「詩客」短歌時評

隔週で「詩客」短歌時評を掲載します。

短歌時評 第96回 「馬とひまわり」について 牧野芝草 

2013-06-15 13:17:43 | 短歌時評
 「馬とひまわり」という個人紙の第1号が4月21日に発行された。個人紙と書いたが、実際には、昨年第23回歌壇賞を受賞した平岡直子と怪談作家でもある我妻俊樹の二人がユニットを組んで出しているものだ。5月19日付けで第2号が発行され、6月23日に第3号の発行を予定しているというから、月刊紙といってよいだろう。
 この個人紙は、セブン-イレブンなどのコンビニエンスストアが提供しているネットプリントというサービスを利用して発行されている(*1、2)。自宅のパソコンからアップロードしたデータを、全国の当該コンビニエンスストアのコピー機で出力できるというサービスだ。実際には、制作者がデータをアップロードしたあとに主にツイッターでダウンロード用の予約番号を発表し、読みたいと思った人がそれぞれ最寄りのコンビニエンスストアの店頭で各自数十円を支払ってプリントアウトするというながれである。
 このサービスを利用して個人紙を発行する動きは、筆者の知る範囲では、村上きわみが2011年10月に「まめきわみ」という折り本を配信したことをほぼ皮切りとして、やすたけまりが2013年4月17日に「月刊ミドリツキノワ」の配信を開始する(*3)など、徐々に広まってきている(現在ダウンロード可能な個人紙に関する情報は、村上きわみ提供のまとめカレンダーページ(*4)を参照いただきたい)。
 このサービスを利用するメリットは、発行にほとんど費用が発生しないこと、全国どこにいるひとにも(当該店舗がありさえすれば)一律にデータを提供できること、配布期間が一週間程度に限定されること(サービス自体がそのような設定になっているため)だ。発行に費用がかからないこと、また、ダウンロードする側も小額の負担で済むこと、コンビニエンスストアという身近な場所で気軽に入手でき、期間内であれば何度でも印刷可能である点で、従来の同人誌に比べて非常に容易に発信できるツールとなっている。
 あえて問題点をあげるとすれば、プリントアウトした紙が散逸しやすいこと、セブン-イレブンなど当該のコンビニエンスストアが近所にない場合には入手が困難になること、発行者に金銭的なインセンティブが発生しないことだろうか。ただし、これらは、読者の努力(適切にファイリングするなど)や発行者側の工夫(出力できる環境にない希望者にはデータをメールで送るなど)、他の関係者からの直接的でない働きかけ(別の企画への参加の機会が増えるなど)で解消され得る。そういう意味で、いくつかの課題があるにしても、ネットプリントサービスを利用した個人紙の発行(ネットプリントサービスという新しい媒体)には、今後さらに活用されていく可能性が大きいと筆者は考えている。

 さて、今回はこのネットプリントサービスを利用した個人紙の中で、特に冒頭でも触れた「馬とひまわり」を取り上げる。
 筆者は、4月に第1回の「馬とひまわり」を出力したとき、一瞬、作者名を伏せているのかと思った。「馬とひまわり」というタイトルに続けて「一」とあって、そのあとに短歌が9首並んでいるだけだったからだ。9首の下に(フッタに当たる部分に)平岡と我妻のプロフィールがそれぞれゴシック体と明朝体でのせてあり、短歌9首も明朝体とゴシック体のものが交互に並んでいることから、おそらくは我妻→平岡→我妻→……という順に並べられているのだと推察できる(この推察に従えば我妻から始まって我妻で終わる)が、果たしてそう信じてよいものか。また、9首はモチーフをリレーしていくように配置されており、連句的にも読めるが、本当にそのように読んでよいものなのか。
 疑問はさておき、第一回の9首で最も好きだったのは

すべて夏にとどいて川が干上がっているところ想像してきみのシャツ
きみが抱く暗渠に飽きて焼きつくすごとく野菜に水は光れり
暗くなればどれが本物のコンビニかわかるよ・にせもので地図を買う


のながれだ(書体からの推察では、作者は順に我妻→平岡→我妻)。「川が干上がっているところ」を想像する主体Aと、その主体Aがもつ「暗渠」に対峙する主体B、さらに「暗渠」「光」に呼応して導かれる「暗くなる」と「コンビニ」。「地図」の語も「暗渠」(さらには二首前の「川」)から転じてきているのだろう。
 「《つづく》」で閉じられた第1回からほぼ1ヶ月後の5月19日に発行された第2回では、同じく9首が、今度は歌の上に■と□をつけて交互に並べられていた。ページ末尾のプロフィールの上にある■と□から判断すると、■が平岡、□が我妻だ。第2回の9首は、第1回の9首目(我妻)の

星であれ顔であれ近すぎるものが真昼のハンドバッグに映る

を引き継ぐような

目を閉じて目の裏側の夢をゆく裸身のなかのいくつもの鞄

という(おそらくは平岡の)歌で始まっている。
 素直に読めば、作者名も書体と記号の使い分けから明らかであり、現実社会からは遊離したような不思議な世界を共有している二人の作者が、交換日記のように歌を詠み交わして作られた作品群、ということになる。しかし、提示された歌/紙面からは、作者名を必ずしも明確にしない意志と、リレー式に(一首ずつ交互に)詠み進めた(印象を与えようという)意志が感じられる。実際がどうであったかというより、読者にそう読み取らせよう、そのような印象を与えようという編集意識を強く感じられるのだ。
 この、「編集意識が強く感じられる」という点において、「馬とひまわり」は他の個人紙と本質的に異なっていると筆者は考える。語弊があるかもしれないが、他のネットプリント紙が「単に発表・発行・入手が手軽な媒体を利用してみた」というレベルであるのに対して、「馬とひまわり」は、従来の同人誌と同じレベルのコンセプトをもつ新企画として綿密かつ周到に用意され発行されている(ように思える)、ということだ。
 たとえば、「馬とひまわり」第2回には、2ページ目に付録として平岡の小説「水は光れり」と我妻のエッセイ「本物のコンビニ」が所収されている。この二作のタイトルは、先に第1回のなかで最も好きだったながれとして引いた三首の二首目と三首目のモチーフそのものだ。第1回のなかのピークとなる歌のモチーフを小説とエッセイを第2回の付録に用いることで、継続して読んでいる読者へのサービスとする制作意図と受け取るのは行き過ぎだろうか。
 付録やおまけというのは、本編の面白さや魅力に加えてさらにファンやユーザを引きつける「ごほうび」的な部分である。そこにどれだけの仕掛けを用意し、読者へのサービスとしてくれるのか。第3回以降に期待したい。

(参考サイト)
*1:セブン-イレブン ネットプリントサービス
http://www.printing.ne.jp/
*2:ネットワークプリントサービス(ローソン、ファミリーマート、サークルKサンクス)
https://networkprint.ne.jp/sharp_netprint/net_top.aspx
*3:すぎな野原をあるいてゆけば(やすたけまりブログ)
http://blog.goo.ne.jp/sugina-musicland
*4:今読める詩歌のネットプリント・カレンダー(村上きわみ)
http://imawik.sakura.ne.jp/cgi/calendar/start.cgi

(ご挨拶)
 昨年9月以来、8回にわたって担当してきましたが、今回が最後となります。最後までお読みくださり、また、発表の場を与えていただき、ありがとうございました。心より感謝いたします。いずれまたどこかの場でお会いできますことを。
コメント

短歌時評 第95回 うなぎ 田中濯

2013-06-07 01:13:03 | 短歌時評
 今冬、うなぎについての衝撃的なニュースが出た。

 絶滅の恐れがある野生生物を分類した「レッドリスト」について、環境省は1日、「汽水・淡水魚類」の改訂版を公表し、不漁が続くニホンウナギを「絶滅危惧種」に指定した。
http://goo.gl/2hWqD

 さらに今月には、うなぎの稚魚であるシラスウナギの静岡県の漁獲量が史上最低であることが明らかになった。

 ウナギの養殖に欠かせない稚魚、シラスウナギの今期(昨年11月~今年4月)の漁獲量が、過去最低の326キロを記録したことが県の集計で分かった。シラスウナギの不漁は4年連続で、1キロ当たりの買い取り価格が115万5000円と過去最高値を付け、関係者は「もう祈るしかない…」と悲痛の声を上げている。
 http://goo.gl/e6fhH

 即効性の対策はない、ということで、外国産の輸入量を増加しよう、ということになっているが、その外国でもうなぎ資源の大減少が進行しているようである。

 そして世界中のウナギの数と、アジアにおける需要との不均衡により、ウナギの価格はキャビアのレベルにまで高騰している。
 米国最後の大規模ウナギ養殖業の地、メーン(Maine)州では、ウナギの稚魚シラスウナギは水中の金だ。
 メーン州の漁業当局によると、価格は2012年シーズンに1ポンド2600ドル(1キロ約58万円)の最高値を記録した──これは稚魚1匹あたり1ドルに相当する。比べて、ニューイングランド(New England)地方の有名なロブスターは、1ポンドわずか2.69ドル(1キロ約600円)ほどにしかならない。

http://goo.gl/asFy4

 2013年の夏の土用の丑は暦の関係で二日あり、7/22と8/3であるが、あまりに高価でありそうで、どちらの日にも私は食べられそうにない。というより、10年もすれば、うなぎ自体が世界から失われてしまう可能性だってないとはいえない。恐ろしい時代である。本稿執筆時点では、先週の日経平均株価の大暴落と乱高下を受けて、アベノミクスの展望が不安視されており、また、憲法改正が焦点になるかもしれない参院選投票日が7/21に決まりそうである(土用の前日である)。しかしながら、政治経済とも大激動期にあるとはいえども、うなぎの話題を無視するわけにはもちろん参らない。

 短歌に関わるものにとっては、うなぎ、といえば斎藤茂吉、ということになり、彼の大量にある異常なエピソードのなかでもひときわ異常の光を放っていて忘れがたい。そのものずばりの『文献 茂吉と鰻』(林谷廣)という奇書によると、茂吉のうなぎ食事回数の年間レコードは、昭和16年60歳のときの96回であるとのことである。角川短歌5月号の特集が刊行100年を記念した「北原白秋『桐の花』×斎藤茂吉『赤光』」であることも契機にして、私は『赤光』を「うなぎ目線」で再読することにした。

 ところが、残念ながら、『赤光』にはうなぎの歌はないのであった(「初版」)。茂吉のエッセイ集である『念珠集』には、幼い日に両親と旅行したときにうなぎの生簀を見た、という記述がある。しかし、うなぎが盛んに歌われるのは、『赤光』から十年以上を経て、ドイツから帰国し、婿入り先の病院を継いで経営する時代、元号的には昭和元年以降のことであり、歌集としては『ともしび』が対応する。

ゆふぐれし机(つくゑ)の前にひとり居て鰻(うなぎ)を食ふは楽(たぬ)しかりけり
夕飯(ゆふいひ)に鰻も食へどゆとりなき一日(ひとひ)一日(ひとひ)は暮れゆきにけり
五月雨(さみだれ)の雨の晴れたる夕まぐれうなぎを食ひに街(まち)にいで来し
ゆふぐれの光に鰻の飯(いひ)はみて病院のことしばしおもへる
                                 
『ともしび』


 茂吉はうなぎを食べてストレス解消をしていたのであろう、と知れるが、それにしては我々が思い浮かべる「ストレス解消」とは、やや様相が異なる。うなぎは茂吉にとって特別であったのだろうが、その聖性は他者にはなかなか理解しがたい。何か、見てはいけないもの、といった風情がある。あるいは、生々しすぎて目をそらしたい、といったところだろうか。

 うなぎの歌がないのは仕方ないことであるので、『赤光』では「何かを食べている歌」を拾うことにした。見渡してみると、茂吉にはひろく食に関する歌が多く、またエピソードも多い。彼のお喋りな子供たちが語るところによれば、彼は味噌汁の「実」が気に入らないということで大騒動をしたということである。こちらをもって、うなぎの替わりとしたい。

いとまなきわれ郊外にゆふぐれて栗飯食(を)せば悲しこよなし
けふもまた雨かとひとりごちながら三州味噌をあぶりて食(は)むも
よる深くふと握飯(にぎりめし)食ひたくなり握(にぎり)めし食ひぬ寒がりにつつ
ひとり居(ゐ)て朝の飯(いひ)食む我(あ)が命は短かからむと思(も)ひて食はむ
生くるもの我のみならず現(うつ)し身の死にゆくを聞きつつ飯(いひ)食(を)しにけり
ま夏日の日のかがやきに桜の実熟(う)みて黒しもわれは食(は)みたり
気ちがひの面(おもて)まもりてたまさかは田螺も食(た)べてよるいねにけり
味噌うづの田螺たうべて酒のめば我が咽喉仏(のどほとけ)うれしがり鳴る
けふの日は母の辺にゐてくろぐろと熟(う)める桑の実食(は)みにけるかも
春闌けし山峡の湯にしづ籠り楤(たら)の芽食(を)しつつひとを思はず
あな甘(うま)、粥(かゆ)強(かた)飯(いひ)を食(を)すなべに細りし息の太りゆくかも
おのが身し愛(いとほ)しければかほそ身をあはれがりつ丶飯(めし)食(を)しにけり

初版『赤光』


 ざっとこんなところだろうか。とにかく飯(めし)を食べている。あとは、味噌や田螺に木の芽山菜の類といったところで、つつましいものである。とてもではないが、当時もお高い食べ物であったうなぎの出る幕ではない。当たり前の話ではあるが、茂吉の歌や、あるいは日記にうなぎが猛威をふるい出すのは、彼が成功してから、あるいは家業を継いで養子・入り婿の立場から自由にお金を使える立場になってからである。ちなみに、角川短歌5月号の座談会では、「握飯(にぎりめし)」の歌が取り上げられており、にぎりめしの繰り返しが「自然でダイレクトな」表現であるのか、鬱屈した立場の寓意を示唆したものであるのか、歌の読みに「争い」があり興味深かった。

 これらの食をめぐる歌群では、桜の実と桑の実の歌の類似性が気になるところである。この二つの歌の構造はそっくりであり、茂吉の作歌法を辿る材料になるのでは、とも思わせるほど似ている。また、その色が「赤」である時期のものでなく「黒」というところも面白い。『赤光』はタイトルも示している通り、赤い色が圧倒的に優勢であるが、その背後には別の色もみえる。田螺も(うなぎも)「黒」だし、飯は「白」、栗は「黄」、楤(たら)は「緑」で三州味噌のみ「赤」である(黒、といえる色合いでもある)。実際に口に入れるものについては「赤」がほぼなく、例の著名な「赤茄子」は腐っているというわけである。

 ところで、以下に挙げるのは、初版『赤光』の最後尾の一連「分病室」にある歌であり、「何かを食べている歌」の守備範囲に半分引っかかっているものである。

隣室に人は死ねどもひたぶるに帚(ははき)ぐさの実(み)食ひたかりけり

 隣で人が亡くなっているのに、猛烈に「帚(ははき)ぐさの実(み)」が食べたくなった、という、まちがいなく異常な歌である。「帚(ははき)ぐさの実(み)」は、いわゆる「とんぶり」で、黒っぽい緑色をした小さな実であり、ぷちぷちした食感と意外な濃厚さがある旨い食べ物である。それはともかく、どうだろう、他者の死に近いときに食欲は湧くものだろうか。

  延命措置を拒否
四百円の焼鮭弁当この賞味期限の内に死ぬんだ父は
手をつけぬままの弁当捨てにゆくふたたび冷えている白い飯
                             
『すずめ』(藤島秀憲)


 『すずめ』(藤島秀憲)は今春に刊行されたばかりの優れた歌集である。テーマは父の介護、およびその死についてであるが、挙げた歌のように、読者に悲しみを伝えつつも、「死の定型的表現」から逃れて自由である。見事であり、茂吉の歌と比較してみると、この「帚(ははき)ぐさの実(み)」の歌にも強い意匠があることが見えてくる。なるほど、異常な状況のときに特定のものに対する異常な執着、この場合は食欲が生まれる、というのは「ありそう」ではある。しかし、それは藤島の場合のように実のところない、のではないだろうか。せいぜい、咽喉がかわいて飲み物が欲しくなる、程度のように思う。詩客の読者の皆様も、状況を想像して個人的記憶を思い出してみてもらいたい。私の判断では、「帚(ははき)ぐさの実(み)」は、ほぼ虚構である。茂吉は、いかにも「ありそう」、なところを突いてきているのではないだろうか。

 『赤光』を読むとたちどころに了解されるはずだが、この歌集には「狂人」「狂院」(当時の精神病院を指す。茂吉の造語?)という文言や、「狂」に関わるおそらくは現在の雑誌やウェブに載せるには強く注意を要するような表現が実に多い。これらの言葉を見ると、百年前の日本の精神医学のレベルが推察されるとともに、医師・斎藤茂吉についても暗い気持ちが湧いてくる。これは『赤光』の影の面である。

かの岡に瘋癲院のたちたるは邪宗来(じやしゆうらい)より悲しかるらむ
としわかき狂人(きやうじん)守(も)りのかなしみは通草の花の散らふかなしみ

『赤光』


 瘋癲院は、茂吉が継ぐであろう精神病院であり、狂人守りは茂吉自身である。自虐であり、また実際に瘋癲院の医者の、当時の社会的地位をも示唆しているだろう。あるいは、こう言ってしまってよいかもしれない。「狂人守り」もまた、「狂人の類」と見られていた、と。そのように振る舞うのがひとつの渡世の術であった、と。私には「帚(ははき)ぐさの実(み)」の歌に、佯狂の二文字がちらつくのである。「私はこんなに変ですよ、特殊ですよ」というアピールが透けて見えてきてしかたがない。そして、本稿で話の端緒に挙げたうなぎは、その若き日の佯狂が向かいきった先にあったものではないのか、とも想像する。茂吉の歌は、「どこか異常なところのあるひとだから」という前提で受容されたり(笑い話にされたり)、逆に読み飛ばされているところがありすぎるような気がしている。『赤光』は短歌史に屹立する歌集である。だが、もう100年も経ったのだから、褒め称えるばかりでなく、すこし批判的に回顧してみるのもよい頃合いだ。現代短歌の源『赤光』には、明るさというよりは暗さがあったのだし、その暗さは、今そのまま受け入れるには時間が経ち過ぎているように考えるものである。
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