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詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

斉藤倫『さよなら、柩』(2)

2009-09-19 00:15:25 | 詩集
斉藤倫『さよなら、柩』(2)(思潮社、2009年07月30日発行)

 斉藤倫はとても頭がいい。それも天性の頭のよさであって、一生懸命勉強して身につけたガチガチの論理ではなく、とてもしなやかな構造を感じさせる頭のよさである。
 「ルドルフ・ヘスの部屋」。書き出し。

ルドルフ・ヘスはぼんやりしている
部屋には日がさしている
じぶんのやったことと
じぶんのあいだに
落ちこんでいる
たくさんの殺した
ひとこのことを考えている

 ヒトラーの側近のひとり。その思いを一人称で語る。こんなむずかしい題材を、斉藤はやすやすと(と私には感じられる)書きすすめる。斉藤がヘスをみつめるように、ヘスがヘスをみつめる--しかも、ヘスがヘス自身をみつめるというより、4行目の「じぶんのあいだ」ということばが明らかにするように、「あいだ」をみつめることで。
 斉藤は「あいだ」を発見している。
 肩入れもしない。批判もしない。
 「じぶん」と「こと」があり、「じぶん」と「こと」をつないでいるのが「あいだ」である。
 「じぶん」と「こと」を繋いでいるのは「思い」というものだが、その「思い」を「あいだ」と定義しなおす。「あいだ」というものは、どんなものでも大きかったり、小さかったりする。そして、「あいだ」がそういうふうに拡大・縮小が自在であるとするなら、その「あいだ」という物差しは、対象(こと)を大きくも小さくもみせる。

じぶんのやったことは
巨きな妄想なのか
小さなディテールなのかを
考えている

 「考えている」。その「考え」のなかで、「こと」がかわってしまう。「事実」はひとつなのに、それを「じぶん」と結びつけ、「こと」ということばでとらえなおすと、それは大きくなったり、小さくなったりする。
 「事実」はかわならないけれど、「こと」はそうではない。「こと」は「じぶん」ときりはなした客観的なものではなく、あくまで「じぶん」とつながっている。そして、その「つながり」が「こと」なのだ。
 「わるいこと」といえば、「わるい・つながり」。そしてつながったことによって「じぶん」は「わるいもの」になる。「よいこと」といえば「よい・つながり」であり、「じぶん」は「よいもの」になる。「あいだ」は「つながり」であり、「あいだ」は「じぶん」と「こと」を同時に定義するものなのだ。

 斉藤は、ここではヘスを描くというより、「じぶん」「こと」「あいだ」の哲学をやっているのだ。ナチスの犯罪を簡単に悪と定義するのではなく、人間とこととの関係を哲学する素材としてつかっている。
 ナチスの犯罪については、もう結論が出ている。
 だから、犯罪を裁くのではなく、犯罪のなかにある「哲学」、人間が生きるときの「こと」と「じぶん」の「あいだ」の関係を「考えている」。
 ヘスを題材に選んだのは、ヘスについて書けば、犯罪そのものについて書く必要がないからかもしれない。
 斉藤はあくまで「あいだ」を哲学したいのだ。

ひどいことをした
悪いことをしたと思うのに
そのひどいこと
悪いことが
紙にかいた花みたいだ
魔がさしたというなら
いまのじぶんはまだ
魔がさしたままだろう

 「あいだ」は感じで書けば「間」。それは「ま」とも読む。そして「ま」は「魔」とも書くことができる。あるいは「真」とも書くことができる。
 「あいだ」のありかたしだいで、「魔」になる。それが「あいだ」の「真」の姿なのかもしれない。
 --ということを斉藤はくどくどと書いているわけではないのだが、私は、そんなふうに考えてしまった。
 斉藤の作品のなかにある「考えている」が「考え」を誘うのである。
 斉藤は、ヘスの「じぶん」と「こと」との「あいだ」について考えながら、斉藤とヘスのあいだに何かがあるとしたら、その「あいだ」はどんなものだろうかと考えている。ヘスのしたことは犯罪であると言ってしまえば簡単だが、そうはせずに、人間と人間の「あいだ」について考えている。人間と「こと」との関係を考えている。
 こんなふうに、ナチスの犯罪にしばられずに(?)、しなやかにことばを動かしていけるのが、斉藤の頭のよさなのだと思う。
 そして、そのことばの動かし方には、「あいだ」「間」「魔」「真」と、斉藤のことばを借りながら書いてみたのだが、何か、日本語そのものと向き合う姿勢がある。「魔がさした」という表現がヘスのことば(ドイツ語)であるのかどうか知らない。あったとして、どういうのか私は知らない。斉藤は、それを日本語、しかも、誰もが知っている「口語」を土台にしている。そこに、「口語」をきちんと生きている頭のよさ、しなやかさを私は感じる。




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