ざっくばらん(パニックびとのつぶやき)

詩・将棋・病気・芸能・スポーツ・社会・短編小説などいろいろ気まぐれに。2009年「僕とパニック障害の20年戦争出版」

大人になるにつれ、かなしく(10)

2016-12-14 21:09:25 | Weblog
3月に降る雪は、重い。水を多分に含んでいるから、仕方なく傘を差し、自転車で学校へ向かう。卒業式だというのに、あいにくの天気だ。目的の場所へ近づくにつれ、増加していく色とりどりの傘の波。

体育館で卒業証書を受け取り、仰げば尊しを歌った。以前から知っていたが、初めていい歌だとしみじみした。外はまだ雪が降っているのだろうか?「今こそ別れめ いざさらば」。この言葉が、そのまま今の僕の心境と重なった。

教室に戻る。制服を着た藤沢がいる。有紗がいる。もうこの風景には帰れない。朝の雪を落とした曇天が嘘のように晴れ渡り、光が差し込む。

「今日で最後か」

僕は藤沢に確認した。

「ああ」

「孝志はいよいよ大学生か。うらやましいなあ」

「誠はいよいよ浪人生か。うらやましいなあ」

「どこがだよ」

僕は少しため息を漏らした。藤沢は私立難関のT大学法学部に合格。有紗は第一志望ではないが、これも一流大学といっていいK大学文学部に合格し、進学することに決めた。僕は5校受験し、すべて不合格。浪人が決まり、予備校に通う予定だ。何と自分は駄目なんだろう。



卒業式ゆえの、独特の雰囲気は漂っているのだが、藤沢らクラスメートたちとの話の中身は、普段の延長線上にある。つまり、たわいもないこと。しかし、それこそが宝物だといまさら気づく。これから社会に出るにつれ、意味のある言葉でないと、聞いてもらえなくなるし、また僕も聞く耳を持たなくなるのだろう。聞き流す技術ばかりを身につけていくに違いない。
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大人になるにつれ、かなしく(9)

2016-12-14 11:23:02 | Weblog
年が開けて、ひと月近く経つ。年末の駅のホームでの藤沢と有紗の残像に苦しめられつつも、この1ヶ月、我ながら、受験勉強に集中できたのではないかと満足している。明日からは登校も飛び飛びで、卒業まで数えるほどしか、この場所には来ない。いよいよ2月、受験シーズンである。

それなのに、クラスにはさしたる緊迫感はない。話す内容も受験とは随分と逸れていた。逆に言えば、皆、そのことで頭がいっぱいだから、あえて受験から離れた世界に一瞬でも行きたかったのだ。
どういう流れからか、有紗が「坂木君はどんな女の子がタイプなの?」と尋ねてきた。気のせいかもしれないが、この一ヶ月で有紗は少し大人びたように見える。

「誠は矢野が好きなんだよ」

後ろから、男子生徒のからかう声が聞こえる。彼は冗談のつもりかもしれないが、顔の表面温度が上がった感覚があった。すると有沙の近くにいた数人の女子生徒が「えっ、そうなの」と半分真顔で、声にした。早く何か言わないと、立て直しがきかなくなると思いつつ、僕は言葉をなかなか見つけられない。

その時、隣にいた藤沢が「誠は違うよ。矢野はないな」と言った。結果的に助け舟だった。藤沢は僕の好きな女性タレントの名を上げ、矢野とはタイプがかけ離れていると説明した。藤沢の言葉は有紗をはじめ、皆には説得力があったようだ。

そのタレントは小麦色の肌の、月並みに言えば健康的な美人だった。それは決して嘘ではない。僕はその娘が好きだった。しかし、気の多い僕は他にも2人、好きなアイドルがいて3人、横並びだった。ただし、藤沢には小麦色の娘がいちばんいい。あとの2人は「〇〇も〇〇もいいけどね」と付け足す程度だった。小麦色のタレントが最も有紗とかけ離れていたから、藤沢にはそう話したのだろう。別に彼に気を使った訳ではない。誰が好きと言おうが、藤沢はなんとも思わないのは分かっている。僕の有紗への意識が過剰なのだ。

「なあんだ。つまんないの」といいながら有紗は笑っていた。こんな調子で僕たちは和やかに受験前夜を過ごした。
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