ざっくばらん(パニックびとのつぶやき)

詩・将棋・病気・芸能・スポーツ・社会・短編小説などいろいろ気まぐれに。2009年「僕とパニック障害の20年戦争出版」

大人になるにつれ、かなしく(39)

2016-12-29 22:55:21 | Weblog
「もしもし、坂木君。有紗だけど」

「ああ、久しぶりだね」
そう言いながら、僕は妻子のいる部屋から出ていった。

「いま、大丈夫かな?」

「うん、大丈夫だよ。何かあった?」
僕は有紗の声色から異変を感じ取った。

「それが、言いにくいんだけど」

「うん」

「藤沢が、孝志さんがね、死のうとしたんだ」

「えっ」
どういう状況なのか、こちらから聞く勇気がなかった。

「3日前なんだけど」

「何で知らせてくれなかったの?」

「だって亜衣ちゃんが大変な時だと思って。お子さん、生まれた?」

「うん。男の子。亜衣も元気だよ」
僕の鼓動は高鳴っていた。

「よかったね。おめでとう」

「ありがとう。それより孝志は大丈夫なの?」

「何とか、容態は安定した。昨日まで集中治療室にいたんだけど、いまは一般病棟に移された。でも、まだ意識が戻らないんだ」

「えっ?意識が・・・」

頭が真っ白になりそうだった。

「うん。先生が言うには、意識が戻るかは判断が難しいみたい。大量の睡眠薬とアルコールで自殺しようとしたんだ」

「そうか・・・。大変だったね。有紗さんひとりで」

僕はようやく彼女を気遣う言葉を絞り出した。
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大人になるにつれ、かなしく(38)

2016-12-29 20:46:01 | Weblog
その後、何回か藤沢と話した。有紗とも連絡を取り合い、藤沢の現状を伝えてもらった。僕は藤沢には「とにかく会って欲しい」と何度も頼んだのだが、藤沢の意志は固かった。絶対に会いたくないという意志。有紗によれば、藤沢の就職活動ははかどってないらしい。時々、面接は受けているものの、とても採用されるような状態ではないと有紗は言った。「どこか悪いなら病院で見てもらったら」と有紗が勇気を振り絞って進言しても、藤沢は「どこも悪くない」と突っぱねてしまうようだった。

夏が近づくにつれ、亜衣のお腹が大きくなると、僕は仕事が終われば、身重の妻と生まれてくるわが子の事で、頭が一杯になった。僕ができる事といえば、できるだけ亜衣の側にいてあげる事ぐらいしかない。親友の力にもなれず、妻の力にもなれず、そんな男が病院では、患者相手にそれらしいアドバイスをしているというのは滑稽だった。

亜衣は「腹部を撫でながら、この子で終わりかもね」と僕の様子を伺うように言った。彼女は幼い頃に母親を亡くしている。父親である白川さんが、男手ひとつで育てた。それもあって、亜衣が出来る限り、大家族にしたい意向があるのは知っている。しかし、僕は「うん、それは何とも」と歯切れの悪い言葉しか返せなかった。それでも亜衣は幸せを纏った顔をしていたし、僕も穏やかな気持ちだった。

長女が誕生して丸2年。亜衣は無事、長男を出産した。僕は大きな喜びと、まだ実感が湧かないフワフワした気持ちがない交ぜになっていた。しかし、僕の幸福感は長続きしなかった。母子ともに退院して、半月も経っていなかった。有紗から悲痛な知らせが届いたのだ。
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