「詩客」短歌時評

隔週で「詩客」短歌時評を掲載します。

短歌評 短歌を味わえない 若林 哲哉

2021-06-23 22:17:57 | 短歌時評

 この4月から、国語の教員として中学校に赴任した。教えているのは中学2年生で、勤務校(の属する教育委員会)が採用している光村図書の教科書では、6月頃に短歌を学習することになる。どこの出版社の教科書を見ても、短歌とそれにまつわる読み物が掲載されているのだが、光村図書の教科書に載っている教材は、『短歌に親しむ』と題された栗木京子さんの鑑賞文と、『短歌に親しむ』と題された短歌6首で、これらを元にして授業を行うこととなった。俳句や短歌というのは、入試でもなかなか出題されることが少なく、国語の授業の現場においても、軽視されてしまうことが少なくない。また、僕自身は俳人で、短歌を書くことは殆どない。しかし、短詩に馴染みのない人たちからすると――生徒は勿論、国語科の先輩・同僚の先生も皆さんそうなのだが――俳句も短歌も同じようなものだという感覚があるのか、教材の短歌にまつわる質問が、何かと僕のところに届いてきた。その中で、特に印象に残っているエピソードを二つ紹介したい。
 まず、『短歌を味わう』で栗木さんが取り上げている短歌の中に、

  鯨の世紀恐竜の世紀いづれにも戻れぬ地球の水仙の白 馬場あき子

 があり、「この歌の優れた点は、『水仙の白』と歌い収めたところです。鯨の世紀、恐竜の世紀といった、とてつもなく長い時間が『水仙の白』という一滴の時間の中に、すっと回収されていきます。大きな時間と小さな時間が、一首の中でダイナミックに溶け合っているのがわかって、思わずため息が出ます。」という鑑賞が付されている。
 これを読んだ先輩の国語の先生が、「どうして『水仙の白』でなければならないのか?」と訊いて来たのだ。「作中主体の眼前に水仙がある。水仙というのはある季節の間を咲いたら枯れてしまうが、水仙が根を下ろしている地球というのは、かつて鯨や恐竜が栄えたのと同じ惑星であり……」と返答しかけたところで、さらに、「『たんぽぽの黄色』じゃダメなのか?」と畳みかけられた。まるで短歌甲子園・俳句甲子園のような応酬に驚いてしまったが、その後は上手く返答することが出来ず、口を噤んでしまった。というのも、僕自身は栗木さんの鑑賞に納得していて、水仙である必然性のことなど微塵も考えていなかったからだ。
 今になって、これは、短歌における虚実の問題が下敷きになっているのではないかと思っている。というのも、僕が、馬場さんの短歌の歌い収めが「水仙の白」であることを疑わなかったのは、それが作中主体ひいては作者にとっての現実としてそこに存在することを疑わなかったということなのだ。また、先輩の先生が「水仙の白」ではなくても良いと思ったのは、それが作中主体や作者にとっての現実でなくとも、短歌の作品として納得性・意味性の高い措辞が他にあると考えたからであろう。短歌や俳句における一回性の重視という、ある一つの観点を共有していなかったことが、意見の違いを産んだのだとも言えるだろうか。
 もう一つは、『短歌を味わう』に採録されている、石川琢木の、

  不来方のお城の草に寝ころびて
  空に吸はれし
  十五の心

 にまつわるエピソードである。ある生徒がこの句を、「十五人の人が草に寝転んで、空を眺めている」と鑑賞したのだ。新しくて面白い解釈だと褒めつつ、こちらも「十五歳」だとしか思っていなかったので、ひどく驚いた。
 確かに助数詞は入っていないから、十五人という解釈も成り立たなくはない。しかし、「草に寝転んで空を眺め、自分の悩みのちっぽけさを感じ、心が軽くなる」というような青春性は、啄木をはじめ、一つの類型である。例えば、中学生がよく歌う合唱曲『COSMOS』の歌い出しは、

  夏の草原に
  銀河は高く歌う
  胸に手を当てて
  風を感じる

 であるし、また、村上鞆彦『遅日の岸』の収録句、

  寝ころべば草がそびえて南風

 もその一例と言えよう。そうしたイメージを思えば、「十五歳」という読みの他ないのではないかと感じるのだが、一方で、「青春像」というものがあるとするならば、それは時代と共に変容しているのだろう。少し前に、Adoの『うっせぇわ』とチェッカーズの『ギザギザハートの子守唄』とを比較して、若者のメンタリティーの変化が論じられた。つまり、草に寝転んで空を眺め、ギザギザハートを癒やすよりも、優等生を演じつつ、大人たちを凡庸と切り捨てて、心の中で「うっせぇわ」と呟くのが現代のメンタリティーなのだろうか――とまで言ってしまうと、一生徒の発言から飛躍しすぎだろうとツッコミが入るのだろうが、ともあれ、余計なことまで含めて色々考える契機となった短歌の授業であった。

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短歌時評167回 ステキな歌 大松 達知

2021-06-17 00:53:06 | 短歌時評

 くどうれいんさんの「氷柱の声」(「群像」2021年4月号)が芥川賞候補になったという知らせが入って来た。はじめての小説作品。慌てて検索してももう手に入らない。7月の書籍化を待つのみ。
 もちろん「くどうれいん」さんは「工藤玲音」さん。盛岡市出身在住。
 日本文学振興会発表の候補者紹介に「俳句結社樹氷同人、コスモス短歌会所属」とある。

 かなり異色かもしれない。でも驚かない。これまでエッセイ(『わたしを空腹にしないほうがいい』『うたうおばけ』)や短歌作品を読んできたから。そのたび、「センス」としか言いようのない言葉の使い方、ドラマの作り出し方に驚き、楽しんできたのだ。

 その工藤玲音の第一歌集『水中で口笛』(左右社)について書いてみる。
 まさに工藤ブシが炸裂、という印象。

  016  大型犬飼って師匠と名付けたい師匠カムヒア、オーケーグッドボーイ
  017  将来は強い恐竜になりたいそしてかわいいい化石になりたい
  022  かき氷だったピンクの水を飲み全部殴って解決したい
  023  ATMから大小の貝殻がじゃらじゃらと出てきて困りたい

 序盤から飛ばしてくる。(歌の左の数字はページ番号。)
 かってに、「願望シリーズ」と名付けているいくつか歌。とにかく言葉が元気。ハツラツという陳腐な単語が褪せて見えるほどのハツラツさである。願望という形を取りながら、鬱々とした現実世界からの突破、そして別世界への乱入を試みているようだ。

 ただし、それは別世界とは言っても、ファンタジーの世界や非現実の世界ではない。現実と地続きでありながら現実の裏側に潜り込む。いまここにありながら、もう一人の自分が「ここ」の裏側から自分を覗き込む。そんな「無理のない説得力」が心地よい。(それを手ぬるいと見る向きもあるかもしれないけれど。)

 そして、言葉の選択がステキ。良いとか巧いとか秀歌とか名歌とか言うけれど、「ステキ」がもっとも適している感じがする。

 大型犬の名前はなんでもいいはず。タローでもライオンでもマロンでも茶々丸でもなんでもいい。そこに「師匠」。年長者をからかう小悪魔的な姿をちらっと見せる。そして、Come here, OK, good boy! それも舌を噛みそうなカタカナ表記から、グッドボーイと低音で締める感じ。そのあたりのコミカルなリズムもステキ。分析すればそういうことになろう。でも、歌を読むときにそんな理屈は考えない。頭で言葉をこねくり回していない。体で感じた言葉という印象。他の歌もこんな感じのステキさに満ちている。

 三首目の「全部殴って解決」というフレーズもいい。鬱屈するようなことがあっても、嘆くのでなくぶち壊す方向にすすんでゆく。そんなハツラツさに心を奪われる。社会が今よりも元気だったという戦後からの五十年ほど。そのときは短歌で個人の暗い感情を打ち出してても、社会全体の活力とバランスをとっていけたのかもしれない。

 しかしやがて、日本の経済的成長は頭打ちになり、バブル崩壊後、経済的な国際競争に負け続ける状況がやってくる。しばらくは目をつぶっていることもできた。しかし、東日本大震災や多くの自然災害、それに新型コロナウイルスとの戦いに比較的遅れを追っているという現状はもう直視せざるをえない。

 そうなってくると、短歌の方にこそ元気であって欲しい、短歌に暗い現実を入り込ませないで欲しい、という気持ちが出てくる。そこに工藤玲音の歌はすっぽりはまる。ディストピア文学とは逆の方向の「健全な」あり方が良いと思う。

  080  やわらかい蠟をさわってセックスが終わった後のきもちになった
  085  夜と死が似ている日には目を閉じてふたりで春の知恵の輪になる
  085  性交の動画開いたパソコンのシャットダウンを最後まで見る
  091  シャワーヘッドを握りしめ白蛇を殺してしまったみたいに泣いた

 その「健全さ」は中盤のこんな歌にも感じる。感情と歌の言葉の間に捻じれたりひねくれたりするところが少ない。なんだか分からない感情をなんだか分かるようにして提示してくれる。分かりそうな感情をわざと分からないようにしている(ように見える)歌も多く流通している(ように見える)現在。このストレートさは心地よい。

 そこには、「」「知恵の輪」「パソコン」「シャワーヘッド」など、核となる物体が一首の中心に堂々と座っている感じ。これは、工藤が敬愛するという(そして、この歌集の「編集協力」である)小島なおの歌の作り方に似通うところがある。

 と、話は急に変わるのだが、「コスモス愛知」という「コスモス」の支部報がある。(「コスモス」関係ばかりですいません。)そこに鈴木竹志が、角川「短歌」1977年7月号の特集を引用している。若手歌人が自分の方法論を語るというもの。

 高野公彦の「明確な表現にある謎」という文章。孫引きさせてもらう。

 私は自分の方法論など持たぬが、強ひて言ふなら、できるだけ明確に言葉を使ひたいと思つてゐる。この〈明確に使ふ〉といふことの中には、むろん言葉を積木のやうにもてあそぶことは含まれてゐない。それは明確さを裏切る行為にすぎないからである。
表現はあくまでも明確でありながら、その中に解きがたい謎のやうなものを秘めてゐる—そんな作品が、私にはいちばん付き合ひやすいし、また深い付き合ひもできるやうに思はれるのである。

 鈴木はこの文章を受けて、この前年(1976年・高野34歳)に刊行された高野の第1歌集『汽水の光』は、この「方法と実践が見事に融合している歌集」だと言う。高野の現在に至る歌業を貫くもっとも大切な部分であると思う。(むろん私はその主張に強く賛同する。)

 この発言の後も、高野は繰り返し、「言葉を積木のやうにもてあそぶ」歌を批判してきた。それは頑固ともリゴリストとも言われることもあるが、実はとても単純で簡潔な態度なのだ。

 そこで、ふたたび工藤に戻る。この「明確な表現にある謎」が工藤作品の魅力のひとつだと思うからだ。

  080  やわらかい蠟をさわってセックスが終わった後のきもちになった
  085  性交の動画開いたパソコンのシャットダウンを最後まで見る

 やや目を引く単語を使った先述のこの2首。
 なぜやわらかい蠟の感触と性行為が終わった後の気持ちがつながるのかは書かれていない。しかし、熱せられて弾力を持った蠟燭。その独特な感覚が一首の核として強い存在感を示している。

 また、なぜアダルト動画を映したパソコンが完全に電源オフになるまで見つづけたのか書かれていない。(現実的な証拠隠滅確認的な意味はあろうとも。)しかし、その数秒の行動は十全に書かれている。ひとつの時間を確実に終わらせる気持ちかもしれない。言葉で割り切れない感情だからこそ、その動作を端的に描くのだ。
 そして、読者はその「明確な表現にある謎」に包まれてゆく。それがこの歌集の読みどころ大きなひとつだ。

 短歌の表現を革新することは必要だろう。それはときに意図的に、ときに強引に。(塚本邦雄のように、穂村弘のように。)
 しかし、その過程で「言葉を積木のやうにもてあそぶ」ような迷路に入り込んでしまうことを私は望まない。今でも、石川啄木が一気に作ったという作品が読まれつづけるように、ストレートな感情が伝わる作品が、(俵万智のように)結果として短歌の表現を革新してゆくのかもしれない。

 さて、『水中で口笛』の後半には、そんなストレートさを前面に押し出した相聞がある。もう長い間、あっけらかんと相聞を詠むことが少なくなったと言われる。時代のせいというなら、どんな時代なのだろうかと思う。しかし工藤はそんな方向には与することなく、独自の情愛の深くコミカルなシーンを見せてくれる。

  118  葉を見れば咲く花わかるわたしだよきみの手を取るとき夏の風
  127  発作のごとくあなたは海へ行くとしてその原因のおんなでいたい
  130  助手席のわたしをわたしにそっくりな綿と信じて泣けばいいのに
  153  魚がはじめて自分の口からでたあぶく眺めるような恋をしている
  154  山にでもなっちゃいそうなきもちだよきみにつくづく思われていて
  154  ふたり乗りにふたりで乗るとちょうどいいふたりになったんだねほんとうに
  168  天ぷらを食べつつ彼はどんな人と問われ咄嗟にほそながい、と
  178  神様に繰られてゆがむ口と鼻きみはいまから冗談を言う
  183  きみがいるこころづよさは自販機で買った後知る増量麦茶
  187  ぶおおんと言えば車がはやくなる明日も仕事なのにごめんね

 ポップスっぽく、演歌っぽく、ミュージカルっぽく、落語っぽく、泣かせたり笑わせたり、泣いたり笑ったり。多面的な主人公の顔が生き生きとしている。

 長くなったので、他にちょっと駆け足で紹介して終わりたい。
 どれも、向日性というか、自分の感情の振幅を疑わない素直さというか、とにかく。

  111  呆けた祖母を呆ける前より好きだった 水からぐわりと豆腐を掬う
  114  訛ってないじゃんと言われて無理矢理に訛るときこのいらだちは何
  122  あの街があの波でこの公園になったのだひろいひろいひろいこの
  126  就活用タイトスカート履くときの太巻き寿司の心強さよ
  141  寝つつ泣く涙を溜めて右耳はここを海だと勘違いする
  144  アメリカ帰りの同級生がまぶしくてしなちくみたいな表情になる
  145  パンケーキ食べてみたいという母がどうかかわいく呆けますように
  149  おとうとは父に似たねと話しつつ母と並んで蕗のすじ取り
  150  まず先に支柱ばかりが立っている きゅうり畑よ 通勤が好き
  151  サランラップの芯を握ったまま歩き頭をひとつ叩いて捨てる
  157  口紅をうすく引きつつ口紅にも工場があることの可笑しさ
  161  怒るときわたしの中にあるろくろ そこで回転する巨大土器
  165  とーほくとーほく 連呼をすれば寄せ鍋の豆腐を食べる声に似ている

 遠慮なく挙げさせてもらった。ドラマチックな喜怒哀楽。感情の起伏の襞を隠さず捻りすぎすに伝える。(おそらくその東北性は「氷柱の声」とともに分析の余地が大きいと思う。)

 短歌の楽しさを、短歌に親しみのないひとたちにも深く伝えられる歌集。朝日新聞の広告を見て買ってくださった読者を決して裏切らなかったと思う。
芥川賞、どうなるかなあ。

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短歌時評166回 短歌講座で学べること 竹内 亮

2021-04-13 02:58:22 | 短歌時評

 短歌講座のことを書こうと思う。
 わたしは短歌を東直子さんの講座で始めた。
 2011年に始まったNHK文化センターの講座でもう10年通っている。
その間、東さんの講座のほかに、穂村弘さんが2年だけやっていた慶應丸の内シティキャンパスの連続講座に行った。仕事が忙しくて途中で行けなくなってしまったけれど、堂薗昌彦さんの講座にも少し行っていたし、いまは中断している服部真里子さんの連続講座にも出ていた。
 「半券」という同人誌を一緒につくっている山本夏子さんが誘ってくれて、大阪に日帰りで行って吉川宏志さんの単発の講座に出たこともある。
 短歌の講座に生徒として出た経験が多い方だと思う。

 短歌講座では、教え方が歌人によって大きくちがうように感じた。
 東さんと穂村さんと堂薗さんと服部さんと吉川さんは、それぞれ違う切り口で説明をしていた。教え方が違うのは、作歌の方法が人ごとに違っていることの表れなのだと思う。

* * *

 木下龍也さんの『天才による凡人のための短歌教室』(ナナロク社、2020年)を読んだ。
 短歌の講座は中学校の体育の授業に少し似ていると思う。
 説明されてもわからない人にはわからないのではないかと思うのである。しかし、木下さんの本はそれをクリアカットに説明している。スキップができない人にスキップを説明するようなことに成功していると思う。

 たとえば「余白に甘えるな」(48頁)という章で、木下さんはこのようにいう。
 短歌が余白の多い詩型であることを前提としながらも、読者に対して、

 「ここからお任せしますでは、つくる側としては向上がない。僕は短歌をつくるとき、僕の頭に浮かんでいる映像や絵とまったく同じものを読者の頭に浮かべたいと思いながらつくっている。喜怒哀楽のどの感情をどの程度動かしたいのか意識しながらつくっている。

 というのである。つまり、木下のいう「余白」は読者の読みにおいて偶然に現れるものではなく、作者が「余白」として提示したものが余白として伝わる、ということになる。

 木下さんはこの本の「はじめに」に

 「僕にとって僕は短歌の天才になりえない。なぜなら僕には僕の短歌の意図、構造、工夫がすべてわかってしまうからだ。」(6頁)

 と書いている。意識的に作歌をしている歌人だということだ。
 木下さんがこの後、各論として意図、構造、工夫を説明してくれるものが読みたいと思う。それは木下さんの工夫を明らかにするだけでなく、短歌の謎に迫る試みでもあると思う。

* * *

 東直子さんの講座は10年経って、最近大きな変化があったように思う。
 最初の頃は、「鳥」「鍵」「歩く」などの題でつくっていたのだけれど、最近は「異化」を試みた一首、「連鎖」を試みた一首というような題が出されている。「公募ガイド」に東さんが持っている短歌欄のコラムを基にしていて、東さんは、「異化」について

  ごちゃごちゃの思いあらたに加えつつ酢の香をたててかきまわす春 東直子『千年ごはん』

 という歌を、「連鎖」について

  それはひどい春風でしたみんなみんな水中バレエの踊り手だった  東直子『十階』

 という歌を例歌として挙げる。

 これらの題が講座で説明されるとき、クリアカットな説明が困難な作歌のプロセスが少し明らかになるように思う。短歌の講座には短歌が上手になりたいと思って通うところもあるけれど、歌人の作歌過程を知ることで、短歌の秘密の一端が言語化される場でもあると思うのである。

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短歌評 センチメンタル詩論 ―岸上大作ト寺山修司ヲ論ジテ我ガ短詩系文藝総観ニ至ル 平居 謙

2021-03-21 11:22:39 | 短歌時評

 

 岸上大作展が姫路であるのを楽しみにしていた。ところが予定していた日に限って用事が入り、とうとう行けずじまいに終わってしまった。基本的にはヒマなのだが、フルで身体が空くのが月曜ばかり。その月曜ならば休館日。結局代わりに岸上大作を読み直すことにした。32年ぶり。ウソー。驚いたけれどもホントーだ。それでまたまた驚いてしまった。切迫感。失恋。切なさ。国家のもんだい。時代性。透徹した目線とセンチメンタルの間を揺れるアンバランス。急勾配。抑制。最近ある講座のために読んだ森田草平『煤煙』や山川方夫の小説の中に出てくるいくつかの自死のことを思う。日本に脈々と流れる心中の思想に思いを馳せる。岸上は独りで死んだけれども、短歌と心中したことは間違いがない。今回は姫路の春の風景なんかに触れながらのんびりと書いて終わりにしようと思っていたが、岸上を読んでしまうと牧歌的ではいられない。遠い春の日に感じたはずの戦慄の記憶が心に蘇ってくる。気持ちがぴりぴりとする。
 彼の作品に関しては、今更僕が書くまでもないだろう。吉本隆明をはじめとして多くの批評家が論じているから本稿では岸上の「寺山修司論」について書いてみよう。今回は僕にとっては2年間お世話になったこの短歌評連載の最終回でもある。それで僕自身にとっての短歌観についても少しく書いておきたい。
 ただそうは言うものの僕自身が岸上のどの歌を評価しているかくらいは彼について文章を書く以上、前提としてあるいはエチケットとして示しておくべきだと思うので『意思表示』の中から十数首選んでおく。また同様の意味で寺山修司に関しても同じほどピックアップした。まずは岸上大作の歌。

  ① 意思表示せまり声なきこえを背にただ掌の中にマッチ擦るのみ
  ② 海のこと言いてあがりし屋上に風に乱れる髪をみている
  ③ プラタナスの葉陰が覆う群れ区切り拳銃帯びし列くまれいる
  ④ デモ解きし銀座に並べあう肩にもうひとつの意思表示といわん
  ⑤ 耳うらに先ず知る君の火照りにてその耳かくす髪のウェーブ
  ⑥ 夏服の群れにひしめき女学生たちまち坂を鋭くさせる
  ⑦ 日本語美しくする扼殺死抗議にひとり選びたる語彙
  ⑧ 買いて来し金魚袋に泳がせつ夜の電車に翳もたぬ少女ら
  ⑨ 撒きて来し反戦ビラの誤字ひとつ思うとき少年はもっともかなし
  ⑩ プラカード雨に破れて街を行き民衆はつねに試される側
  ⑪ 亡き父をこころ素直にわれは恋ういちじくうれて雨ふるみれば
  ⑫ ラジオ講座聞きおりしわれに深夜の北京放送中国民謡
  ⑬ 母の手にえんどうの莢はじけつつつばめはしきりに巣を作りいる

 ① の歌は僕が選んだというよりも「これは外せないだろう」という意味で置いた。岸上を論じるならば「お約束」という感じだろう。僕として特段に高く評価しているわけではない。それに寺山修司の真似っぽさが目につく。②は清々しくロマンチック。これが、いい。③に関しては全く個人的な問題からここに選んだ。千種創一『砂丘律』についてこのサイト「詩客」に書いた時〈そのほかにも、「砂漠」「実弾」「戦況」等の言葉が現れて、これだけでも日本では読めない短歌だという実感が歌集を開いた瞬間に強く思われるのである。〉と僕は書いている(「何度でも愛せ、マグダラのマリア 千種創一『砂丘律』の不穏と罪と」)。しかし恥ずかしいことに考えてみると完全に平和ボケであって、僕の前世代においてはまさに戦争ともまがうような闘争の中、「拳銃を帯びた列」と実際に間近に相対していたわけである。千種のものが「日本では読めない短歌だ」というのは1980年以降の泰平期に限ってのことにすぎなかったのである。ここに補充的に訂正しておこうと思う。④はほっとする。時代の楽屋裏を見ている気分になる。⑤は②に通じる恋の歌だ。これらはどんな時代でも普遍的な主題に違いない。⑥は恋歌ではないが、「坂を鋭くさせる」という表現の中に岸上の女性に対する憧れが強く集中的に現れていて心が痛くなる。⑦はこのために文学者の存在はあるのだと思わせる重要な歌だ。岸上にとって「日本語美しくする」とは、厳密なところにおいてもごまかしのないレベルで物事を判断するという意味なのだろう。⑨も⑩も同じように真剣な岸上の眼差しが感じらえる。実感に溢れた歌だ。⑪のような主題を歌う場合重要なのがこの歌における「いちじく」のような非常に具体的なアイテムの存在であることが痛感できる。
 寺山修司の歌に関しても同様に対応しておく。これは寺山に対する僕の〈挨拶〉である。そのため岸上の観点を外して『寺山修司全歌集』の中から最近◎をつけた10首+αを以下に挙げておこう。

  ① 大工町寺町米町仏町老母買ふ町あらずやつばめよ
  ② 新しき仏壇買ひに行きしまま行方不明のおとうとと鳥
  ③ 孕みつつ屠らるる番待つ牛にわれは呼吸をあわせてゐたり
  ④ つひに子を産まざりしかば揺籠に犬飼ひてゐる母のいもうと
  ⑤ 倖せをわかつごとくに握りいし南京豆を少女にあたう
  ⑥ 外套のままのひる寝にあらわれて父よりほかの霊と思えず
  ⑦ われの神なるやも知れぬ冬の鳩を撃ちて硝煙あげつつ帰る
  ⑧ 誰か死ねり口笛吹いて炎天の街をころがりしゆく樽一つ
  ⑨ テーブルの金魚しずかに退るなり女を抱きてきてすぐ乾く
  ⑩ マッチ擦るつかのま海に霧ふかし身捨つるほどの祖国はありや
  ⑪ 群衆のなかに昨日を失いし青年が夜の蟻を見ており
  ⑫ いたく錆びし肉屋の鉤を見上ぐるはボクサー放棄せし男なり
  ⑬ 「革命だ、みんな起きろ」といふ声す壁のにんじん種子袋より
  ⑭ 大いなる欅にわれが質問す空のもつとも青からむ場所

 ① と②の歌は演技とか現実だとかそんなことは問題にならないほどに優れている。僕は1985年に『寺山修司全歌集』を借りて読んだが、この本が僕にとっての短歌の入門書だったわけだ。この2首を読むだけで僕は恐ろしく暗い街を旅している自分にその都度気付く。③は牛に自分の呼吸を合わせることの出来る感性は信じるに値すると思わせる。④はもの悲しさが孤独をさらに強いものにする。⑤は純情。べたべたした手の汗を思わせるが殻付きの南京豆でせめてあって欲しい。⑥はとても素に感じられて好きだ。⑦寺山あ、お前神が分かってるじゃないか。⑧二つの事象を不自然なくつなぐことのできるものを感性というわけでそれによって文学は成立するのだということがよく感じられる。⑨は金魚と女との対比が見事。女を抱いたあと発せられるオーラというものは金魚であってさえ(あるいは金魚だからこそ)敏感に感じ取るのだという高度な感覚を直截的に伝えてくる。⑩これは寺山を論じる際の「お約束」のような意味でここに置いた。特に意味はない。岸上の①の歌はこの歌のパロディにならないパロデデイだろう。⑪夜の蟻は黒に紛れて普通の眼では見ることが難しいだろう。それを見ることができるのは、昨日を失った青年くらいのものなのかもしれない思う。こう書きながら、明日を失うよりも昨日を失う方が恐ろしいのだとつくづくと思う。⑫これを選んだ頁に「ダメになった男を書くのか……」というようなメモを僕は残した。⑬の歌は可愛いファンタジー。⑭は爽やかすぎて寒いが寒いほど爽やかなものしか読むに値するものはない。
 岸上は「寺山修司論」の中で、寺山修司の「チエホフ祭」から「砒素とブルース」に至る作品の中から「アト・ランダムに抽ひて」いる。数えてみると偶然14首なのだが、僕が上に選んだものと一切重なっていない。岸上と選がずれているからといって自分の選球眼がないということにもならないわけだが、どこか不審に思って『寺山修司全歌集』を見直してみると、忘れていたのだが全集の余白に僕は次のようなメモを記していた。

  寺山の歌
 演技によって私性を隠す。それによって過剰な感情がついにあふれ出てくる。短歌という形態そのものを象徴するような状況。1985年6月頃読み初めしを、2020年3月24日読了(作品篇)

 まさか35年かけてじっくり読んだというわけではない。多分以前にも全体にざっと目は通したはずだが、この歌を採ろう、というように◎や〇印をつけて丁寧に読むということは今回が初めてであった。メモ中にある「短歌という形態そのものを象徴するような状況。」とは何を意味するのか書いた自分でもよく分からないし第一日本語になっていない。まあメモなのでご容赦いただくとして、おそらく僕がこのメモを記した時期というのは、この詩客への短歌評連載を一年終えて、本腰を入れて短歌について考えてみようという風に思っていたのかもしれない。分からないなりに推測してみると現在の(2020年ごろの)短歌、歌集には、全く別の人格になり切って短歌を作っている特に若い世代の作品を幾つも見かけたので、そういう短歌の限界が、寺山の短歌の中にすでにはっきりと存在していることに関する覚書だったのだと少し思い出してきた。「演技によって私性を隠す。」とは、図らずも岸上が言っている「リズムによって獲得する社会性」(後述)と同義なのだ。岸上が挙げているのはアト・ランダムに上げたとは言っているものの〈私小説的告白ではなくて〉描いてしまった普遍的「われ」=耳ざわりのよい共通感覚(岸上は「普遍的」とのみ記しているがその意図するところは「疑似普遍的」だろう。あるいは「普遍的」という言葉の中にすでに負の意味合いを込めていると考えればやはり岸上自身が書いているように「普遍的」ということばだけで済ますのが適切なのかもしれない)が露出しているものであろう。つまりはもっとはっきり言ってしまえば攻撃目標に他ならない。岸上と僕の選が完全にすれちがっているのは文学または文学者というものに関して岸上と同じスタンスを取る僕(であることが今回初めて理解できた)が、それでも、そういう僕でも受け入れることができるという意味において寺山の中の優れた作品をピックアップしたからに他ならないのだろう。岸上は問題のあるものを、僕は問題の比較的淡いものを選んだわけだからクロスしようがないのである。
 こんなことを書きながら、やはりここには岸上が引用した寺山の歌を挙げておかねばどうにもならないような気がしてきたので以下に作品だけ引用しておく。

   勝ちて獲し少年の日の胡桃のごとく傷つきいるやわが青春は
   そら豆の殻一せいになる夕母につながるわれのソネット
   海を知らぬ少女の前に麦藁帽のわれは両手をひろげていたり
   Businessのごとき告白をきゝながら林檎の幹に背をこすりおり
   青空におのれ奪いてひゞきくる猟銃音も愛に渇くや
   乗馬袴(キロット)に草の絮つけ帰りきし美しき疲れわれは妬めり
   胸病めばわが谷緑ふかからむスケッチブック閉じて眠れど
   ラグビーの頬傷は野で癒ゆるべし自由をすでに怖じぬわれらに
   草にねて恋ふとき空をながれゆく夏美と麦藁帽子と影と
   わが胸を夏蝶ひとつぬけゆくはことばのごとし失いし日の
   わがにがき心のなかにレモン一つ育ちゆくとき世界は昏れて
   わがカヌーさみしからずや幾たびも他人の夢を川ぎしとして
   銅版画の鳥に腐食の時すゝむ母はとぶものみな閉じこめて
   古いノートのなかに地平をとじこめて呼ばわる声に出でてゆくなり

岸上はこれらの歌を〈短歌の「リズム」の駆使と、多様な状況における「われ」の設定とをその特色としている〉がゆえに〈ぼくのこの「寺山修司論」も、この二点において、解明し批判することになるだろう〉ための攻撃目標として論中に引用しているわけである。これらが秀逸歌かあるいは駄作かを僕は今判断することはできないが、少なくとも僕自身は全歌集の中から一首たりとも選ぶことははかったのだ。

         〇     〇     〇      〇      〇

 岸上が歌壇に登場しようとした時、寺山修司はすでに若きスターだった。すでに書いたように岸上はその寺山修司を手厳しくやり込めようとする。リズムによって獲得された寺山修司の社会性を否定し、私小説的な方法ではなく読者の中に普遍的に存在する「われ」を勝ち取ったことを批判すべきだとする。大江健三郎の言う「暗い眼の青年」「明るい眼の青年」のいずれも寺山は書けていないと岸上はいうのである。「暗い眼の青年」「明るい眼の青年」を書くというのは結局のところ次のような意味合いに他ならない。

 歌人がいまの体験を自分の〈傷〉として如何に肉体化しているかであるのだし、その〈傷〉の程度によって、ぼくらはいま本当の火事とニセモノの歌人を見分ける絶好の機会に恵まれているのである。(岸上「ぼくらの戦争体験」)

つまり岸上にとって寺山は〈傷〉の程度の深くないニセモノだということなのだ。「寺山修司論」の中からもっとも分かりやすい部分を探すならばそれは以下の箇所である。

 寺山修司は、短歌リズムの駆使あるいは短歌リズムへの投身によって、「われ」を多様な状況に設定し、つまりは拡大安定期にある日本の国家独占資本主義の現実に呼応・迎合し、「われ」をそこへ拡散し、そこで「われ」を喪失する。そのことが寺山修司のいう社会性なのであり、また「われ」を喪失し、それに呼応迎合することが現代社会でいわれるところの社会性でもあるのだ。このみごとな調和に、ぼくらはもはや批判のことばをもちえない。(「寺山修司論」中盤)

面白い事に「短歌リズム」を「平明さ」に置き換えれば短歌と詩との違いこそあれ、そのままの形で「寺山修司」を「谷川俊太郎」あるいは巷にあふれる「谷川俊太郎もどき」に置き換えることができるということである。岸上のこの図式は慧眼であって、ニセモノの見分け方の基準こそジャンルによっていくらかの違いこそあれ、様々な方面に援用が可能だということである。それだからこそ岸上にとっての文学者の定義というものはこんな形に閉塞せざるを得ない。

 文学者の社会的存在は何らの特権的地位を約束されるものではなく、つまり文学者は文学者として社会的に存在するのではなく、あくまでひとりの人間として存在するのであり、そのひとりの人間の格闘の苦渋のなかから文学を産もうとするのであるから、それは無償の、またそれによって何らの社会変革への貢献もなしえない営為なのである。選ばれるのは、そのことを知っている少数者なのである。(「寺山修司論」最終部)

 この「寺山修司論」は長編の批評だが、岸上大作の短い生涯でそれに次ぐ長さのものが「ぼくのためのノート」だそうである。これは当人によれば、自死の当日、死の決行までの「時間つぶし」として書かれたものである。しかしそれだけに切実で「これは失恋自殺」「僕は恋と革命のために生きなければならなかった」「僕は弱い」「いまここで死ねば、そのまちがいの上に築かれたわずかばかりの作品をぼくは信じて遺しうるのだ」「いまでも、夭折歌人として文学史上に残ることを夢見ている」「生き残った者は強く生きろ!」などの突き刺さるような青くさい言葉が散見する。中でも自身の言うぼくは何て、センチメンタリストなんだろう。」という言葉には素直に共感することができる。
 先に岸上の文学者観に「閉塞」と書いたのはそれは批判的意図ではない。むしろ僕はその正当を高く評価する。北村透谷いうところの「空の空を撃つ」という文学観の極北である。しかし世間の評価はそうではなく、岸上のような捉え方は「負け犬の遠吠え」のようなイメージを持たされることになる。その意味で「閉塞」と書いたに過ぎない。その「負け犬」にとって、世間への復讐がなされるとすれば―それはすなわち寺山修司と同等あるいはそれ以上の「文学史的意義を与えられる」ことなのだが―その方法はたった一つ。私を貫き短歌と心中するという体当たり的な手法を以て「夭折歌人として文学史上に残る」しかなかったのだ。岸上大作、希代の「センチメンタル歌人」である。

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 国家と個との間をアンバランスに揺れ動いた気弱な骨太歌人・岸上大作について触れたあと、僕自身の短歌観を述べるのは不思議な気持ちだ。なぜそんなことをしようと思ったか。それは岸上が「短歌は抒情詩である」と言っているからである。もっとも岸上は「〈短歌は抒情詩である〉と今の御時世にヌケヌケと言いうる者は余程の時代錯誤に陥っているのだと決めつけられてしまうような気がする。」(「ぼくらの戦争体験」)と引け腰ではある。だが僕は、全くストレートに言うのである。
 僕自身の作る詩(短歌ではなく、詩)は、抒情詩ではない。むしろ抒情を排する方向である。20代の時ほど過激に抒情を憎むわけではないが、少なくとも心情吐露系の詩を作るのはご免である。しかし心情を吐露することが無意味だと思っているわけでもない。切ないシーンなどに触れると―例えば漫画などでそういうシーンを読むと-貰い泣きしないまでも「ああいいねえ」とキュン💛としたりしないでもない。詩の中から徹底してそういうものを追放しているが故に、却ってそういう要素の重要性は意識している。ただ僕はそれを詩の中で展開する気持ちにはなれないでいる。そのための受け皿として短歌がここに登場する。詩では抒情を否定する僕が短歌では極端に抒情する。その意味で僕にとって短歌はただ単に「抒情」であるだけではなく、詩によって否定されている抒情を含み込む、言ってみれば「二重の抒情」に他ならないのだ。
 僕の短歌はべたべたである。抒情で溢れている。先日俳句のわたなべじゅんこに歌集の原稿を見せたら「(平居さんの)短歌は全体に甘めですね」と言われてしまった。しかしそれは狙い通りなのである。明るくうら寂れた僕の詩の風景に安っぽい抒情は不要である。というより僕の描き出す風景自体が既に安っぽい抒情である。そのため心情を描き出す必要すら感じない。その余力或いは補完を短歌がなすという構造が必然となる。
 日常の中のふとした「感」覚や「感」傷を言葉にする技術はといえば平成の時期に異常なほどにまで発達していた。その点においてはこの2年間僕が連載を続けてきた中で扱った何冊かの歌集を読むだけでも明らかなことだった。短歌という型の憑き物が落ちて、みんな自由に書いてるな。そんな微笑ましい光景すらそこにあるような気もした。ちなみに僕がこの時評で取り上げた歌集や短歌についての本は、藪内亮輔『海蛇と珊瑚』・笹井宏之『えーえんとくちから』・千種創一『砂丘律』・柴田葵『母の愛、僕のラブ』ねむらない樹別冊『現代短歌のニューウェーヴとは何か』佐佐木定綱『月を食う』仲西森奈『起こさないでください』千種創一『千夜曳獏』笹公人『念力レストラン』萩原慎一郎『滑走路』である。演技性過剰なものもあったが、日常感覚は極めて高い感度で表現されているものが多く僕自身そこから学ぶべきことは限りなく大きかった。「感」情を書くならばやはり短歌だ。しかし現代短歌の最大の欠点は日常生活の「感」にのみ注意を払っているように思われるという一点である。現在は岸上の頃と異なり国家への言及を核に据える時代ではないかもしれない。それにしてもその国家観に匹敵する中心がなさすぎて揺らいでいる。もっとも他人の批判など書いている場合ではない。話を自分自身の短歌に戻す。僕の短歌も現在のものたちと同様に甘い。それはわたなべじゅんこが言う通りだ。とはいえ僕の短歌に理想がないわけではない。僕の短歌の針は天上を向いている。風俗嬢に憧れる基督の再臨である。僕が何十年経って読んでも岸上大作に衝撃を受けるのは僕自身同じくアンバランスな枠組みの中で生きているからに他ならないからだろう。天才は天才を知る。僕は岸上大作を読む。岸上の「国家」の代わりに何を歌うべき時代であるのかを自分自身の中に刻み込むためにもう一度岸上大作の中を探す。むろん答は初めから分かっていて、それは「神」に他ならないのだが、その神を取り囲み言葉で撃つ方法へのヒントを改めて岸上の歌の中に探すのである。
 自分にとっての短歌の意義を書いたついでに俳句・川柳についても書いておこう。というのも僕は今、「短詩系文藝四重奏(カルテット)」という一人キャンペーンを鋭意展開中である。それはもちろんこのサイト「詩客」の森川雅美の影響にほかならない。森川は周知のように詩歌トライアスロンを長年推進中だ。僕は、作品中でそれらをごっちゃまぜにするに忍びない気がして(なんせ純情初心なもので)、単体で全部やろうとしている。けれどもジャンルの垣根を超えようという気持ちは同じだと思うんだな。で、僕にとって俳句の位置づけの話に戻すと、これは詩と短歌との関りと全然違っている。僕の詩の頂点に俳句があるという感じだ。詩はものすごく雑多で言葉数も多い。しばらく前に「雑居性の美学」と題する自分自身の詩に関する詩論を書いたことがあったが、まさに僕の詩は「雑居」に他ならないわけだ。しかし俳句はその性格上、極限に結晶させた僕の詩だ。表現三角形の頂点から五分の1あたりあたりの所までを占める小さな△(三角形)がある。それを他の人が俳句と呼んでいるに過ぎない。もっとも、僕も僕でサーヴィスとして、それが「俳句ですよー」と分かるように、丁寧に歳時記を読んで季語をお供えしたりはしてやるのだが。
 僕は俳句を書く時、季語を外すことはない。「季語は絶対外さない」という僕の俳句の在り方は、反射面として僕の自由さを現わすことになる。僕にとって短歌の抒情に2重性があるのと同様、僕の俳句の在り方にも2重性が存在している。
 詩を長く書き続けてきた後、ある時僕は空手を習い始めた。それは詩の世界とはおおよそ正反対の世界だった。師匠から教わる型を勝手に変えるなどということはあり得ない。一寸たりとも変わらぬ角度で師匠の教えたままを完全に習得するのである。そして意外なことにそれは楽しかった。詩の自由とは異なる宇宙があった。オリジナルというものがあるとすれば、それは鍛錬を極めた先に生まれてくるのだろう。俳句にも同じようなものを感じた。それで僕は季語を必ず使うという原則を守ることにした。自由にやりたいのなら、他のジャンルにゆけ。僕は思う。先に俳句は僕の詩の結晶部分であると書いたが一方では僕の詩にない「型」への憧憬を満たすものでもある。短歌と僕との関係とはまた異なる意味での2重性がここに存在している。
 川柳は僕にとって最下位だ。最下位というのは誤解される言葉だと思うが、一瞬誤解させるために言ってみてるのだから誤解されても仕方あるまい。僕の川柳の先生は湊圭史であってそれ以外の誰でもないし、誰の川柳も知らないで書いた。時実新子くらいはずっと遠い昔に読んだ覚えがあるが、何か感じた記憶はない。ある時湊が詩の合評会に提出した俳句を読んで、とても面白いと思った。彼はそれを現代川柳と呼んでいたので、なるほどそういうものかと思ったくらいだった。それで僕はそれを真似て一年間、「俳句CHIPS」と称する作品を書きまくった。それを合評会ごとに提出した。自分で選んだ秀作は太字にして示したりした。湊は「平居さんが自分で選ぶのはどれも全然だめ」と毎回言い続けた。教育者としてとても正しい男だと思った。最近『はじめまして現代川柳』という本を読んで世の中にはこんなにも多くうの意味不明かつ愉快な言葉たちが存在していたのだと知った次第である。そんな中においても湊の作品は特別な輝きを放っていた。
 今、最下位と書いたが、それはどういう意味かと言えば「地べた」という感覚のことだ。地べたを蟲が這うように川柳はある。そういう意味で言うのであって、レベルが低いという意味の最下位では勿論ない。目線の高さが詩・短歌・俳句に比して一番地面に近いという意味なのである。
 ちなみに僕は川柳という言葉がキライだ。なんか泥鰌鍋みたいな響きがある。サラリーマン川柳とかも面白くない。狙いすぎると面白くない。狙いすぎていいのは芸人のコントだけだ。芸人のコントの場合「狙いすぎてませんよ~」的に、素を装って芸をされると白けてしまう。堂々と狙ってなおかつ的を外さずやるのがプロというものだろう。しかし、文学はプロではない。文学者というのは精神的態度のことであって職業名を指すのではない。文學を愛し文学の視線で考えることの出来る人間のことだ。岸上大作流に言えば「ひとりの人間として存在する」に過ぎないものでありながらなおかつ「選ばれる」であり「少数者」である存在なのだ。僕の俳句は天上のみを指し示す。ちなみに湊は決して狙ったような下らない句を作ることはしない。その点が感服するところである。
 昔の芸人たちは「女遊びは芸の肥やし」とか言ったらしいが、僕にとっては短歌・俳句・川柳は詩の肥やしに過ぎない。などとは口が裂けても言いたくはない。肥しという言葉が穢な過ぎる。その意図するところをもう少し美しい言葉で言えば、「詩論という名の補助線」のことだ。僕の短歌・俳句・川柳を読むことで、僕の詩の位置づけが明確になる。僕にとって短歌は天上を指し示しつつ地上の女に恋をする。俳句は岩塩であり川柳は地を這う蟲だ。そしてそのあだ花の間から、僕の詩がにょきにょきと姿を今日もあらわしてくる。

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 2年間の連載、お読みいただいてありがとう。僕の「短歌時評」はこれでおしまいです。何よりも近代詩に関する以外ほとんど批評を書いたことのなかった僕に、まずは現代詩時評を書かせ、そのノリで全く知らない短歌の世界の批評を書く機会を作ってくれた森川雅美に深く感謝の言葉を述べておきたいと思う。それによって僕の歌集『星屑東京抄』も生まれることになった。文学史上もっと面白い出来事もこれからいくつも起こってゆくだろう。いや、僕が起こしてゆくよ。期待してくれ。さようなら。いつか、どこかで。

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短歌時評165回 在り続けている側から 大松 達知

2021-02-19 00:01:15 | 短歌時評

 昨年11月にさかのぼる。「ビッグイシュー」(vol. 394)の特集に〈短歌〉が組まれた。
 タイトルは「いよいよ、短歌」。
 この「○○○○、短歌」の空欄に言葉を入れて短歌に縁のない人に訴えかけようとするとき、何を入れるだろうか。(そういう教員的思考がすこし嫌だけれど。)

 いまなら短歌・いまさら短歌・そろそろ短歌・ようやく短歌・やっぱり短歌。
 と考えてみると、「いよいよ、短歌」は(読点の入れ方を含めて)、無責任ふうに、いよいよ短歌の出番ですよ、とささやくような絶妙のところを突いていてセンスがよい。

 ちなみに、「ビッグイシュー」(The BIG ISSUE) は、大きな駅の近くで赤いキャップと赤いベストの人(多くは中年男性という印象)が、片腕を上に大きく伸ばして雑誌サンプルを提示している、あれ。
https://www.bigissue.jp/about/
 450円(税込)のページ数としてはやや割高な感じがするけれど、カラー誌でもあるし、時期を得た、いわゆる「意識高い系」の記事がある、という印象。
 その中に短歌が入ったのはうれしいこと。

 山田航、井上法子、木下龍也、が2ページずつ「エッセイ」を書いている。
 80年台生まれ以降の歌人、というしぼられたテーマ設定も、総花的な現代短歌紹介にしないためにも良かったと思う。
 3人が(おそらく依頼に従って)短歌との出会いから書きおこし、自作の紹介・解説、80年代以降生まれの作者と作品の紹介、という構成。

 物語に興味がなく、文学に関心が薄かったと言う山田は、

短歌は五七五七七という共通のリズムに言葉をはめるのでまるで作詞のようだったし、何より同じルールにさえ従えばキャリア関係なくみんな同じ土俵で扱われるというゲーム性が魅力的だった。平等なコミュニケーションの土台、それが短歌だった。

と言う。これ、わかる。
 筆者自身のことも言えば、短歌をこれまで続けてきたのもこういう感覚あってこそ、だった。1990年に入会した「コスモス」短歌会も、そのあとに参加した「コスモス」内同人誌「棧橋」も同年代の仲間はほとんどいなかった。しかし、90歳の男性とも50歳の女性とも上下関係も職業も地域差も取り込みながらも、短歌だけに集中して話ができた。そのフラットさ、潔さみたいなものは、おそらく他の分野にもあるはずだが、その世界に入らないと、合う合わないがわからないだろう。

 3人の中では特に、井上法子のエッセイに目をみひらかされた。実は筆者は、井上の歌集『永遠でないほうの火』の良さがわからないままでいた。それは三十代以下の他の作者の歌にも一部共通するわからなさであった。
 井上は、

ほんの少し前まで、短歌は、作者イコール作中の主人公という私小説ふうの、暗黙の読みのルールが設定されていた(じつは今も、在り続けている)と言われている。わたしにとっての短歌のルールはその逆で、〈私〉を介入させないことにある。
 〈私〉を、つまりわたしにまつわるなまなことがらを決して詠わないこと。経験や体験をどこまでも、愛着や諦念が澄んで透明になるまで濾過させてゆき、むこうがわから溢れてくるのを待つ。じっとりと、わたしではない、という、すべてのあなたがちりばめられるようになるまで。大切なのは〈非・私わたしでない〉という個別性を強調するところではなく、かぎりのない、という状態を光らせることだ。だから、わたしにとって短歌は、言葉をつかわすことでさまざまな世界を引き寄せることのできる、透きとおった水べのようなもの。

と書いている。これならわかる。井上作品をこのルールで読み直せばいいのだろうと、わかる。
 ただ、「在り続けている」側のルールを良しとして歌と関わり始め、いまでも歌を作っている大多数の(たぶん)歌人からすると、このルールは不可解だろう。結社の歌を読んだり、一般の短歌大会の選をしたりすると、もっと素朴に短歌の中に自分を書き込むことを第一としている人がほとんどであると知ることになる。垂れ流している、と批判されることもあるかもしれない。だが、純度が高い作品を目指しすぎると量産できない苦しさがあるかもしれない。あるいは、自己模倣から逃れにくくなるのかもしれない。いや、そう思ってしまう大多数は、時代の変化に付いてゆけていないゆけていないのかもれない。

 筆者は歌を読むとき、いや、「歌を読む」ではなく「歌を歌集単位で読むとき」には、その歌たちから作者の人間像がどう立ち上がってくるか、作者の顔がはっきりと見えるか、作者ならではの生活の泥臭さがいかに強く濃く匂ってくるか、などを評価の大きな基準としてきた。前衛短歌のあと、のんびりと。だから、せっかく歌集を読んだのにこの人は何をやっている人かわからないねえ、というネガティブなコメントをしたりする。そんな基準では井上の歌集はまったく読めないのだ。

 もちろん、一首一首や10首程度のまとまりでは「言葉」の巧拙や純度を基に評価するのだし、井上作品の純度の高さはよくわかる。
 これは、読み人知らず的な一首の読みと数年の蓄積である歌集の読み、あるいは歌業全体に対する把握、のような問題とリンクしてゆくのかもしれない。

 さて、この「ビッグイシュー」(vol. 394)の編集後記には、おそらく編集長の水越洋子さんが、山上憶良、若山牧水、寺山修司の歌を挙げて、「10代の頃、ノートに書き留めていた歌だ。今、”口語短歌”をそっと口ずさみたい。」と書いている。寺山修司は〈私〉の介入のさせ方に一周回った虚構性があった。今、ノートに書かれるのは例えば穂村弘だろうか笹井宏之だろうか。「在り続けている」側の大衆性は数としては圧倒的だろうけれど、そうでない方向の大衆性がどれほどの作者・読者を獲得してゆくのか、それが果たしてサステイナブルなのか。時代の変化を楽しんでゆきたい。

 あと、細かいことだが、引用元の書き方が短歌雑誌風でないのもおもしろかった。
 (短歌雑誌では、「作品A+歌集名・作者名、作品B、作品C」との順に記すところが、ビッグイシューでは、「作品A、作品B、作品C+歌集名・作者名」となっていた。どちらにも合理性はあるのだけれど、ビッグイシュー流のが分かりやすそうだ。)

 とにかく、ホームレスのひとたちの手から「ビッグイシュー」買おうとする人たちに、新しい短歌の姿が紹介されたのはうれしいことである。
https://www.bigissue.jp/backnumber/394/
 バックナンバーの購入も容易なようだ。
 街角で赤いベストの販売員さんも、バックナンバーをお持ちのようです。

 

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 さて、そういう井上の言葉を思いながら、黒瀬珂瀾『ひかりの針がうたふ』(書肆侃侃房)を読んだ。「うた新聞」3月号の「短歌想望」でも触れたけれど。
 
 黒瀬の前歌集『蓮喰ひ人の日記』は、2011年2月にアイルランドを経てロンドンに居住した13カ月間の記録だった。妻の研究に付き添っての滞英生活。その7月には長女が誕生している。まさに、〈私〉と家族が前面に出ていた。そこに読みどころがあった。
 黒瀬は第一歌集『黒輝宮』では、例えば、

  地下街を廃神殿と思ふまでにアポロの髪をけぶらせて来ぬ 
  咲き終へし薔薇のごとくに青年が汗ばむ胸をさらすを見たり

 のような耽美的な作風だった。それが、次の『空庭』ではもっと具体的な現実とのつながりが濃くなっていった。そして、『蓮喰ひ人の日記』を経て、この『ひかりの針がうたふ』では、ひとり娘を世話する父として、また博多湾の水質調査をする船に乗り込む身として、の自分の立場があり、迫力があった。『黒輝宮』のポーズの取り方と、もう青年ではないひとりの男性としての現実とが、うまい具合に絡み合っているようだった。デビュー当時から知るものにとってが、いわゆるゲインロス効果(俗にいうギャップ萌え)の作用もあろうか。(タイトルの変遷が分かり安すぎるほどだ。)

 娘との生活の中から遠慮なく引用すれば、(冒頭の数字はページ番号)


012  父われの胸乳むなぢをひたに捻りゐる娘よ黄砂ふる夜が来る  『ひかりの針がうたふ』
033  麦茶呑みくだしてかあ、と息をつく乳児よ人となれ少しづつ
033  智慧の実を日々齧りゆく一歳はおむつパックを抱へくるなり
044  熱の児が眠りゆきつつしがみつくわれはいかなる渡海の筏
067  白湯のみて「おちやおいしー」と児は言へり育つらむ児は騙されながら
079  人様に糞便見せて褒めらるる稀少の時をまろまろとゐよ
079  やねのむかういつちやつたね、と手を振る児よ父には飛行機ぶーんはまだ見えてゐて
094  けふひとひまた死なしめず寝かしつけ成人までは六千五百夜
096  あるかうする、と言ひ張りてわが手を払ふ児は纏ひたり小さき風を

 などがいいと思った。具体的シーンを述べ、そこに考察を挟むパターンが多い。黄砂、人となれ、智慧の実、渡海の筏、騙されながら、まろまろとゐよ、小さき風。ポエティックでありながら言葉が先走っていない印象。さきほどの井上の言葉の、〈私〉を介入させない、とは真逆だ。私(と家族)を中心にする行き方であるけれど、じゅうぶんに「経験や体験をどこまでも、愛着や諦念が澄んで透明になるまで濾過させてゆき、むこうがわから溢れてくるのを待つ。」(井上)ことに成功していると思う。
 歌はとうぜんなのだけれど、ひと通りではない。

 また、原発事故の後処理に携わった歌も、臨場感があった。石巻市の瓦礫を受け入れた北九州市で働いたことがあったのか。はっきりとは記されていないが。

035  線量を見むと瓦礫を崩すとき泥に染まりしキティ落ち来ぬ
041  冬ざれの甘木の森に樹は倒れわがたまを刈る音かと思う
042  塵芥ごみ山を掘るは心を掘るに似て分解熱にぬるき湧水

 一首目の「キティ」には、そのぬいぐるみ(たぶん)を抱いていた子供の運命を遠く思う歌。二首目は魂が刈られるという把握が斬新。三首目。ゴミの山が持つ熱のリアルさがある。こういう思い内容に文語がまだまだ有効なことも思う。

 また、次の歌は被災地で除染作業をしたものと読み取れる。

053  水洗ひされたる家にしたたれる水に言葉は湿りゆくのみ
056  行き交へるバスどのバスも服青き男ひしめき1Fへゆく
058  先客の名を隠しつつ鉛筆を吾に渡せりスクリーニング受付

 一首目は、現実の巨大な圧力を前にして、言葉の切っ先が鈍る。言葉の存在のはかなさすら感じた瞬間かもしれない。二首目。東京ではあまり報道されなくなってしまったけれど、このシーンは続いているのだろう。三首目。名前を隠す必要がある、という事実の異様さだろう。どれも事実性を一首の中心に据えながら、独自の「短歌的」視点でルポルタージュのように切り取る。
 博多湾の水質調査を題材にいた歌もいいが省略。 

 これを挙げ忘れた。
 
122  パパゴリラごりらをどりを披露せりママゴリラまだ恥ぢらひのある

 先日、社会学者で作家でもある岸政彦さんのツイートに、友人に「岸さんの声で再生されるから」岸さんの小説は読めない、と言われたとあった。短歌の世界はその逆で作者を知れば知るほど、(幸運にも)声や表情を知れば知るほど作品に入りやすくなることはあろう。岡井隆の口吻は、岡井隆の歌をさらによく響かせるだろう。
 ということを考えると、黒いロングコートを着こなしていた真顔の黒瀬さんを知っていると、この歌がとてもとても愛おしくなるのだ。いつか、眼鏡を娘さんに踏まれたと言って、そのレンズ部分とブリッジをセロテープで留めていた黒瀬さんを思い出しました。


*               *          *


 今回、「八雁」2021年1月号、「短歌とジェンダー 何が問題なのか」についても触れたかったが、なかなか手強いテーマであり考えがまとまらない。いずれ。
 これで1年間4回の執筆は終了。来年度も継続させていただきます。

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