「詩客」短歌時評

隔週で「詩客」短歌時評を掲載します。

短歌評 短歌甲子園個人戦最優秀作品から読む傾向について 谷村 行海

2019-11-22 02:36:56 | 短歌時評

 全国高校生短歌大会(短歌甲子園)は毎年八月に岩手県盛岡市で行われ、今年で十四回目の開催を迎えた。この大会では岩手出身の歌人・石川啄木にちなみ、必ず三行分かち書きの形式で歌が提出される。大会は「甲子園」とついているとおり三人一チームによる団体戦をメインにしているが、団体戦参加選手・団体戦補欠の選手が全員参加する個人戦も合わせて開催されている。
そうした特徴を持つこの大会、ニュースや新聞などの各メディアでの取り上げ方を見てみると、報道の中心になっているのは団体戦で、個人戦に割かれる時間・紙面はやや少ないように思う。団体戦が大会の大半を占めている以上、当然と言えば当然ではあるが、少し寂しい気もする。そこで、今回は個人戦にのみ焦点をあてて短歌評を書いていきたい。そのなかでも、最優秀賞に輝いた作品を取り上げ、どのような傾向の作品がこの大会の最優秀賞に選ばれてきたのかを見ていくことにする。

 

  夕焼に飛行機雲のごと伸びる
  フルートを聞く
  階段半ば
(第八回 秋田高校 松岡美紗)

  長雨に
  濡れた葵の花のような
  ふるえる君の声に触れたい
(第十二回 福岡女学院高校 中村朗子)

  この街のすべてが
  灰になったこと
  忘れたような朝顔の花
(第十三回 宮城第一高校 鈴木そよか)

  日の香りかすかに残る文机を
  だきしめるように
  眠りたい春
(第十四回 飛騨神岡高校 玉腰嘉絃)

 まず四つの歌を挙げてみたが、比喩を用いた歌がずいぶんと多い。短歌は詩である以上、比喩を使うのは当然と言えば当然(私の師匠である今井聖も詩の要諦の一つに比喩を挙げている)だが、三年連続で比喩の歌が最優秀賞に輝いているのはおもしろい。しかも、上に挙げた四つの歌に使われている比喩はイメージがかなりしやすく、例えられているものとの距離も近い。「夕焼」の郷愁と「フルート」の青春性、「日の香り」と「」のあたたかさなどなど。私が普段メインに創作を行っている俳句だと、これほどまで距離が近い比喩はあまり見かけない。
 なぜこれほど比喩との距離が近いのかを考えてみると、個人戦のルールが大いに関係しているような気がしてならない。短歌甲子園の個人戦では、まず初めに会場に足を運んだお客さんによる投票審査が行われる。その投票数が多かった歌が審査員による審査という次のステージに進むわけだ。ということは、まずはお客さんに歌をしっかりと鑑賞してもらう必要がでてくる。歌人を中心とした審査員と異なり、お客さんのなかには日常的に短歌の鑑賞を行っていない人もいるわけで、そういった方々にも届く歌を作らなければならない。その際に最も効果的なのはこの比喩なのではないだろうか。当然ではあるが、比喩を使えばものごとがわかりやすくなる。そのため、短歌の鑑賞に不慣れな方々にも伝わりやすい歌になる。

 

  氷(すが)のよだ
  徒然(とぜん)が特(とぐ)に堪(こだ)えるな

  北国なまりで笑ってる月
(第四回 気仙沼高校 遠藤万智子)

 短歌甲子園の本戦には、北は北海道、南は沖縄まで全国津々浦々の学生が終結する。土地が違えば当然風土も変わってくる。最優秀賞作品にはこうした土地柄が反映された歌も多い。上に挙げた歌は二行目までのすべての漢字にルビをふり、方言によってそれを表現している(土地柄とは直接関係しないが、この歌にも比喩が使われている)。先ほど比喩の箇所で挙げた「この街の」の歌も宮城県の生徒が詠んだ歌であると考えると、震災による痛ましい被害が想起されてその土地の様子がはっきりと見えてくる。
 個人戦では審査員による審査の際、選手に対して歌に関する質問が投げかけられる。私は岩手出身である関係からほぼ毎年のように短歌甲子園を観戦しているが、歌に込めた思いなど、質問は歌を作った「あなた」について問うものが多いと記憶している。人は暮らしている土地の影響を少なからず受ける。まだ自由を手にし切れていない高校生にとってはその影響は大人よりも強いように思う。つまり、高校生にとっての「あなた」は土地と密接に関係している。したがって、土地柄が反映された歌はリアルな状況を詠めるため、内容面・質疑応答において強みを発揮してくるのではないだろうか。

 

  気づいたら
  変に帽子をかぶってる
  あなたがくれた最後の癖だ
(第九回 旭川商業高校 細木楓)

 高校時代、短歌にせよ俳句にせよ、創作を行っていると「高校生らしさ」ということばを聞かされる機会がかなり多かった。当時は大人の押し付ける高校生像を作品に反映させないといけないのかと憤慨していたが、大人になってからあらためてこのことばの意味を考え直してみると、どうにも違うように思えてきた。大人と比べると高校生の経験は圧倒的に少ない場合が多い。そのため、背伸びをして知らないことを書くとリアリティに欠けたり、ぼろが出たりする可能性が高くなってしまう。したがって、「高校生らしさ」とは高校生である今経験したことを創作に反映させなさいという意味だと解釈しなおしている。つまり、リアルがあるかどうか、それが重要なのだろう。俳句甲子園でこのことばがよく議論に挙げられているように、短歌甲子園も高校生の大会である以上、この「高校生らしさ」ということばとは切っても切り離せない関係にあると感じている。
 挙げた歌はこのことば、リアルをよく詠んだ歌だと思う。内容は恋愛に関するものだが、帽子の被り方という日々の行為・習慣によってそれが表現されている。こうした何気ないものでこの内容を歌うには、実際の経験が欠かせないことだろう。土地柄と同様、リアルな経験はやはり人の心をつかみやすい。

 

  故郷(ふるさと)といつの日か呼ぶこの土地が
  今の僕には
  少し狭くて
(第一回 盛岡第二高校 嘉村あゆみ)

  我の名を忘れてしまった祖母は今
  微笑んでいる
  桜満開
(第十回 八戸高校 小川青夏)

 大会の最大の特徴はやはり三行分かち書きによる作歌だろう。最優秀作品を見ていくと、この三行分かち書きの使い方では、一行目を長くし、対称的に三行目を短く収めることで余韻を残す使い方が多いと感じた。啄木の歌だと「東海の小島の磯の砂浜に/われ泣きぬれて/蟹とたわむる」(便宜上、この歌では/によって改行を表した)と同じ使い方だ。それに加え、「故郷(ふるさと)」は二行目と三行目の文字数を同じにし、「我の名を」は徐々に文字数が減っていくようにと書き方がさらに工夫されている。こうすることで、分かち書きによる内容への余韻に加えて視覚的なインパクトも読者に与えることになる。
 一方、前述の「氷のよだ」「気づいたら」はこの逆で、徐々に文字数が増える構成をとっている。どちらにせよ、内容面に加えて大会のこの形式をうまく活用できたかも審査に影響を与えていそうだ。

 

  喉元で
  母の涙の味がする
  姉が発つ日のきんぴらごぼう
(第二回 盛岡第一高校 戸舘大朗)

 さきほどは三行分かち書きの形式によって余韻を残している歌を取り上げた。余韻の残し方としてはこの形式をうまく利用するほかにも、体言止めを使用する方法がある。数えてみると、この体言止めを使った歌は歴代最優秀賞の十四首のうち、七首にものぼっていることがわかった。内容面でも考えて見ると、「喉元で」のようにどちらかというとネガティブ寄りな内容を詠んだ歌に体言止めを使った歌が多いようだ。確かに、余韻があったほうがこうした歌の場合は内容とも合ってくる。分かち書きにせよ体言止めにせよ、結局のところは内容に加えて書き方までもしっかりと見られているのだろう。細部までこだわれるかどうかが肝心なようだ。

 

  われらみな
  扉に鍵をかけている
  優しく2回,たたいてください
(第七回 福島県立葵高校 菅家美樹)

 最後に題に対するアプローチの仕方を見ていく。大会で作られる歌には必ず題が設けられている。昔は題からのテーマ詠でも良かったようだが、現在のルールではその題のことばを短歌のなかに取り入れることとされている。 
 この歌の場合は題が「」。扉からなにか別のものを想起せず、題のことばを中心にして歌が作られている。この文章の最後に引用に使用したサイトのURLを載せているが、ほかの作品についてもこのように与えられたことばをストレートに詠みこんで歌を作る傾向にあるようだ。
 対して俳句の場合ではどうか。同時期に開催されている俳句甲子園で見てみると、例えば題が「小鳥」だった際の句では「小鳥来る三億年の地層かな」(山口優夢)が詠まれ、これが大会の最優秀句に選ばれている。この句の場合、眼目になるのは題の小鳥ではなく地層のほうだ。俳句では二つのものを組み合わせる取り合わせがかなり使われるため、こういった差が生まれているのかもしれない。

 

 以上、歴代の最優秀作品からいくつかの歌を取り上げながら傾向を考えてきた。傾向を見ていくと俳句とのちがいのようなものもうっすらと見えてきて大変興味深く感じられた。傾向というものは大会の回数を重ねるにつれて変わっていくものだから、今後これらの傾向があてはまらなくなったり、新たな傾向が生まれたりする可能性も当然ある。岩手出身である関係で私はこの大会を観戦する機会には恵まれているから、次回以降もタイミングがあれば大会を観戦し、どのような歌が生まれていくのか見守っていきたいと思う。

 

歌の引用は以下のサイトから
・盛岡市HP内「全国高校生短歌大会(短歌甲子園)」
http://www.city.morioka.iwate.jp/shisei/machizukuri/brand/1009739/index.html
・もりおか暮らし物語HP内「短歌甲子園」
http://moriokabrand.com/%e3%82%a4%e3%83%99%e3%83%b3%e3%83%88%e6%83%85%e5%a0%b1/tanka/

※引用カッコ内はルビ

 


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