Straight Travel

日々読む本についての感想です。
特に好きな村上春樹さん、柴田元幸さんの著書についてなど。

「フレップ・トリップ」北原白秋著(岩波書店)

2009-04-07 | エッセイ・実用書・その他
「フレップ・トリップ」北原白秋著(岩波書店)を読みました。

「フレップの実は赤く、トリップの実は黒い。
いずれも樺太のツンドラ地帯に生ずる小潅木の名である。
採りて酒を製する。いわゆる樺太葡萄酒である。」

大正14年8月、樺太(からふと)への二週間の旅行の記録です。
汽船は横浜から小樽、国境の安別(あんべつ)から真岡(まおか)・本斗(ほんと)・豊原(とよはら)・大泊(おおどまり)・敷香(しくか)を巡り、オットセイとロッペン鳥群れる海豹島(かいひょうとう)へ。
童謡や息子への手紙、歌や詩をはさみながらつづられる紀行文。
気楽な観光旅行ということもあり、旅のはずんだ気持ちが全編をおおっています。
そして白秋がなによりも感嘆したのは樺太の自然だったようです。

柳の緑陰を流れる清流。走る魚鱗の光。見渡す限りの花畑。
「ええ、おい、桃太郎の桃でも流れてきそうなところだな。」

「白い蝶のひらひらが低く、燕麦の穂から穂へとわたっていた。
蝶のつばさも幽かに雨を感じたらしい気(け)であった。
亜麻畠のやや青みを保った熟いろの柔らかさ匂やかさはなんともいえなかった。
大蒜(にんにく)の花の毛羽立った紫の球にも細かな霧の小雨がかかっていた。」

詩型のような短い繰り返しの言葉の風景描写からも楽しさが伝わってきます。

「や、木苺だ。ド、レ、ミ、ファ、ソ。
紅いな紅いな、雨の粒。」

うらびれた宿のまずい料理、注文のいきちがいで大量に運ばれてきた玉子焼き、少人数のさびしい夏祭り、さまざまな負の体験すらどこか面白がっています。

ロシア人へのさげすみなどの描写もありますが、時代的なものでしょう。
ただ日本人観光客が現地の人を無遠慮に写真に撮るマナーの無さは時代を問わないものかも・・・反面教師にしたいところ。

白秋が創作への思いを語った文章も印象的です。
「童謡だってほんとうは境涯のものだよ。きわめて単純化された。むしろ禅でなければなるまいと思うね。
スティヴンソン(外国の作家)の童謡などは常識的で、大人が推測した童心らしものであって、畢竟の境涯的の童心じゃない。」

白秋の目を通じて見る樺太は、まるで童話の世界のようです。