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曽田修司の備忘録&日々の発見報告集

室井尚「巨大バッタの奇蹟」

2006-07-27 23:05:07 | 横浜トリエンナーレ
本日から29日までの予定で開催されている「舞台芸術・芸能見本市 in 大阪」のために大阪に向かう新幹線の中で室井尚「巨大バッタの奇蹟」(アートン)を読了。

巨大バッタの奇蹟
室井尚著
アートン

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「横浜トリエンナーレ2001」のときに、横浜のインターコンチネンタル・ホテルにくっついた巨大バッタ(注1)の構想がいかに生まれ、いかに実現されたか、そして想像を超えた現場での苦闘の舞台裏をその中心にいた当事者として克明に描き出したもの。全長60メートルにも及ぶ巨大バルーンを65度の角度に傾けて海沿いの強風ふきすさぶ中を上げ下げするという「無謀」な取り組みが、現場の「奇蹟」によって、実現し、トリエンナーレの会期71日間のうち23日間、バッタはホテルにはりついた。

(注1)室井尚+椿昇「インセクト・ワールド」という作品を構成する複数の「モジュール」のうちのひとつ。この巨大バッタ単体が作品だったわけではない。

この本に描き出されている数々のエピソードの中でも、現場に助っ人として入った横浜国大の学生(室井の教え子)たちが彼ら自身の意欲と情熱であらゆる課題に立ち向かって巨大バルーンの設置を成功させていくそのの奮闘ぶりと、室井がその学生の持つエネルギーに驚嘆し、それを唐組(注2)の舞台のあり方とつなげて考察しているところが非常に興味深い。

(注2)バッタの話からはずれるが、唐十郎を横浜国立大学の教授として迎え、学内における唐のマネジャーの役割を引き受けたのも室井だ。唐は2005年の3月で退任したが、ゼミの学生が「唐ゼミ」という劇団をつくって、新国立劇場でも公演を行うまでになった。そのことを称して、室井は大学でなくてはできないことから生まれた、日本では稀有の文化創造集団だという。

話をバッタに戻すと、この「アート作品」が実現するまでの困難と、それに関わった巨大ビジネス組織の中の男たちの冒険心とプライド、という「プロジェクトX」的な部分は、なるほど、それがなければ、この「インセクト・ワールド」というアート作品は成立しなかったのであろうことは十分に理解できるし、当事者にとっての切実さ、途方もない重圧などは十分な切迫感を持って伝わってくる。

だが、私は、なぜ、ひとは本来持っていたはずの好奇心や野生性というものを社会の中でなくしてしまうのか、という室井の問いかけに、より心を惹かれる。
言い換えると、社会全体が利益追求、グローバリズムを当然のこととし、それに疑いをはさまないように報道メディアにおいても私たちの日常の価値判断においても目に見えない規制がはたらいているかのような状況の方に断然興味がわく。

横浜トリエンナーレ2001の会期中に「9.11」が起こった。
室井の言うように、タリバーンとアフガン戦争、イラク戦争は、中東の話、アメリカの軍事戦略の話、というだけではなく、それは日本の私たちの日常のありようとまっすぐつながる。
インターコンチネンタル・ホテルやニューヨークのワールド・トレードセンタービルそのものをつくるのには、(多分)何十億円、何百億円という金が当然のように投入されている。そういうことは世界のどこでも普通に起こっていることだし、誰もそれに疑問を差し挟まない。そのことをあらためて認識しなおす必要があるのではないか。

「アートとはプロセスだ」、とは、このときの企業向けのプレゼンの場面で室井や椿が語った言葉だが、「アートとは世界を把握する力だ」とも言える。
巨大バッタプロジェクトは、金額としては数千万円規模であったわけだが、この規模でも、アートの世界では、それに関わる個人や組織に途方もなく大きな重圧がかかってしまう、ということが、このプロジェクトの経緯を追っていくことで読み取れる。
一種皮肉な見方をすれば、この巨大アートの出現は、それによって、その「無謀さ」が目に見えるかたちで提示されたことが、大きな意味だったのだろう。その意味で、室井による本書の出版は、「インセクト・ワールド」の一部をなす主要なモジュールとなっているに違いない。

「インセクト・ワールド」という作品が、決して易々と完成され展示されたのではなく、この本に書かれているような、それに直接関わった多くの人たちの苦悩と憔悴と歓喜の交錯する世界として成立したことで、グローバリゼーションを基軸として動いている現実の「世界を把握する」ために必要な視点が否応なく私たちにもたらされた、と言えるのではないか、と私は思う。

(参考)以前の私のブログ記事

→ 室井尚インタビューがメチャおもしろい (2005/05/29)

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