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詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

和辻哲郎『鎖国』(和辻哲郎全集 第15巻)

2017-01-12 08:42:09 | その他(音楽、小説etc)
和辻哲郎『鎖国』(和辻哲郎全集 第15巻)(岩波書店、1990年07月09日、第3刷発行)

 風邪で一日中寝たり起きたりしている。遠藤周作の『沈黙』がマーチン・スコセッシ監督で映画化される。それを見る「予習」として和辻哲郎『鎖国』を読み始めた。体力が落ちているときは、一度読んだ本をぼんやり読むのが楽な感じでいい。とはいうものの、目がかすんで字が読みづらい。しかし、夢中になってしまう。
 私は歴史という「科目」が大嫌いだったが、あれは教科書や先生が悪いのだとつくづく思う。和辻の『鎖国』みたいな「教科書」があれば、きっと夢中になっていたと思う。
 前篇は「世界的視圏の成立過程」、後篇は「世界的視圏における近世初頭の日本」。後篇と『沈黙』が重なる。再読したのは前篇。後篇までは一日では読めなかった。ローマ帝国とゲルマン民族の大移動からはじまり、ポルトガルが喜望峰周りでインド洋に進出、スペインがアメリカ大陸を発見し、太平洋横断し東南アジアにたどりつくまでが書かれている。
 「歴史」に詳しい人には既成の事実が書かれているだけなのかもしれないが、そうか、ひとの欲望はこんなふうに動き、時代が変わっていったのかということが、人間そのものの動きとしてわかる。
 そこに、こんなおもしろい文章がある。マガリャンス(マゼラン)の世界一周についての部分。スペインから大西洋を渡り、さらに太平洋を横断し、喜望峰を周り大西洋に出る。アフリカ西海岸のサン・チャゴ島に上陸する。

この際最も驚いたことは、船内の日付が一日遅れていることであった。ビガフェッタはこのことを特筆している。自分は日記を毎日つけて来たのであるから日が狂うはずはない。しかも自分たちが水曜日だと思っている日は島では木曜日だったのである。この不思議はやっと後になってわかった。彼らは東から西へと地球を一周したために、その間に一日だけ短くなったのであった。

 私たちが「日付変更線」とともに「あたりまえ」と感じていることが、「驚愕の事実」として目の前にあらわれてくる。「大陸」の発見は「目」に見える。しかし「日付変更線」は目に見えない。それを「事実」としてつかみ取るには時間がかかるのだが(やっと後になってわかった、と和辻は簡単に書いているが)、これはなんともすごい。「肉体」でつかみとったことが、それまでの「世界」のあり方に変更を強いる。「日付」が違うということを、「日付」があう、という形にするためには、大洋をわたるという大冒険と同じように、知性も大冒険をしなくてはならない。知識を根底からつくりかえなければならない。書かれていないが、ビガフェッタは「日付変更線」を発見した。これはアメリカ大陸の発見と同じように衝撃的である。「ある」とは誰も考えなかったものが「ある」とわかったのである。しかも「見えないもの」が、「ある」。
 ビガフェッタの「日誌」は、

マガリャンスの偉大な業績を世界に対してあらわにすることになった。かくして最初の世界周航は、スペイン国の仕事として一人のポルトガル人によって遂行され、右のイタリア人によって記録されたということになる。これは近世初頭のヨーロッパの尖端を総合した仕事といってよい。

 この和辻の文章の「統合した仕事」、「統合する」という「動詞」のつかい方に、私はとても感動する。そうか、いろいろな「要素」(事実)は「統合する」ことで「真実」になる。どのようなことも「統合する」ちからで「世界」としてあらわれてくる。「事実」を「統合する」ことで「日付変更線」が姿をあらわす。「統合」しないかぎり、それはあらわれない。
 和辻の書いていることも、すでに知られている「歴史的事実」を「統合した」ものである。和辻が発見したことなどない。でも、その「統合」の仕方がいきいきしている。「人間」そのものを浮かび上がらせている。まるで、そこに描かれている人間になって動いているように、私は興奮してしまう。そして、感動する。

 私は和辻の文章がとても好きだ。どうして好きなのか、それをあらわすことばをなかなか見つけられなかったが、「統合する」という動詞に出会って、あ、これだったのだなあ、と気がついた。
 「世界」にあるものを、正しく「統合する」。それが哲学。

( 203ページに、「アフリカ南方の海峡を通って大西洋に出る未知である。」という文章がある。これは「アメリカ南方の」、あるいは「南アメリカ南方の」の誤植だろう。いま、全集は「第何刷」なのか知らないが、訂正されていることを期待したい。)


和辻哲郎全集〈第15巻〉鎖国 (1963年)
クリエーター情報なし
岩波書店

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