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詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

ルーベン・フライシャー監督「LAギャングスター」(★★★)

2013-05-10 13:52:55 | 映画
監督 ルーベン・フライシャー 出演 ショーン・ペン、ジョシュ・ブローリン、」ライアン・ゴリング

 冒頭、ショーン・ペンがボクシングをしている。その映像がなかなか格好がいい。脂肪がそぎ落とされ、血管が浮き出ている。サンドバッグをたたくとき、反動でショーン・ペンの肉体そのものがゆがみ、きしむ。そうか、誰かに暴力を振るうときは、その反動がある。そして、その反動を肉体で吸収し、さらに前に進むことが出来るものだけが勝つのだ。この単純な肉体の権力構造(?)がいいねえ。
 でも、映画はなにやら野蛮な銃撃戦ばかり。盗聴と、盗聴されていることを逆手にとった逆襲――それがリアリティー(現実)だとしても、つまらないね。何だかなあ・・・と思っていると。
 最後にボクシング。主役の刑事とショーン・ペンが銃を捨てて殴りあう。どっちが強いか、どっちが「支配者」か、肉体だけの力で決着をつける。あ、いいなあ。この古い野蛮が、温かくていい。ショーン・ペンには、こういう野蛮がとても似合う。野蛮が郷愁のように美しく輝く。悪役なんだけれどね。
 この肉体「ひとつ」の勝負、野蛮の美しさ――それには、ちょっとおもしろい文明の対比も描かれる。
 レストランのシーン。ショーン・ペンがフォークを使うと愛人が「フォークが違う」と耳元でささやき、テーブルマナーを教える。ラスト近く、ホテルに篭城しているショーン・ペンがルームサービスの肉を食べている。そのとき「フォークなんて一本あればいい」。そうだね、使い分ける必要などない。使いまわせばいい。――これはそのままショーン・ペンの生き方。自分の肉体一つあればいい。他の道具なんて(銃なんて)なくても俺は勝ち抜いてやる。
 そしてこれはショーン・ペンに立ち向かう警官たちも同じ。組織なんていらない、悪を許さないというひとりひとりの警官がいればいい。彼らはたまたまチームを組むが、それは警察の組織ではない。組織からは認められていない孤立した存在。ここにも「孤立(一個)」という思想がある。
 いやあ、なつかしいね。この感じ。映像も、時代がふるいせいもあるのだけれどノスタルジックでいいね。もはや古臭い言い方だけれど「男の映画」だね。
(2013年05月06日、中州大洋1)









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