治療家などをやっていると毎日のように治療(施術)教材の宣伝メールが送られてくる。その大半は「○○(例えば腰痛)をいかに治すか」とか「究極の○○(例えば頭蓋)テクニック」みたいなもので、時々そのダイジェスト動画を見たりすることもあるが、まず買うことはない。
世の中の手技療法や代替療法のセミナーや教材は、そのほとんどが「(○○に有効な)治療法(施術上)」を教えるものだ。確かに治療家デビューしたての頃は大した技術もなかったりするから、その手のセミナーに出たり教材を買ったりすることには意味があると思う。しかし、ある程度の臨床経験を積むと、問題はそこではないことに気づく。
もちろん何の技術も持たずに臨床をやるのは論外だが、重要なのは、使えるテクニックの多さや技術レベルの高い低いではなく、相手の心身の問題がどこにあるかをいかに多面的に探り出すか、ということだ。問題の把握がキチンとできれば、最悪、揉みしかできないとしても、核心を外すことはないだろう。逆に「硬くなっているところをいかにほぐすか」といった意識しか持っていないとしたら、仮に並外れた揉みの技術があっても宝の持ち腐れにしかならない。
私が以前出ていたセミナーで、それを主催していた松原次良(じろう)先生から何度も言われたのは「検査法をたくさん覚えろ」ということだったが、その意味がとてもよく分かる。一定レベルの治療(施術)技術が身についたら、その先に必要なのは次の新しい治す技術を習うことではなく、問題を検出する方法を身につけることなのだ。問題を多面的に検出することができれば、治療家はそれだけ深く手を伸ばすことができるのである。
そこで最近、私がよく使うようになった「図地反転」による検査について書いてみたい。
図と地については、心理学の実験でよく用いられる「ルビンの壺」の例が分かりやすいだろう。白い部分に着目すると壺に見え、黒い部分に着目すると向かい合った人の顔に見える、というアレである。
人の体を診る際、暗黙の了解として我々は体の方を図、周囲の空間は地として認識するが、これを反転させて周囲の空間こそが図(主体)であり、人の体はその隙間を移動する地である、という認識に変えるのである。すると、体を図と考えていた時には見えてこなかった問題点が浮かび上がってくる。
この発想の元ネタは、以前NHKでやっていた『探検爆問』で確か、爆笑問題が舞踏集団・大駱駝艦(だいらくだかん)の稽古場を訪ねる回だったと思う。そこで団を主宰する麿赤兒(まろ あかじ)が、身体認識の一環としてそんなことすると言っていたことに由来する(記憶がややあやふやなので、間違っていたらスマン)。
前から時々クラニオ(クラニオセイクラル・ワーク)などで取り入れていたりしていたが、最近、思い出して意識的に使うようにし始めたら、クラニオはもちろん、キネシオロジーでも結構使える方法だということが分かった。自分の中で図と地を反転させるだけなので、とても簡便だが、それだけで以前は検出できなかった問題を検出できるようになる。
ということで本題はここで終わりだが、これだけでは当たり前すぎてつまらない、という人のために、オマケでこれの応用例についても述べておこう。
これも暗黙の了解として我々は通常、この世界をユークリッド空間として見ている(ユークリッド空間の位相を入れている)が、周囲の空間に入れている位相を変えると、認識できる問題も変わってくる。これについては過去にも「人体に位相を導入する」で身体の位相を変える方法を紹介したが、周囲の空間の位相を変えると、それとはまた別の問題を検出することができるのだ。よかったらお試しあれ。
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