詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

新保啓『朝の行方』

2019-10-06 20:11:18 | 詩集
朝の行方
新保 啓
思潮社


新保啓『朝の行方』(思潮社、2019年09月30日発行)

 新保啓『朝の行方』を読みながら、私が詩を感じる部分と新保が読んでほしいと思っている部分は違うかもしれないなあ、と感じた。
 たとえば「池の夏」の最初の部分。

いつも見慣れている
かんがい用水池では
夏になると
一部に 砂浜が現れる

そのほとんどを
水の底で過ごしていたが
新しい生命を貰ったように
現れる

 新保は二連目の「水の底で過ごしていたが」を丁寧に書いている。たぶん、ここがいちばんの読ませどころ。この一行があって「新しい生命を貰った」ということばが強く響いてくる。
 そう理解した上で書くのだが、私は、一連目の方が好きなのだ。

夏になると
一部に 砂浜が現れる

 事実が事実として、ただほうりだされている。この瞬間、池と、水が少なくなって現れた「底」が見える。まだ「底」ということばが出てこないのに。こういう部分が、私には美しく感じられる。「水の底で過ごしていたが」は、ことばでしかたどりつけない世界、つまり詩なのだが、その詩がはじまる前の事実を簡単にとらえてしまうところに、新保の正直な時間(それまでの生き方)が凝縮されていると感じる。
 あとは、その正直さを言いなおしたものである。
 「雨上がり」の前半。

詩のためのノートに
「朝から雨が降っている」
と 書く
雨も地面に何かを書いている
お互いに書くことは違うけど
雨はやがて上がる

「朝からの雨が上がった」
と 書く
あとはもう 書くことがないので
私は
そこからいなくなる

 「「朝から雨が降っている」/と 書く」「「朝からの雨が上がった」/と 書く」の二行は、もうこれ以上正直に書きようがない。事実がそこにあるだけだ。
 事実を出発点とするから、それを引き継いで動くことばが自然だ。

あとはもう 書くことがないので
私は
そこからいなくなる

 「そこからいなくなる」がとても強い。「そこ、って、どこ?」と問いかける前に「そこ」が存在している。そして了解してしまうのだ。「いなくなる」と同時に消えてしまうのが「そこ」だ、と。
 で、この「そこ」を読んだ後、「「あ」と「こ」のちがい」という作品を読む。巻末の作品だ。

「あの世」と
「この世」のちがいは
「あ」と「こ」がちがうだけ

 指示詞を「こそあど」というが、この詩では「その(そこ)」ではなく「あの」と「この」が比較されている。
 「あの」は遠いところにある、「この」は近くを指す、「その」はその中間? そんな具合にぼんやり考えるが。
 「あの」には不思議なつかい方がある。
 「またパスタ食べに行こうか」「駅前の、ワインがうまかったあの店がいいなあ」というような会話。こういうとき「この」でも「その」でもなく「あの」がつかわれる。それは今いる場所から遠いというだけではなく、ふたりとも「知っている」という意味を含んでいる。会話しているふたりはそこに行ったことがある。だから「あの」というのだ。
 そうすると、「あの世」というのはただ遠いところにあるだけではなく、もしかしたら知っているところ? でも、どういう具合に知っているのだろうか。
 これは説明がむずかしい。
 その説明がむずかしいものを探しながら新保のことばは動き、こんなふうに展開する。

世が世であれば
あのひとと会えるかもしれない

 ここに「あの」が出てくる。「あの世」は「あの人」が教えてくれるものなのだ。「あの人」は、あなたにとって何人いますか? 「あの世」を教えてもらいましたか? ふいに、そう問いかけられたような気持ちになって、私は驚くのである。
 新保には「あのひと」はたしかに存在するのだ。その突然の告白のようなものに、私は新保の正直を感じる。









*

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