「詩客」短歌時評

隔週で「詩客」短歌時評を掲載します。

短歌時評 第119回 フラワーしげるの短歌はどのように短歌なのか 田丸 まひる

2015-12-28 16:21:50 | 短歌時評
 フラワーしげるの『ビットとデシベル』(現代歌人シリーズ5/書肆侃侃房)は、2015年に出た魅力ある歌集のうちの一つだろう。緻密な写生、思考の明晰さ、大胆な破調だがリズムよく収まっている言葉の配置などに触れていると、フラワーしげるのもう一つの名義である西崎憲の『世界の果ての庭』『飛行士と東京の雨の森』などの優れた小説を読んでいる時と同じような心地がする。
 しかし、フラワーしげるの短歌は、西崎憲の小説には似ていても、他の歌人の短歌とは似ていない。勢いよくのびていくこの破調は、本当に短歌なのか。(そもそも短歌の定義って何だろう。五七五七七の定型を基本にしていれば短歌なのかという問いもあるが)フラワーしげるの短歌はどのように短歌なのか。いくつかの側面から考えてみたい。

 「短歌研究」2009年9月号では、第五十二回短歌研究新人賞の候補作として、フラワーしげる「ビットとデシベル」が取り上げられている。

 工場長はきびしい言葉で叱責し ぼくらは静かに未来の文字を運んだ
 小さなものを売る仕事がしたかった彼女は小さなものを売る仕事につき、それは宝石ではなく
 振りかえると紙面のような人たちがとり囲み折れているところ破れているところ


 この時の選考座談会では、穂村弘と加藤治郎が韻律についてそれぞれ言及している点が印象的だった。
 穂村「読んでいると短歌の韻律のある延長線上で読めるので興奮みたいなものを僕は覚えたんですけど、そのやり方として一つは、似たフレーズを繰り返すことで、五七五七七に相当している句の中に収納できるサイズ、量というか、情報量を増やすというのがあると思うんです。」(ただし「それが完璧に機能しているのかというとちょっと自信が持てない」と続いている)
 加藤「大正から昭和にかけての石原純、前田夕暮のころは、自分の生活感情を忠実に表現したいというモチーフで歌ったんですね。でも、この人は、はなから自分の生活感情を表現しようということなど思ってないところが、今までの口語自由律と違うところかと思います。」「非定型の問題、自由律の問題はまだ決着がついていないんだ、短歌でないよとするにはまだ問題を孕んでいる、もう一度考えてみたいと一票を投じたんです

 前田夕暮の「自然がずんずん體のなかを通過する――山、山、山」「俺はここにゐるここに飢えてゐると、ポケットの中で凍てついた 手がいふ」などの歌の韻律の伸びやかさ、情報量を絞ったことによる風通しの良さに比べて、フラワーしげるの歌には時に過剰とも言えるほどの情報が搭載されているが、韻律においては計算された抑制があるのではないかと今のところ考えている。また、モチーフにおいても、加藤の指摘するように、フラワーの詠っている内容は自身の感情などではなく、まるで小説のようである。この点は、翌年の「短歌研究」 2010年9月号で最終選考通過作品として、「世界の終わりとそのとなりの社員食堂」が取り上げられた際にも議論に上がっている。

 ずっと片手でしていたことをこれからは両手ですることにした夏のはじまる日
 小さく速いものが落ちてきてボールとなり運動場とそのまわりが夏だった
 ぼくらはシステムの血の子供で誤字だらけの辞令を持って西のグーグルを焼き払った

(この歌は歌集収録時には「ぼくらはシステムの血の子供 誤字だらけの辞令を持って西のグーグルを焼きはらう」と現在形になり、よりシャープな形に改作されている)

 この年の選考座談会における応酬は、フラワーの短歌と、散文や小説との違いを見出そうとしている部分が興味深い。前年度はフラワーの作品を短歌の韻律の延長線上で読めると述べていた穂村弘が、この年は、フラワーの短歌が定型を意識していることを示しつつも「定型にすると何か消え去るものがあるような気が」すると指摘している。
 穂村「この人の世界と感じさせるものは結局散文性ではないのかと思えてしまいました」「やはりこれは散文で、そこに詩的な資産を投入したのかなと見えてしまう。逆には読めなかったんです。つまりこれは短歌で、そこに散文的資産が投入されているんだというふうには見えなくて、これをぱっといきなり見せられたらすごいポエティックな散文だと思ってしまうのではないかな。」「短い小説のように見えてしまう
 この指摘に反論しているのが加藤治郎である。
 加藤「散文性ということでいえば小説の中の一行ではけっしてないんですよね。これがもう全体で、これ以外のものは一切、前にも後ろにもない。」「百枚ぐらいの原稿を一行に凝縮した形がこれなので、散文性はあるけれどもやはり散文ではない。

 穂村の指摘は鋭いが、フラワーしげるの短歌は本当に小説だろうか。とはいえ、加藤の述べる〈百枚ぐらいの原稿を一行に凝縮した形がこれ〉についても検討の余地があると考える。フラワーの短歌の凝縮を融解させると、小説として読むことはできるだろうか。
 例えば超短篇小説なら、飯田茂実の『一文物語集』(e本の本)(『世界は蜜でみたされる―一行物語集』(水声社)の改訂版)があげられる。

 世界のすべての人びとを愛するために、彼女は電話帳を開き、ひとりひとりの名前を精魂こめて覚え始めた。
飯田茂実『一文物語集』


 その生き物は闇をこねて造るしかなく、朝が来るといつも未完成のまま溶け消えてしまう。
(同前)


 家族・知人ばかりでなく新聞配達人さえもふっつりと訪ねてこなくなり、彼女は埃の溜まった廊下に張った薄紫の繭の中で、数箇月前の新聞を何度も読み返している。
(同前)


 飯田作品は一文で物語として完結している。もちろん物語なので最後に結論があるわけではなく、余韻を残したまま閉じているものが多い。他方、フラワーしげるの短歌はどうか。

 あの舗道の敷石の右から八つ目の下を掘りかえすときみが忘れたものが全部入っていて、で、その隣が江戸時代だ
 どうしているのだ、甲羅は白く、複眼は暗く、蹄は割れて、燃やせば切ないものたちよ

 これらの歌に物語としての完結はなく、読者が補って読む余地が飯田の物語に比べて広い。これは凝縮というより、小説だとしてもその抽出ではないだろうか。そして、抽出された小説はもはや小説ではなく、背負える情報量(フラワー作品の情報量は他の歌人の短歌より多いが)や内容からしてもやはり短歌なのではないだろうか。もちろん、読者が補って読む余地のあるものが短歌である、という定義はない。しかし、一首の歌に搭載できる情景や思考は限られており、限られているがゆえに魅力があることもある、というのは言い過ぎだろうか。(この点からは、2009年の選考座談会で穂村が指摘した「情報量を増やす」には限界があると思われる。)

 前述したような韻律と内容については、同人誌『率』創刊号においてゲストとして呼ばれたフラワーしげるが自作への評論「時間と空間の歌学」を寄せている。そこではフラワーは、内容においては〈(近代および現代短歌に認められるような)リアリズム以前の呪詞的要素の濃い短歌を作って〉おり、韻律においては〈ほぼ自由である。したがって記憶するのは簡単ではない。〉と自身の短歌を評している。これはフラワーの言う通り〈多くの作者、そして近代短歌からの流れとは逆行する〉作り方だろう。ただし韻律においては〈一見散文に見えるが、繰り返しや音数によって、明らかに操作がされている。〉と述べられており、それは前出の座談会における穂村弘や、東郷雄二の橄欖追放のページ「第109回 フラワーしげる」にもおいても指摘されている。あくまでフラワーしげるの短歌は、短歌だろう。そして、短歌としての韻律が維持されているがゆえにフラワーしげるの短歌はリズムに乗って読むことができ、個人的にはフラワーの主張とは少し違って、記憶することは実際にはそれほど難しくないと考えている。フラワーしげるの短歌は彼自身の述べるように〈韻律においては呪詞から離れようとしている〉、つまり「離れている」のではなく「離れようとしている」状態なのではないだろうか。今後、フラワーしげるの第二歌集が出るとすれば、それは『ビットとデシベル』の世界がさらに革命された後の世界で、韻律において「呪詞から離れている」短歌が飛び出してくるのかもしれない。

 また、韻律に関係して、フラワーの短歌の長さについても述べるつもりであったが、これに関しては、かばんの久真八志が「数値でみるビットとデシベル~フラワーしげるの短歌は長いのか?」というレポートで優れた解析を行っているのでそちらを参照していただきたい。久真は〈フラワーしげるの短歌について、他の短歌の取りえる範囲よりも、文節数・語 数・字数・音数において長い作品が多い。「フラワーしげるの短歌は長い」という説はこの点では実態を正しく述べている。しかし他の短歌の取りえる範囲よりも短い作品があるため、この点では単純に長いとはいえない。〉と結論づけている。

 文体についての指摘もある。『誰にもわからない短歌入門』(稀風社)において三上春海は「おれか おれはおまえの存在しない弟だ ルルとパブロンでできた獣だ」「ホームに立っていると指先の分かれた少年がきてこの町では誰も短歌を知らないという」などの歌をあげて〈ここにあるのはこれらの「怪異」を何かの比喩や寓話としてではなく、それ自体として一元的に描こうとする態度だろう。この態度はある意味で写実主義のそれに非常に近い。〉と述べている。それに呼応して鈴木ちはねが〈かれの作品の異様さは着想の特異さや暴力性、大胆な破調などにあるのではなく、かれの文体それ自体から来るものであるとわかる。〉〈かれの記述(あえてそう称する)はただひたすらに等速、単線的であって、そこにはもはや原思考への憧憬、身体への郷愁というのは無い。〉と論じている。
 「一元的」「写実主義」「等速、単線的」という指摘はその通りだろう。怪異を扱った歌でなくても「近寄ってみると白く短い線は二本の煙草でそれが風に転がっている」などは丁寧な写実の歌であり、比喩に頼ってイメージを多元化させることを徹底的に排斥しているようである。

 もちろんすべてが写実に寄った歌なわけではなく、うつくしい比喩の歌もあり、それらを抜きにして語ることはできないが。

 海にすてる手紙をもつようにウエイターはコーヒーを下げていきぬ
 夜の駅に溶けるように降りていき二十一世紀の冷蔵庫の名前を見ている
 これからは生活をしなくてはいけない日傘のなかで日傘をたたむ


 さて、少しだけ内容の話に戻ると、フラワーしげるから「暴力」を抜いて語ることはできないだろうとも思う。あえて言えば、それは写実的に描かれる暴力である。暴力はただそこに存在しており、暴力に対しての情感や評価はない。行為の行われる瞬間においては純粋な、何も背負わされていない、まるで生物の本質のような暴力である。しかし、フラワーの作品に暴力が出てくるとき、そこには何かが這い上がってくるような鬱屈した心持ちが散見される。行為自体は写実的で淡々としているが、背後にあるのはきっかけのない暴力性ではなく、抑圧を基盤とした感情の動きではないだろうか。この点を、他の歌人の暴力性のある歌と比較してみることも面白いと思う。

 足萎えの敵を撃ちころして顔をあげれば虎のように晴れた空
 じゃあ、成功した友人を憎んで失脚させたいと思ったことのある人は用紙に○をしてください
 丁寧に暮らしている中年の女をすごく好きになって背後から性器をねじこむ


 ただ、性的な暴力(性器をねじこむなど)については、後述のような歌でバランスが取られていて、その意味はなんだろうと考えている。可愛げ、ではなく、情けないような印象の歌も写実的だが、この意味を考えるのも興味深い。

 おまえはあたしを送るだけでいいんだよ終電がないから感謝しろなんてぐちゃぐちゃ言うんじゃねえよとかたぶん思われている
 呼吸の荒い女の上で性器があまり固くならないことを嘆いている夏のはじめ
 比喩でなくおれのあそこは小物でしかし普段はあまり差しつかえなく


 以上、フラワーしげるの短歌について、韻律、散文や小説との違い、内容や文体について検討してきた。まとまりのない文章で申し訳ないが、フラワー作品の読みの何らかの手掛かりの一つになれば幸いである。

 最後に、余談だが、フラワーしげるの短歌は声に出して読むと面白い。

 小さなものを売る仕事がしたかった彼女は小さなものを売る仕事につき、それは宝石ではなく

 繰り返される「小さなものを売る仕事」を最初は速く、次にゆっくりと読んでみる。「それは宝石ではなく」では少しトーンを下げてみる。「彼女」の過去の希望は現実へと融解される。私見で恐縮だが、この短歌の魅力をいかに伝えようか考えると、決して平坦なリズムでは読めない。朗読のリズムを考えることを楽しませてくれること自体もフラワー作品の魅力だろうと思っている。
 東郷雄二の橄欖追放のページ「第167回 フラワーしげる『ビットとデシベル』」にも、〈フラワーしげるのやたら長い短歌は舞台での朗読に向いているのではないだろうか。近代短歌の31音の韻律に縛られないフラワーしげるの短歌を、緩急・強弱のリズムを付けて朗読したら、紙の上で読んでいるときとはまたちがったボエジーが生まれるような気がする。また緩急を付けることによって、ひょっとしたらふつうに朗読した場合の31音の尺になんとか収まるかもしれないなどと考えたりもするのである。〉とあり、強く同意する。

 以下、声に出して読みたいフラワーしげるの短歌をいくつかあげて本稿を終わりにしたい。

 生まれた時に奪われた音階のひとつを取りもどす涼しく美しいキッチン
 きみが生まれた町の隣の駅の不動産屋の看板の裏に愛の印を書いておいた 見てくれ
 星に自分の名前がつくのと病気に自分の名前がつくのとどっちがいいと恋人がきいてきて 冬の海だ
 きみが十一月だったのか、そういうと、十一月は少しわらった
 夜の駅に溶けるように降りていき二十一世紀の冷蔵庫の名前を見ている



#略歴
田丸まひる(たまるまひる)
1983年徳島県生まれ。未来短歌会所属。「七曜」同人。歌集『晴れのち神様』(2004年booknest)『硝子のボレット』(2014年書肆侃侃房)
コメント

短歌評 たんかの 依光 陽子 

2015-12-28 15:03:36 | 短歌時評
 ようやく五七五七七での眼の息継ぎがうまく出来るようになってきたので、なればとびきり活きのいい短歌に触れたいと狙っていた文学フリマも、明け方の雨にあっさり断念。しかし結局のところ何が「新」かなどわかるはずもなく、要するに自分にとって目新しければ、いいものを読ませていただいた、と有難く頭を下げることにして短歌評の任務を終えたい。

気づかないうちにせかいはくれてゆく歯医者の目立つ駅前通り   杜崎アオ
帰れると思ってしまうしんしんと折りかさなってさびる自転車  

 単色で気づかぬまま移ろう世界が好きだ。普段気にとめることのない歯科医院の閑けさ。この歯医者が映画冒頭の何気ないワンカットのように何か不気味な暗示と思えるのは「せかい」という平仮名ゆえだろう。流れの中の杭のように、周りだけが動いていて自分は立ち竦んでいるような、この無機質な感覚が好きだ。たとえ帰る場所などなくて錆びていく自転車だとしても。

雨音ももう届かない川底にいまも開いてゐる傘がある   飯田彩乃
ずがいこつおもたいひるに内耳に窓にゆきふるさらさらと鳴る   野口あや子
水仙と盗聴、わたしが傾くとわたしを巡るわずかなる水   服部真里子

 飯田の歌は、本来ならば音を立てるはずの傘が、開いても音を得られぬ川底の無音世界を見せる道化。野口の歌は、ずがいこつが重たいと感じる昼、可笑しな形の内耳がふと意識される。「内耳に」「窓に」雪が「ふる」「さらさらと鳴る」のだ。まず「内耳」に雪は降り、次に「窓に」さらさらと鳴り、そして「内耳」が「さらさら」という音を摑む。雪のつめたさは、アンドロイドの膚のつめたさだ。服部の歌は拡声器に似た水仙の形状と、耳をそばだてなければ声をキャッチできない盗聴という行為の並列。水仙の声なき声を私は聴き取れるだろうか。水仙の傾きに己を合わせれば水仙に似て、体内をわずかに水が巡る。

ついに来ぬひとを待ちつつ待つ場所を少しずつ右にずらせてゆく   光栄堯夫

 結局来ない(とわかっている)人を待ち続ける自分に待つことは無駄だともう一人の自分が呟き、他人の眼に映るであろう“待たされている自分”を愚かしいと感じたペルソナが「待つ場所」から身体を少しづつ右にずらしてゆく。右へ右への移動はすなわち時計の針を意識下で動かすことだ。

少年はきりぎりすにて十三になるなりやがて跳ぶなり天地   川野里子

 少年はきりぎりすであるという作者の作り上げた寓意への入り口に立つ。その少年が「十三に」なり「やがて跳ぶ」のかと普通に意味を追っていくと、最後の「天地」という言葉で着地した私の前に急に視界が開ける。俳句で言えば「なり」の切字が二つ入っていることで構造上は「やがて跳ぶなり」の後にも切れが生じて一旦意味が切れる。二つの「なり」でホップ・ステップしてジャンプした先に、ここまでつらつらと引き連れられてきた言葉たちは「天地」という圧倒的なスケールを持つ言葉の前で拡散してしまう。<野遊びの児等の一人が飛翔せり 永田耕衣>に通じる突き抜けた飛躍感。

ひともとの短歌を海に投げこんでこれが最後のばら園のばら   佐藤弓生
雲が……。ねえ縁側に来ておすわりよ、落ちてゆくのはいつでもできる 
耳ひらく花々はありことばなくしずかに湿る塀に沿いつつ  
ぼくたちはカラスみたいに好きだった 無人の塹壕に光るもの    

 私が短歌に求めるのは、俳句とは違う、短歌でしか在りえない「ひともと」の言葉の棒だ。そしてそれは、春夏花を絶やす事ないばら園のひともとの「ばら」であろう。栽培の難しい薔薇を咲かせるための日々の管理と、新種の薔薇を咲かせるための飽くなき試み。佐藤はその二つを持ち合わせた短歌作者と思った。短歌という長さを最大限に使ったコトバがどのような着地を見せてくれるのか、固唾をのんで言葉を追うこともまた読みの楽しみだとこの人の歌は思わせてくれた。

   ****

 さて、ずいぶんたくさんの短歌に触れることで、短歌に対する苦手意識はかなり払拭されたようだ。もう鉄棒に人が並んでぶら下がってるいるようには見えなくなったし、心揺さぶられる短歌にもたくさん出会えた。そして短歌側から俳句を見直すことができるようになったことが何よりの収穫だと思っている。単に言葉の長さの問題ではなく、そこに盛る意味でもなく、短歌でなければならない作品、俳句でなければならない作品があるということに気付けたことだ。

 そしてそれを早々と見切っていた人に寺山修司がいる。

 2015年は寺山生誕80周年で様々なところで寺山に再び光が当てられたわけだが、短歌におけるそれは相も変わらず模倣、剽窃の側面であった。同じジャンルに属する者とそうでない者、あるいは実作者と読者とは心情も見解も違うと思う。実作者としては模倣されればいい気持はしないし、同じ素材、同じ切り取り方で先に完成度を上げて発表されてしまうこともあるだろう。読み手としては類似作品があれば二つを天秤にかけて重い方をよしとするだろうし、前書きで提示されなければ出典を知らぬままという事もある。この問題についてここで書くスペースはない。しかし一つ言えることは、言葉や発想においてまったくのオリジナルが存在する事は疑わしい、ということだ。例えば次の例などどうだろう。

おとうとに髪ひっぱられ姉ちゃんは六十年後のはつなつの顔     佐藤弓生
少年や六十年後の春の如し   永田耕衣

空を出て死にたる鳥かわれもまた夢を狩りつつ空に撃たれむ   山中智恵子
空を出て死にたる鳥や薄氷   永田耕衣

 これらの句は俳人ならば誰もが知っている耕衣の代表句である。佐藤と山中がこれらの句に触発されたかどうかは知らない。しかし私は上のどちらも剽窃でも模倣でもないと思う。パクリでもパロディでも引用でも型を変えた模写でもオマージュでもないだろう。特に下の「空を出て死にたる鳥」のモチーフは、耕衣句が道元の『正法眼蔵』「現状公案」の中の<鳥もしそらをいづればたちまちに死す、魚もし水をいづればたちまちに死す>から来ているのは明らかだ。耕衣はあらゆるものを吸収し、愛し、リスペクトし、咀嚼し、自らの作品として立たせた。全て耕衣の全存在を通って迸り出た言葉が耕衣の俳句だった。

 寺山に話を戻す。そういった意味で寺山修司の遺した作品は、どのジャンルにおいても寺山修司そのものだったと思う。(寺山の俳句眼の確かさは『火と水の対話――塚本邦雄・寺山修司対談集』の中の第五章「百苦惨々――俳句について」Ⅰ、Ⅱを一読すれば納得いただけると思う)

ある日われ蝙蝠傘を翼としビルより飛ばむわが内脱けて   寺山修司
面売りの面のなかより買い来たる笑いながらに燃やされにけり
剥製の鷹抱きこもる沈黙は飛ばざるものの羽音きくため
王国を閉じたるあとの図書館に鳥落ちてくる羽音ならずや
地平線描きわすれたる絵画にて鳥はどこまで堕ちゆかんかな
暗室に閉じ込められしままついに現像されることのなき蝶
夜光虫に耳のうしろを照らされて手を一つ拍つ欺きのため
満月に墓石はこぶ男来て肩の肉より消えてゆくなり
とぶ鳥はすべてことばの影となれわれは目つむる萱草に寝て


 新宿ゴールデン街脇の細径を花園神社裏へ抜けて通った地下の貸スタジオにはKORGの古いオルガンがあった。寺山修司には間に合わなかったけれど、私の周りにはいつもアングラな風が吹いていた。寺山の歌を読むとふとその頃の街騒が湧き起こり私の共感力は最も活性化する。これらの歌は寺山の歌でありながら、まるで私の原風景のごとく私を震えさせるのだ。上に挙げた短歌の一首目以外は没後の未発表歌集『月蝕書簡』より引いた。先行する何かがあるか否かは知らない。しかしこれらの歌はひともとの言葉の棒として慄然と立っていて、その世界感に強く打たれる。これが寺山修司だ。

 寺山晩年の『寺山修司&谷川俊太郎ビデオレター』の1983年1月15日の寺山→谷川の中で、寺山は自分探しをする。初めは原稿用紙に書かれた名前。次に写真。声。証明書類。いくつかの定義。そして最後に呟く。「どれが一番正しいのか、決めかねているのが僕自身というわけか

 1975年、劇場という枠を取り払い、30時間市街劇『ノック』で阿佐ヶ谷一帯の市井を劇場と見立てた同時多発的演劇を行うなど常に実験的であった寺山が、なぜ晩年まで定型としての短歌を捨て去らなかったのか。寺山が手離さなかった短歌の本当の魅力、私はそこにこそ興味がある。


「私」性文学の短歌にとっては無私に近づくほど多くの読者の自発性になりうるからである
『寺山修司短歌論集』より)


よくわかるとは実は自分を失くすることなんじゃないだろうか
(『寺山修司からの手紙』山田太一著より)


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短歌時評 第118回 遠野真「さなぎの議題」についての補足 田丸 まひる

2015-12-01 12:17:27 | 短歌時評

 遠野真「さなぎの議題」について書いた前回の時評に、遠野さん本人から指摘をいただいたので、いくつか補足をさせていただく。

 まず、〈虐待は舞台設定の小道具にするようなテーマではない。〉についてであるが、わたしの論旨は〈小道具〉になっていることの問題であり、テーマ選択の問題ではない。ただ、〈小道具〉という言葉の定義をせず曖昧なままで用いたことは文意の読み取りにくさを生んでしまい、申し訳なかったと思う。あくまで、作り物めいた思わせぶりな「虐待」のちらつかせ方は、作者の手つきがあまりに透けて見えるのではないか、舞台上の「設定」の域を超えて連作としての成功に寄与していないのではないかということである。(もちろん、〈小道具〉が実際の舞台において小さな役割しか果たしていない、という意味ではない。)
 「〈虐待は小道具にするようなテーマではない〉という発言は、虐待が小さなテーマとして扱われるような人生や物語を否定してはいないか。」と遠野は言う。たしかに、「虐待を受けた人物がその虐待を小さく扱ってはならないというルールはない」(遠野)だろう。しかし、今回の「さなぎの議題」について、虐待を物語の一部にしたことが成功していると言えるだろうか。これもあくまで歌そのものに起因するものだと思う。「ガンジーが行進をする映像で笑いが起こる教室 微風」の歌において、教室への違和感が詩的に昇華されているのに比べて、意味深なアイテムを並べているだけに見えかねない虐待の歌の完成度はどうか。ただ、それゆえに「リアル」を損なっているのではないかと思うことも、そもそも「リアル」など求めてしまうことも、読者の勝手な期待に過ぎないのかもしれない。
 今回の選考座談会では、「わたしだけ長袖を着る教室で自殺防止にテーマが決まる」の歌から「もしかするとリストカットの痕を隠しているのかもしれなかったり」(穂村)、「肉親の殴打に耐えた腕と手でテストに刻みつける正答」の歌から「家庭内暴力とかあるわけですね」(栗木)というような状況の想像にとどまっており、それらの歌そのものにどんな魅力を感じたのかについては言及されておらず、もどかしさを覚えた。少なくとも、遠野はこれらの歌を選考の場にまで持って行くことができているのだから、もっとこれらの歌に切り込んでいってもらえていれば、より面白かったのかもしれない。「子供から大人になろうとする時期の感覚」(穂村)、「子供と大人の境界にあって、心と体がアンバランスで、しかも抑圧のある時期」(加藤)を詩的に昇華している点が評価されているのは理解しうるが、どのようなひとでも通り過ぎていくと言えるような思春期の歌ではないはずだ。さらなる言及を楽しみに期待している。
 〈自身を刺す〉についても、あくまで歌としての完成度につながる話である。作者自身への言及ではなく、まだ歌そのものに彫り込んでいく余地があったのではないかと思って述べた。(ただ、歌を彫り込んでいくという行為が作者自身にまったく跳ね返ってこないとは言えないと思うが。)遠野にしかできない表現が、もっと他になかっただろうかという期待がある。また、もっと生な感情(作者自身の現実の感情ではない。あくまで、作品上のである。)を見せてほしいという勝手な期待があったことは否定できないが、しかしこの発言については、曖昧な比喩を用いたがために混乱を呼んだと思われる。これについては〈小道具〉の曖昧さと合わせて陳謝したい。
 ただ、ここまで書いて、筆者自身が引っかかりを覚えたところを再検討してみると、やはり「虐待」が詠み込まれていることそのものに反応したことも否定はできない。読者として、感情を刺激されないような内容ではないからだ。黒瀬珂瀾が『〈殺し〉の短歌史』(現代短歌研究会・編/ 水声社)において「〈殺し〉の短歌化の不可能性」、「なぜ歌人が〈殺し〉を歌わねばならないのかという問い」について論述しているが、「虐待」についてはどうか。黒瀬の論には、「定型という規範を生きる歌人には、〈殺し〉という強烈な規範逸脱は受け止めきれないのではないか。だが逆説的にいえば、〈殺し〉ではなく殺人事件自体を見つめることで、〈殺し〉を疎外化する社会そのものの姿を歌うことの可能性がある。強烈な規範逸脱性が社会にどう影響を与えるかを見届けること。それは、「事件」を歌うことを通して、今を生きる者としての歌人が、まなざしの痕跡を残すことである。」とある。この〈殺し〉がそのまま今回の遠野作品における「虐待」に適用しうるわけではないが、おそらく虐待を受けながら思春期を生き抜いている、おそらくは少女の物語(事件)としてこの作品と対峙することが、遠野の歌人としての「まなざしの痕跡」を見つけることが、作品の本質と向き合うための鍵になりえるのだろうと思われた。論考の余地がつきない問題ではあるが、ひとまずここで筆をおくこととする。

 遠野の受賞後第一作「陸から海へ」(「短歌研究」2015年10月号)より。

ありがとうって☆のかたちの音がする 星を鳴らしたのは死者のゆび

 ありがとうという言葉そのものからかたち、音への飛躍が面白い一首。遠野が今後、どのような物語を紡いでいくのか、一読者として楽しみにしている。
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短歌評 穂村弘とは社会問題である~穂村弘3.0 橘 上

2015-12-01 12:09:03 | 短歌時評
 何で短歌について書くのは気が引けるのに穂村弘について書くことにはそうならないのだろう。
 その答えについて書く前につぎのことを書いておきたい。

・彼氏・彼女いない歴〜年
・元サヤ
・ツーショット
・全然〜(肯定での意味。「全然大丈夫」など)
・〜男子・女子
・(芸が)スベる
・(芸、空気が)寒い、サブイ
・逆ギレ
・ブルー(な気持ち)
・ドS・ドM
・ドヤ顔
・アガる
(参照:参考/とんねるずとダウンタウンが作った言葉やべぇwwwwwwww

 これらはとんねるずあるいはダウンタウンが作った/広めた言葉であるらしい。我々はそうとは知らずにこの言葉を使っている。中には彼らの番組を見たことがないのにこの言葉を使っているものもいるだろう。そう、彼らはジャンルを超えた社会化された存在なのである。芸人松本人志を評価するのに彼のコントを見なければ話にならない。しかし、彼らのコントを見なくても彼らのつくった言葉やキャラクターに言及することは可能なのだ。
 どなり散らす唇の分厚い短髪の男性、気難しげに眉間にしわを寄せるひげ面の坊主頭の男性・・・これらは浜田雅功と松本人志のお馴染みといっていいほどの典型的なアイコンだが、今問題にしたいのは次のアイコンである。
 長めの前髪を横分けにしたヘアスタイルに黒ぶち眼鏡、繊細さと幾ばくかの頑固さを宿した瞳にやや冷笑的な微笑みをたたえる男性・・・そう、これは穂村弘のアイコンである。と同時に短歌男子あるいは文化系男子のアイコンであるといっても過言ではない。穂村弘の存在を知らなくてもこのアイコンとしての穂村弘は広く認知されている。
 例えば穂村弘を知らない人に、文化系男子の特徴をあげてもらい、その特徴をもとにデッサンをしたらほぼ穂村弘の顔が出来上がるだろう。穂村弘のアイコンは日本人の無意識化に広がる原風景になりつつあるのかもしれない。そう遠くない未来、「穂村弘」と書いて「ノスタルジア」とルビを振る日がやってきても不思議ではない。
 つまり、穂村弘の短歌について何かを言うことは短歌の範疇の話だが、アイコンとしての穂村弘について何かを言うことは、社会そのもの日本そのもの領域になりつつあるのだ。だから私はいけしゃあしゃあとこんな文を書いても平気な顔していられるのだ。
 文化系男子などという定義があまりに曖昧な言葉があれだけ広まったのは意味の不明確さに反して強烈なアイコンのイメージがあったからだと思う。
 「実像なんて存在しない。あるのは無限に増殖するアイコンのみ(・・)である」という誰かの(俺の?)言葉が頭をかすめる。

 で、ここまで書いて、以下の二つの穂村弘評を引用しよう。

 穂村弘
 86年、初応募の連作「シンジケート」で角川短歌賞次席。その後もファンシーでロマンティックな短歌で若い婦女子を魅了し続ける大人気歌人。また人生の経験値の低さ、生活への恐怖など「世界音痴」を武器にしたエッセイも飛ぶように売れているが実際はかなり器用に仕事をこなすしモテモテだしあまつさえ幸せな結婚をしたのでひんしゅくを買っている。

(小野ほりでい 「ナルシストは今すぐ短歌をはじめよう!」2012年1月11日より http://omocoro.jp/kiji/8782/)


 穂村さんのことを好きな人たちは、穂村さんってかわいいとか、だめな人だとか、恋の甘さをわかっているとか、そういう理由だけで好きなわけじゃなくて、言葉に対する真摯な態度に参っているんだと思うんです。でも、好きな気持ちを伝えたいときに、なかなかいい言葉で表現できないものですから、つい「かわいくて好き」と単純なことを言ってしまう。私もあまりうまくは言えないんですけど、本当はもっと細やかな言いたいことがいっぱいあるんです。個人ブログで「穂村さんかわいい」としか書評してない読者でも、本当はちゃんと穂村さんの言語感覚の素晴らしさを味わい尽くしている人かもしれない。そこは、わかってほしい。
(「言葉の渦巻きが生む芸術(アート)」山崎ナオコーラ・穂村弘の対談より山崎の発言「どうして書くの? 穂村弘対談集・2009年・筑摩書房」所収)

 この二つの穂村評を取り上げたのは、短歌界の外部でよく耳にする穂村評を象徴しているからである。(小野ほりでぃは右に引用した文の最後に「ここまでに書いた短歌の知識は全部ウソなんですけど、」と断りを入れてはいるものの、ここには穂村弘に寄せられる批判(というか揶揄)の一端が垣間見れよう。)
 前者は否定的、後者は肯定的に書いてはいるが穂村に対してのイメージは共通している。
 短歌の実力者でかわいらしくファンシーな短歌を書いているが言葉に対して深く洞察力があるというイメージだ。

 つまり短歌外部での穂村評は肯定であれ否定であれほとんど同じ次元で言葉を発しているのである。
 2015年の現在この二つの穂村評を読んで面白いと思う部分はあっても特に新鮮には感じない。もうこの二つの穂村評はフツーなのだ。いやこの二つを前提として、新たな穂村評を作り上げることが必要なのだ。


 ではそれの前段階として、短歌外の自分にとって穂村弘とはどのような存在だったのかもう一度考えてみよう。

 マイリトルラバーだと? よく人前でそんな事がいえるな。

 この言葉は90年代に一世を風靡したバンド、マイリトルラバーに向けてコラムニストのナンシー関が放った言葉である。一字一句あってるかは微妙だが、確かこのようなことを言っていたと思う。この当時はこんなことを言う人はナンシー関ぐらいだったが、インターネットが発達し誰でも発信できる「一億総ツッコミ社会」が到来すると、誰しもがこの手の批評を行うようになる。(その多くの質はナンシーには及ばないが)
 とは言え人間なんざアホである。いくらナンシー関的なツッコミを社会が強要しても、人は誰かを好きになったり恋に思い悩んだりすることはやめられない。誰しも心にマイリトルラバーを抱えているのだ。(マイリトルラバーやナンシー関を知らない若い人もしくは老いた人は「マイリトルラバー」の部分に「SEKAI NO OWARI」か「オフ・コース」を、「ナンシー関」の部分に「地獄のミサワ」か「山藤章二」を代入してください。地獄のミサワと山藤章二は全然似てないけど、論旨はそこじゃないので)
 だが穂村弘登場以前は「ラヴソングを書く人」と「ナンシー関的なツッコミを入れる人」は交わらない全く別の人だったように思う。「ラヴソングを書く人」はツッコミをいれないし、「ツッコミを入れる人」はラヴソングを書かなかった。少なくとも私の認識では。
 では心の中のマイリトルラバーと社会が要求するナンシー関との齟齬を人々はどうやって埋めたのだろう?
それに対しての対処法としてはA.心のマイリトルラバーをなかったことにする。恋愛の話をそもそもしないとか、徹底してマイラバーを避ける。B.普段は全く恋愛について話さないが、恋愛の話になると急に口ごもり恥ずかしげに話すという2パターンが考えられる。B.に関しては一部の芸人がよくやっていた。シャープなツッコミで一定の評価を得ている芸人が恋愛のはなしになると口ごもり、途端に口下手になる。その普段のシャープなツッコミとのギャップが笑いにつながる。というもので芸自体が「ラヴソングの恥ずかしさ」を克服したわけではない。芸がある人が芸をやれない瞬間にフォーカスをあてたものだ。無論当人に芸があることは前提なのだが。
 それに対して穂村がやったことは私なりにいえばこういうことなる。
 ナンシー関の突っ込みにも耐えうるラヴソングを書く、ということだ。
 ツッコミの視点を持ちつつ、それでもファンシーでロマンティックな短歌をつくること。
 それが短歌の外にも、今の時代を生きるための全うな営みとして受け入れられたのではないか。
 穂村の表現には、当たり前に二元論に陥らずそこで格闘しようというものがあったのだ。
 では穂村の格闘の成果をいくつか見てみよう。

体温計くわえて窓に額付け「ゆひら」とさわぐ雪のことかよ
「とりかえしのつかないことがしたいね」と毛糸を玉に巻きつつ笑う
「酔ってるの?あたしが誰かわかってる?」「ブーフーウーのウーじゃないかな」
「人類の恋愛史上かつてないほどダーティーな反則じゃない?」
爪だけの指輪のような七月をねむる天使は挽き肉になれ

(引用歌はすべて穂村弘「ラインマーカーズ」/小学館)

 これらの短歌を読んで考えたのが以下の事である。
・臭いセリフになりそうなところは「」をつけて「別の誰か」が言ったことにする。
・短歌という短い形式を象徴的なワンシーンを提出する「切れ」のメディアとして利用する。故に「うたい」過ぎず、また俳句より文字数が書けるので日常のフラットなワンシーンを描くのに適した文体と言える
・「天使」といったベタなワードは「挽き肉」という生活感と残虐性を伴う単語でバランスを取る
・上記三つの要素は2015年現在ではスタンダードな手法になっている。
・「人類の恋愛史上かつてないほどダーティーな反則じゃない?」は さすがにちょっと気取り過ぎである。「」のレトリックを使ってもなお嫌味ったらしさが残る気がする。が、穂村短歌の随所にみられるのはこう言った攻めの姿勢である。スベらないよう最大の配慮をしつつもどっか「スベってもいいんだ」ぐらいの気持ちがある気がする。ラヴソングに弄ばれるのを楽しんでいるような。気取った言い方をするならば、ラヴソングに恋をするようにラヴソングを書いている。フラットな文体の象徴のように語られる穂村だが、どこかでこんなダイナミックさを出すから侮れない。


 1980年代・当時大学生だった穂村弘は塚本邦雄の短歌を「なんて面白い言葉のパズル」として受容していたそうだが、穂村は「なんて面白い言葉のパズル」としての短歌のエッセンスをラヴソングの臭みを取るものとして上手く機能させている。後に穂村は塚本短歌の「『日本脱出したし』『さらば青春』『かつてかく』に込められた切実感を完全に見落としていた」と気付くことになるのだが、むしろ塚本短歌を「なんて面白い言葉のパズル」と「誤読」したことから穂村の短歌ははじまったのではないだろうか。塚本の前衛短歌的なものと目の前のフラットな現実の板挟みになりながら、歌をつくったことで穂村の文体は生まれたのかもしれない。
 元も子もないことを言ってしまえば、世にあまたあるラヴソングのほとんどは、「なんて面白い言葉のパズル」としての塚本短歌の影響を受けていない。というか塚本邦雄を知らない。故にラヴソング然とした言葉でラヴソングをつくってしまい単調な表現に陥ってしまっているのだ。
 塚本邦雄の「言葉のモノ化をベースとする高度なレトリックによって「戦争」を撃」つことにせよ、穂村弘の「なんて面白い言葉のパズル」としての塚本短歌レトリックで80年代以降を描いて見せることにせよ、時代とのズレや相反するものとの緊張感、二律背反が強烈なものを産むのではないのだろうか?  
 今は穂村弘がアイコン化されるほど穂村弘な時代だ。穂村弘な時代に穂村弘な文体で書くことにどれほどの意味があるのだろう? それは穂村弘がしばらく歌集を出していないこととどれだけ関係があるのだろう?。

 であれば穂村弘以降の歌人たちがすべきことは、穂村文体の踏襲をすることでなく、穂村弘を誤読し、全く違う文体をデッチ上げることではないのだろうか? 穂村が塚本の誤読から今の文体をつくったように。いや、誰も塚本短歌の誤読から穂村短歌が生まれたなんて書いていないのである。これは俺の妄想だ。でも多分そうだと思う。そもそもこの文自体がデッチ上げだ。騙されろよ。

 松本人志を「天才」或いは「天才の衰退」の一言で片づけてしまい、せっかくの彼の実験性をうまく受容できなくなりつつある日本人はもう同じ轍は踏めない。穂村弘という国有財産を「ほむらさんかわいい」「ほむほむいじり」の二元論で片づけるべきではない。
「穂村さんかわいいけど、それだけじゃない、批評も鋭くて、言語感覚も優れてるってことは、私わかってるんですよ」
「穂村弘、短歌うまいけど妙に鼻につくんだよな。キャラ設定とか」
「穂村弘以降、短歌が恥ずかしいものでなくなりつつあり短歌をやる若い人が増えた」
「穂村弘以降、短歌が平板なものになった」
 上のようなよく見かける穂村論をゴールとせずあくまで起点とすること。全肯定と全否定に終始するのではない、それらを前提にした新たな穂村弘観―穂村弘3.0―を構築すること。デッチ上げでもいい。とにかく手あかのついた穂村評から抜け出し、穂村弘な時代に穂村弘でない文体を作り上げること。
 穂村弘の次の一手であるあらたな歌集の出版が待ち望まれているが、それ以前に我々の次の一手である穂村弘観のアップデートこそが求められているのだ。試されているのは穂村ではない、我々だ。
  
 最後に穂村弘が斎藤茂吉を「未来の危険やすばらしさを予知」できなかったが、「この世にたった一度の生を生きることを全身で肯定した」歌人と捉えた上でこれからの短歌について語っている部分を引用して終わろうと思う。穂村弘3.0をインストールすればきっと穂村の言うことがわかるだろう。もし穂村の言うことが、わからなければ誤読したまま新たな文体をデッチ上げてください。

 だから、僕たちがもし次のステップを考えるんであれば、すごく不自然なことなんだけど、死の問題を、何ていえばいいのかわからないのですけど、ただ一度の生を限りなく燃えて生きるという以上のアイデアが必要なんじゃないか、もっといいアイディアがあるぞということを見つけた人間が、時代を切り拓く。
(「明治から遠く離れて」 高橋源一郎・穂村弘の対談より穂村の発言「どうして書くの? 穂村弘対談集・2009年・筑摩書房」所収)

 念のために言っておくが、この文章は穂村弘の実像に迫るとかそういった類のものではない。穂村弘の実像なんてしったこっちゃないし、本名だってしらない。個人的な意見で言えば、わたしは穂村弘を柔道五段の荒くれ者だと思っているので、この文章をもし穂村が読んで誤解されたら、怒り狂った穂村弘に一本背負いを決められるんじゃないかととてもビクビクしている。でもきっとそれは誤解ですう。私もあまりうまくは言えないんですけど、本当はもっと細やかな言いたいことがいっぱいあるんです。

 しかし、妙に素直に言葉を発してしまったな。なんか伝えようとし過ぎて妙にストレートな言葉遣いをしてしまった気がする。そういや言葉を発することについての穂村弘の言葉があった気がするな。


 山崎さんのエッセイは、「一見直球で言葉を投げかけているんだけど、直球のままでは言いたいことのすべてが伝わらないことを知っていて、だから近寄ってみると細かい変化がいっぱいついている」という感じがします。
(「言葉の渦巻きが生む芸術(アート)」山崎ナオコーラ・穂村弘の対談より穂村の発言「どうして書くの? 穂村弘対談集・2009年・筑摩書房」所収)


 じゃああまりに素直なこの文章、きっとだれにも伝わらないね。
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