ときどき、ドキドキ。ときどき、ふとどき。

曽田修司の備忘録&日々の発見報告集

横浜トリエンナーレ2008

2008-09-29 07:05:24 | 横浜トリエンナーレ
この土日を利用して、横浜トリエンナーレ2008を観に行った。

9月13日(土)に開幕しているから、すでに3度目の週末ということになるが、ここまでまったく時間が取れなかったので、ようやく、という感じである。

今回のトリエンナーレは、会場がいくつにも分散している。チケットは、一般1800円で2日間有効となっている。そのため、全体像を見通すことができにくいのがなかなか厄介だ。

今回のトリエンナーレに合わせて新築された新港ピアと呼ばれる会場をまず見て回った。

個々の作品を見ると、力作はいくつもあるが、全体としての印象はやや淡白に感じる。会場が入り口から一番奥まで4つのゾーンに分かれていて、基本的に導線がまっすぐで、一番奥まで進んでまた入り口まで戻ってくるという会場構成のせいなのだろうか。

また、新港ピアという建物自体が仮設の建物だから仕方がない部分もあるが、前回の巨大倉庫に比べ、スケール感が乏しい気がする。細かく仕切られた展示スペースの入り口がわかりにくくて見逃してしまいそうな作品もいくつもある。

土曜の夜には、会場ボランティアをしていた何人かの人たちの話を聞く機会があって、作品の見方についても、展覧会の運営のあり方についても、大変参考になる話を聞くことができた。その中のTさんは、会場の真ん中を通っている大きな通路の横に展示してあった作品は、もっと観客にじっくり見てもらうための工夫が必要だということを強調していた。私もそのとおりだと思う。

展覧会の成否は、当然作品のクオリティによって決まる部分が大きいのだが、作品の魅力をどのように来場者に伝えるかというインターフェイスの部分も非常に重要である。それぞれの作家の特徴やこれまでの制作歴についてまったく知識を持ち合わせていない鑑賞者にも、その作品のよさが伝わるような情報提供のあり方がもっと考えられてよいのではないだろうか。

現代アートにもともと関心のある人たちや、事前情報をあれこれと調べてくるような人だけがトリエンナーレを観にくるわけではない。たまたま何かちょっとしたことで観に来ようという気になった素人(私もその類である)を途方にくれさせない工夫は、どれだけやってもやりすぎということはない。
作家の選定だけで展覧会のクオリティが決まってしまうわけではないのだから、主催者側は、これからでも工夫のしどころのあるところは、どんどん改善を重ねて、誰にとっても発見のある、来てよかったと思われる展覧会にしてほしい。

私が新港ピアの会場を回った27日(土)は、来場者はかなり多かった。
特に若い人たちが多かったように思う。自分で美術を学んでいる人たちが多いのだろうなあ、と思った。
それに対して、家族連れの数はそんなに多くなかった。美術オタクではない普通の来場者の満足度をもっと上げる工夫があればよいと思ったことをまず最初の感想として書いておく。







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