ちょっと泣かせる話で締めくくりに相応しい。
このエピソードと一つ前の「天空の泉」が書き下ろしとなっており、ミステリーズ!への掲載が2007年6月以降ないところを見ると、これで、このシリーズはお終いなのか?
そうだとしたら寂しい。



初出(ミステリーズ!)
# タイトル 発行月号
1 錆びないスキレット Vol.16 2006年4月
2 憂さばらしのビストゥ Vol.17 2006年6月
3 ブーランジュリーのメロンパン Vol.18 2006年10月
4 氷姫 Vol.23 2007年6月
5 天空の泉 書き下ろし
6 ヴァン・ショーをあなたに 書き下ろし

 

 


0997.片隅の迷路

2009年06月16日 | リーガル
片隅の迷路
読了日 2009/06/16
著 者 開高健
出版社 東京創元社
形 態 文庫
ページ数 429
発行日 2009/04/17
ISBN 978-4-488-48801-3

 

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の作品は、昭和36年5月から11月にかけて毎日新聞に連載されたもので、翌年の昭和37年に同じく毎日新聞社から刊行された。その後角川新書などでも刊行されたが、今度、東京創元社から新たに創元推理文庫として今年(平成21年)4月に発刊されたのは、5月から始まった裁判員制度に合わせてのことではなかったのかと思うが、どうなのだろう?
東京創元社からのメールマガジンで本書の発行を知った時、何故か気になって、読まなければという気になっていた。たまたま4月に臨時収入があったので、今月に入ってからめったに買わない新刊を手に入れた。
帯に書かれたコピーで、冤罪事件を扱った作品だということで、読み始めた前日(読了日は16日になっているが、僕はブログに書く1週間から10日ほど前には読み終えている。こうしたちょっとした読後感を書くのにも数日を要することがあるから、3冊~4冊前の分からブログに公開することにしている)に足利事件で、収監されていた菅谷利和氏が釈放されるということもあり、そうした折に冤罪事件の本を読む偶然にちょっとした興奮を覚えた。

 

 

海に近い、何の変哲も無い地方都市の一角で、11月5日早朝に事件は起こった。
山徳(本編では∧の下に徳という字が入る記号〈屋号〉で書かれている)農機具店の店主・山田徳三が何者かに刺し殺されたのだ。同室の内妻・洋子もわき腹や背中に刺し傷を負った。夜明け前の暗い部屋での出来事で、誰も犯人らしき人物を見ていなかったが、唯一、末娘の道子が父親と向かい合っていたらしい男の姿を目撃していた。
捜査に当たった検察は、使用人の二人の少年を次々に引っ張って、内妻の洋子に不利な証言を引き出した。
そして、洋子は夫殺害容疑で逮捕され、起訴される。
公判で不利な状況の中、唯一人、犯人を目撃した道子の証言は、検察官の嘘の証言を強要したという、驚くべきものだったが、検察側の「幼児の証言は信用できない」という反論で、認められなかった。判決は、懲役13年が言い渡された。

 

 

ざっと、以上のような状況が前半で描写されるのだが、一応小説の形にはなっているものの、静かな語り口で進行するストーリーはあたかもドキュメンタリーの様相である。
それもそのはず、この物語は昭和28年11月、現実に四国で起こった事件をモデルにしているからだ。当時「ラジオ商殺し」として世間を賑わせた事件で、ラジオ商を営む三枝亀三郎が刃物でメッタ突きにされて殺された事件。同室で寝ていた内妻の茂子は、彼女自身もわき腹や背中を刺されて全治1週間の傷を負っていた。捜査は進展せず迷宮入りかと思われたが、事件から9ヵ月後の昭和29年8月に、内妻・富士茂子が逮捕されたのである。という現実の事件は名前や、職業は変えているもののそっくりそのまま小説として描かれた。

さて、後半に入り裁判の模様も描かれる。物的証拠はないものの、何一つ被告の洋子にとって有利なことはない。とにかく使用人だった二人の少年の証言は、検察の起訴事実を証明するものに他ならない。
傍聴席からは洋子に対する「…鬼婆ァ!」だの「くそ婆ァ!…」などというささやきが聞こえてくる状態だった。

 

のような状況の中、洋子の無実を信じる甥の浜田流二は、少年の一人から執拗な検察官の取調べに屈して、嘘の証言をしたとの告白を得る。そしてさらに、足を棒にしながら裁判で証言した後、消息を絶っているいるもう一人の少年の行方を訪ねて歩く。苦労の末に探し当てた少年から、同じように裁判での証言は嘘だったとの告白されたのだが・・・。
一審での判決、懲役十三年の刑を不服として洋子は上告するも、高裁はあっけないほどにそれを却下した。
少年たちの証言のみが有罪の証拠とされたにもかかわらず、少年たちの証言が翻ったのは被告の関係者による脅迫によるものだとの判断が下されたのだ。
暗く長い戦いのストーリーは、冤罪の怖さをひしひしと感じさせるもので、ひょっとするとこうした事件はもっと他にもあるのではないかという疑念を抱かせ、一般市民が参加する裁判員制度にこのような事件が当てられた時に、裁判員の判断によって有罪・無罪が決定することを考えると・・・・。
制度の前途多難あるいは遼遠を感じさせられる。

 

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0996.死の点滴

2009年06月13日 | メディカル
死の点滴
読 了 日 2009/6/13
著    者 霧村悠康
出 版 社 二見書房
形    態 文庫
ページ数 509
発 行 日 2009/1/20
ISBN 978-4-576-08216-5

 

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月に読んだ「特効薬-疑惑の抗癌剤-」のシリーズ編だ。
1999年11月2日に60歳還暦を迎えた僕はここに記述しているように、目標を立ててミステリーを読み始めたのだが、そのきっかけがP・コーンウェル女史の「検屍官」シリーズを読んだことにあるのは、過去何度か書いてきた通りだ。
その後同じくアメリカのメディカルサスペンスの巨匠、ロビン・クック氏の一連の作品を読むことにも繋がってサイコミステリーや、心理分析官が活躍するサスペンスミステリーを好んで読むようになった。そうしたことから国内のメディカル作品も大分読むようになって、興味を惹かれる作品が数多くあることも判ってきた。
読書記録をブログで公開するようになってから、特にウエブサイトで本を探すようになって、優れた医療サスペンスの作者を見つけることができて、読書の楽しみが一層増えた。
2006年8月に初めて著者の「摘出-つくられた癌-」を読んでから、ファンになって本書で4冊目となるが、この本は最近になってBOOKOFFで、著者の作品を数多く見つけて、数冊まとめて買ってきた中の1冊である。
BOOKOFFなどで数多く見られるということは多分多くの読者が読んでいるという事だろう。同慶の至りだ。

 

 

前置きが長くなった。さて今回は、国立O大学医学部の、呼吸器内科医師・倉石祥子が、前作「特効薬-疑惑の抗癌剤-」で知り合って恋人同士となった変り種の刑事、岩谷乱風とともに私立病院の不正を暴く、というストーリーだ。
倉石祥子医師は、O大学医学部のOB、安永信秀が理事長を努める安永記念病院へ週に2~3回当直に派遣されており、実地に患者に接する機会を得ること、を彼女は自身の経験を積む意味からも、喜んでいた。
そんな中、ペンタジン中毒で入院していた男性患者が死亡した。
患者の枕の下から他の患者の点滴セットを見つけた倉石は気になった。そして、翌日点滴セットのラベルに名前のあった十二指腸潰瘍で入院していた女性患者が大量の出血で死亡する。術後安定していたにもかかわらず、容態が急変して死亡したことを不審に思った祥子が調べ始めると、点滴セットの使い回しが行われているのではないかという疑問が生じた、が安永病院でそんなことが行われているとは信じられなかった。

 

 

や、O大学内部では、呼吸器疾患診療研究部門の新設に伴う教授の選考に、佐治川教授らの水面下の工作が始まっていた。
ここから、大学病院を巡るストーリーに定番ともいえるような熾烈な教授選出の戦いが始まるのだが、佐治川教授の選挙資金を調達するのが安永記念病院の理事長と、もう一人のO大学前医学部長・夢見澤だった。しかし、不正な手段を重ねて莫大な資金を作る安永記念病院にも、その不正の闇を見極めようとする目が・・・。
倉石祥子の診断で、早期肺癌を発見されたお陰で、大事に至らずにすんだ商事会社の社長夫妻という登場人物たちの、応援を得ての祥子の活躍は、ここでも危うい場面を引き起こすのだが、すべてが収束される大団円は少しご都合主義のような感じもないことはない。
それでも。現実の社会でもしばしば問題を引き起こしている病院の管理の問題を取り上げたサスペンスに、心躍る場面は盛りだくさん。

 

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0995.∮は壊れたね

2009年06月10日 | 本格
Φは壊れたね
読 了 日 2009/6/10
著    者 森博嗣
出 版 社 講談社
形    態 文庫
ページ数 312
発 行 日 2007/11/15
ISBN 978-4-06-275898-7

 

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盤まで読んで、どうも僕は勘違いしていたようだと気づく。登場人物の一覧に西之園萌絵や、犀川創平の名前があったので、てっきり「S&M」のその後のシリーズかと思っていたのだが・・・。
そのために楽しみを先延ばしする意味で、Gシリーズを7巻まで揃えながら今まで読まずにきたのに。この1巻だけ読んだ限りでは、西之園萌絵の後輩に当たる学生と、その仲間たちの活躍するエピソードのようだ。
それにしても、クールな存在感を示す国枝桃子まで登場させて、キーワードを口にさせるなど、少し変わった趣向を示す面白さを出しており、これはこれでまた従来のシリーズとは一味違う、ゲームのような感覚の楽しさを味わった。

 

S&Mシリーズから少し後の時代という設定のようだ。登場人物の紹介で、N大建築学科犀川教室の助手だった国枝桃子がC大の助教授になっており、西之園萌絵がN大大学院D2となっていることからそれが判る。
始まりは、N芸大の戸川(あさかわ)優と白金瑞穂、二人の女子大生が同じN芸大の友人・町田弘司を訪ね、Yの字の形で吊り下げられた彼の刺殺死体を発見したことだった。
部屋に入り口は施錠されていたので、彼女たちは管理人に解錠してもらって、部屋に入り惨状を目撃したのだが、窓は内側から鍵がかかっていたから、現場は密室状態だった。そして、死体から流れ出た血液の凝固状態からも、犯行時刻はそれほど前でもないと思われたが、犯人はどこから脱出したのか?部屋はマンションの6階で、ベランダからの脱出は無理だ。

 

後に、戸川優、白金瑞穂らが死体発見の一部始終がビデオで録画されていたことが判明し、ビデオには「φは壊れたね」というタイトルがつけられていた。
今回は、主として海月(くらげ)及介をはじめとするC大学の学生たちがメインキャラクターとなっており、西之園萌絵に言わせれば、犀川助教授に似た思考回路を示す海月及介の名推理が披露されるのだが、冒頭に書いたように、国枝桃子の発するキーワードとは?そしてそれが意味するものは何か? それらが、読者への謎かけか!? 続くエピソードが楽しみだ。

 

 


0994.美食探偵

2009年06月07日 | 短編集
美食探偵
読 了 日 2009/6/7
著    者 火坂雅志
出 版 社 講談社
形    態 文庫
ページ数 334
発 行 日 2003/8/15
ISBN 4-06-273825-2

 

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日、NHKテレビのトーク番組を見るともなしに見ていたら、今放送中の大河ドラマ「天地人」の作者・火坂雅志氏がゲストだった。歴史小説で名を知られているらしいが、僕も時代ミステリーは読むものの、歴史については過去何度かここでも書いているように、苦手の部類だから、番組に出演している火坂氏も興味のほかだった。
ところが、その後古書店でタイトルに惹かれて手に取ったのが本書で、火坂氏の作品だった偶然にちょっと驚いた。
美食探偵といえば、アメリカのレックス・スタウト氏のネロ・ウルフが有名で、タイトルに惹かれたのはそのせいもある。
目次を見ると連作短編集のようだ。本文の前に長谷部史親氏の解説をを読むと、本編の主人公である美食探偵とは、明治時代に実在した村井弦斉という作家だそうだ。
村井弦斉氏が「食道楽」(村井氏の実際の著書)を執筆しながら関わった事件を解決していくというのが本書のエピソードとなっている。

 

 

維新を経て、新しい時代に突入したばかりの明治を舞台とするミステリーは、前に読んだ加納一朗氏の「ホック氏の異郷の冒険」が思い浮かぶが、本書もその当時イギリス本国では既に有名を馳せていたシャーロック・ホームズにも僅かだが触れており、遠い昔に思いを運ばせる。
登場人物のほとんどが明治の世に実在した人たちで、ところどころに事実を織り込んだ探偵小説である。「食道楽」という著書を著したように、料理に関しての見識が深いことはもちろん、料理の腕も確かなものだったようで、折々にその腕を見せて料理を振舞うのも愉しみの一つ。
加えて、最初のエピソード「南から来た女」の幽霊騒動で知り合った尾崎多嘉子という女性は、後藤象二郎伯爵の姪だが、ひそかに弦斉に思いを寄せる。

 

 

編のエピソードには、それぞれの謎も呈示されるのだが、最初のエピソードで作家弦斉の思わぬ推理の冴えを目の当たりにした尾崎多嘉子が、それ以降弦斉に事件解決の依頼をしていくという進展を示し、ワトソン的役割は、弦斉の友人の医学助手・山田文彦が担っていく。
まだまだ江戸の名残を残す時代背景や、大隈重信(「消えた大隈」に登場)、伊藤博文(「滄浪閣異聞」に登場)といったこの時代の重要人物たちがあたかも狂言回しのように、登場するのも興味深いところだ。解説によれば、尾崎多嘉子嬢は後に村井弦斉夫人となった女性がモデルだそうだ。



収録タイトル
# タイトル
1 南から来た女
2 薄荷屋敷
3 消えた大隈
4 冬の鶉
5 滄浪閣異聞

 

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0993.GMO

2009年06月04日 | サスペンス
GMO
読了日 2009/6/4
著 者 服部真澄
出版社 新潮社
形 態 単行本
ページ数 298(上)
311(下)
発行日 2003/7/30
ISBN 4-10-461601-X(上)
4-10-461602-8(下)

 

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者の作品も6冊目となった。3年前に「龍の契り」を読むまでは、これほど惹かれることになるとは考えてもいなかったのだから、わからないものだ。
今まで読んできた著者の大作とも言うべき長大な作品は、大量(多分?)の資料と詳細な取材(これも多分?)に裏打ちされたようなストーリーで、押し寄せるような迫力に興奮すると同時に、知識欲を充足するような満足感を与えてくれた。(実際には、物語に描かれる世界の外枠がわかるくらいで、そこから詳細な知識を得られるわけではないのだが・・・)
テレビのインタビュー番組などから受ける著者の女性らしい印象の、どこからこのような物語が生まれてくるのかと不思議な気がする。

 

といったところで、今回も上下巻に亘る大作で、GMOすなわち遺伝子組み換え組織体(Genetically Modified Organizm)の話だ。一時期、巷では遺伝子の研究が進むと人間も優秀な子供だけを産み分けることが出来るなどというSFのようなことが囁かれたこともあり、クローン羊が話題になった。
更に、遺伝子の組み換えによって作られる作物で食糧危機を免れる、というようなことも言われた。どこまでが本当のことなのか、僕には理解の及ばないところだ。バイオテクノロジー等の科学の発達によって、われわれの生活に安定した豊かな環境が生まれることは歓迎だが、本書は一つ間違うと、とんでもないことになるという警鐘を鳴らしている。科学の発達も、あまり良い例えではないが、パンドラの箱か?

いろいろと考えさせられる内容だが、読んでいて時にこの作者は上手いなぁ!と思う場面がしばしばある。読み手をぐいぐいと作中に引きずり込むような、シチュエーションの設定や、場面転換、タイミングの良い会話等々、正に読む楽しさを満喫させる。
物語の主人公はアメリカに住む翻訳家の蓮尾一生(はすおいっせい)。
彼の住むアメリカ東部のチェサピーク湾に面したアナポリスという町で、ある日隣の家のシングルトン一家四人が殺害され放火されるという事件が物語の発端である。
この発端の事件が後々発展するストーリーの内容に重要な示唆を表しているのだが・・・事件の捜査に当たるウービーに似た(女優のウービー・ゴールドバーグのことか?)刑事や、蓮尾の手足となって働く探偵、また蓮尾の担当編集者である東京の出版社の、三角乃梨などとの心地よい関係が前半で描かれる。

 

さらに、世界的に著名な科学ジャーナリスト、レックス・ウォルシュの次回作・GMO関連の著作が、遺伝子組み換え技術を駆使した製品で、圧倒的なシェアを誇る企業「ジェネアグリ」の謎に迫る、と噂されることから、蓮尾は無謀にも翻訳権と、日本での出版契約を得るためにウォルシュに会見を申し込む、というようなこの辺が著者の作品の迫力と興奮を呼び起こすところだ。
前半で、遺伝子組み換え技術に関連して、ワインの話が出てくるが、ケイ・スカーペッタ(パトリシア・コーンウェル氏の「検視官」シリーズの主人公で、元・ヴァージニア州の検屍局長)が引き合いに出されるなど、遊び心も少し。

 

 


0992.果てしなき渇き

2009年06月01日 | ハードボイルド
果てしなき渇き
読 了 日 2009/6/1
著    者 深町秋生
出 版 社 宝島社
形    態 文庫
ページ数 509
発 行 日 2007/6/26
ISBN 978-4-7966-5839-3

 

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ーフェクト・プラン」と一緒に、復活書房で購入した文庫。第3回「このミス大賞」受賞作ということで、期待して読んだのだが、今の僕の好みからは少し外れた感じで、残念!

過去に、妻の浮気相手に対して暴力を振るったかどで、警察を追われることになり、妻の桐子に娘・加奈子の親権を奪われた末に、別れることになった、元刑事の藤島秋弘が主人公。
刑事を辞めた藤島は、何とか警備会社の仕事につくことが出来たが、まだ別れた妻に未練を感じていた。そんな藤島の許に別れた妻の桐子から「加奈子がいなくなった」という電話が入る。娘の加奈子は高校3年生。桐子が夜遅く外出から帰ると、いなくなっていたという話を聞いて、藤島は男と会っていたらしい桐子にまたもや乱暴を働く。
手掛かりを捜そうと娘の部屋を探ると、通学かばんの底から見つかったのは覚せい剤だった。警察に知らせず娘は自分で探すしかなくなった・・・。だが、学校での友達や教師などからの聞き込みを続けるうち、次第に藤島の知らない娘の実像が浮かび上がってくる。

 

 

これも一つの「幻の女」探しの変形かとも思われるが、加奈子の学校で行われていたいじめを受けた少年の独白が章ごとに現れて、最初は全く無関係と思われる様な記述が、回を追うごとに藤代の娘探しとは別に、少年と加奈子の関係が明らかになって、別の角度からの加奈子像が浮き彫りになる。
しかし、この作品の特徴は始めから終わりまで、圧倒的なボリュームで迫りくる暴力だ。冒頭でも書いたように、今の僕には受け入れがたい描写が各所にあって、途中でやめようかとも思ったが・・・。
だが、できるだけ広い範囲でのミステリーを読もうという意味からも、止めずにとにかく終りまで読んだ。
もう少し若ければ僕も多少なりとも物語りに入り込むことも出来たのだろうが、残念ながら半ば拒絶反応を覚えながらの読書は、かなりのエネルギーを必要とした。

 

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