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ざっくばらん(パニックびとのつぶやき)

詩・将棋・病気・芸能・スポーツ・社会・短編小説などいろいろ気まぐれに。2009年「僕とパニック障害の20年戦争出版」

大人になるにつれ、かなしく(12)

2016-12-15 23:26:28 | 小説
有紗にも激励の言葉を貰った。
「わたし、陸上やってたでしょ。顧問の先生に言われたのはね、練習を始めた3ヵ月後から記録は伸び始める。あと、一日休んだら、それを取り返すには2日、いや3日かかるって。本当にその通りだった。勉強も同じじゃないかな?坂木君の記録が伸びるのはこれから。だからこの春休みも、少しずつでもいいから勉強続けた方がいいよ」
有紗は少し遠い目をしていた。

「わかった。矢野も新しい生活、楽しんで」
気の利いたことは言えなかった。ただ、彼女には激励は必要ないと思った。有紗が白い手を差し伸べてきた。僕も手を出し、握手をした。有紗の手は温かかった。初めて彼女の体温を感じた。そして、おそらく二度目はないだろう。有紗は「じゃあね」といって背を向けた。紺色のブレザーに豊かな黒髪が、春の日差しで眩しいほどに輝いていた。有紗の背中が次第に小さくなっていく。僕はいつまでも彼女の後姿を見ていた。

大人になるにつれ、かなしく(11)

2016-12-15 21:29:53 | 小説
ほとんどが記憶に残ることはない会話の中で、僕の記憶にとどめておきたい藤沢の、有紗の言葉たち。

藤沢は僕に忠告した。
「誠が心理学に興味を持ってから、見違えるように勉強するようになったのは、凄くいいことだよ。ただ、場合によっては、あまり心理学部や心理学科に拘らなくてもいいのではと俺は思う。もし、そこへ踏み入れたら、ある意味、大まかな人生の方向性まで決まる。誠も当然、分かっているだろうが、念のためにいっておく」。真顔でそう話した後、「誠とは一生、親友でいたい。迷惑か?」と今度は少しはにかんで言った。

僕は嬉しく、有り難かったが、「随分、先の長い話だな。先のことなんてどうなるか分からない」と照れ隠しの言葉を投げかけてしまった。藤沢が「それもそうだよな」と少し、落胆の色が見えたから、僕は少し慌てた。そして今度は真っ向から本音で返した。「本当は自分もそう思ってたけど、言葉に出来なかった。一生、親友でいよう」と。藤沢はこれまでに見たことのない程、嬉しそうな顔をした。その顔は、僕の記憶の深い部分に深く刻まれた。