昨日今日明日

きのうを思い、きょうを実感し、あすに想いを馳せよう。
若年性或いは老人性痴呆症にならない為にもね?

代議士ども危機感を持て

2005年12月20日 | Weblog
 副題:学校問題、もはや対症療法で解決できる段階ではない。大至急事の本質を認識し手を打つべし。

 器物破損事件で逮捕者が続いた静岡市内のある中学校で、対策の手詰まりを訴える市民の声に危機感をもった議会が、市教委を飛び越えて学校現場の声を聞く異例の視察を行ったのだという。

 問題というのは、8人の問題行動を繰り返す生徒の対応に関して、学校側が無能にもなすべき策もとれず問題を抱え込んだまま事態をこまねいていた為、採られた措置だという。教育に携わる校長はその職責をどのように認識しているのだろうか。責任者としての資質が問われると思う。
 分りやすく言い換えれば、自分の家が火事だというのに誰が犯人か追及されるのが怖くて消防車も呼べずにいるのである。

 その8人の不良生徒の罪状とは、「校舎内で歩きタバコ」「CDを大音量で流し、授業を妨害する」「飲酒して登校する」などである。これを聞いた市議は言葉が無かったという。

 学校側との懇談で市議側は、教育的指導と犯罪行為への対応は別との認識を示した。パトロールや相談員のあり方を検討し、生徒指導に当たっている教職員の心のケアにも配慮していくことになったとのことである。

 この際である。市議と校長のやり取りを写し取っておこう:

 市議「たばこや飲酒は違法行為であり、生徒の登校を拒めないのか」
 校長「拒否はできない。保護者に連絡して事情を説明する」
 市議「仕切りがあいまいではないだろうか」
 校長「たばこは取り上げ、止めさせるが、素直に従わない。たばこを教諭に投げつけたり、ネクタイを持って胸ぐらを小突いたりする」
 市議「犯罪行為だ」
 校長「警察とは連携している。傷害行為などが明確になれば(逮捕などの)対応をお願いすることになる」
 市議「問題行動がある生徒の家庭環境は」
 校長「指導力の不足を感じることがある。(連絡を取り合っている)中には、子供の問題行動に同調する親もある」
 市議「生徒の先輩後輩の関係はどうか」
 校長「今の三年生が一年生のとき、荒れがみられた。何のシンボルなのか、赤いバッジを譲り受けた生徒もいる。自分もあのように目立ちたいと考えているのかも知れない」
 市議「殆どの生徒は、一生懸命勉強している。影響はないのか」
 校長「(問題の生徒)を隔離はできない。生徒には学ぶ権利があり親には学ばせる義務があるのが義務教育で、まずは『きちんとしなさい』と指導する。だが、教室でじっとしていられるのは三十分が限度だろうか。すぐにうろつき、校外へ出てしまうこともある」
 市議「地域との連携した対応はどうか」
 校長「自治会やPTAには実態を報告し、校内外のパトロールをお願いしている」
(静岡新聞を参照した)

 これを読んでどう思われるか。これが、一地方の問題にとどまらず、日本全国に一般的にみられる状況ではないのか?

 幼児の主体性を重んじた教育などと馬鹿馬鹿しいことを唱えていれば、可愛い子供が成長し暴力という能力を備えたときこのような手に負えない化け物に成長するのである。物心ついた頃から社会のルールを教え込んでおかないと、犯罪者の予備軍にしか成り得ないと思い知るべきなのだ。いい加減に教育基本法であれ憲法であれ改正して、国家を健全なものにすべきと思う。
 
 みんなで考えなければならない問題だと思う。心ある方はコメントなり、トラックバックなりしてみて下さい。