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詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

若尾儀武『枇杷の葉風土記』

2018-08-09 10:46:27 | 詩集
若尾儀武『枇杷の葉風土記』(書肆子午線、2018年07月20日発行)

 若尾儀武『枇杷の葉風土記』は戦争の記録。息子を戦場に送った母親たちの思いがつづられている。「息子」の名前は出てくるが、母親の名前は出てこない。母親の思いはひとつ、ということなのだろう。

田の水 抜いて
仕上げの草引きしてました
そしたら何べんも草引きしたはずやのに
馴染みのない草生えとりまして
いつ見過ごしたんか
風の色みたいな花つけまして
そもそもそんな花の種 蒔いた覚えはありませんでしたさかい
引き抜いてあぜ道に捨ててしまおうかと思うたんですが
ああ
その日は二郎の命日

花影をよぎる
風のような
声のような

一枝だけもろうて
仏壇の花にしましたら
場を得たように
次のつぼみ
次のつぼみと咲きまして
あげく 実までつけまして

 「場を得たように」の一行がとてもいい。
 この一行はなくても「事実」はかわらない。仏壇に生けた花のつぼみが次々に開いていくということに変わりはない。しかし若尾は(あるいは、この母親はというべきか)書かずにはいられなかった。
 「ここがその花の生きる場所」。それは「仏壇」ではなく、この家が、ということだろう。花の、あるいは死んだ二郎の思いというよりも、母親の思いだ。母親の無念だ。
 「場を得たように」と思うことで、母親はやっと「自分の場」を得たのだ。自分の「気持ち」を得たのだ。それまで言えなかったことが、ことばになった。

 この詩集を読みながら、詩集が逆の形で書かれていたらもっと印象が強くなると思った。「逆の形」というのは、無名の母親ではなく、母親にこそ名前を与えて詩にすると、もっと強くなると思った。複数の、まったく名前の違う母親が「ひとりの息子」を思う。思い出す。悲しみが凝縮すると思う。
 戦争で死んでしまった男たちをしっかりと受け止めたいという気持ちから、「息子たち」に名前があるのだろう。死者を祀るということは、しなければならないことなのだけれど。でも、たとえば、それは「靖国神社」でもおこなわれている。戦争を引き起こした人間は、死んだ兵士を「御霊」という呼び方で、たたえたりもする。
 でも、その「御霊」と同じ数だけ、あるいは「御霊」の数以上の母親がいる。その母親は、「無名」のままである。ひとりひとりが声を上げても、それはひとりひとりのまま、ひとりのこととされてしまう。母親はひとりではない、ということを「名前」で知らせる必要があると思う。




*

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