詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

齋藤健一「自身」「物事」、夏目美知子「ぎゅっとでなく、ふわっと」

2019-02-06 20:49:01 | 詩(雑誌・同人誌)
齋藤健一「自身」「物事」、夏目美知子「ぎゅっとでなく、ふわっと」(「乾河」84、2019年02月01日発行)

 齋藤健一の詩は、短い。「自身」は五行だ。そして、「意味」ではなく、ただ「存在」だけがほうりだされている。

こうやって午後が来た。忘れるときのつめたい牛乳瓶。
それだから言葉にしたくないのだ。蜜柑のひとつひとつ。
温めるひかりだ。退屈とは違う茶色。腐蝕した扉。錫の
におい。水に沁むように陽はかたむく。立ったまま咳き
込んでいる。

 存在だけがほうりだされている--と書いたが。
 たとえば「忘れるときのつめたい牛乳瓶。」はほんとうに「存在」なのか。「忘れるときの」ということばが「つめたい」と結びつき、「意味」をつくろうとする。その「意味」はもちろん齋藤の意味ではなく、私がかってに誤読する意味である。
 誤読の瞬間、私は齋藤に近づいているか、それとも拒絶されることがここから始まるのか。緊張感がある。この瞬間が好きだ。
 「それだから言葉にしたくないのだ。」は「意味」をもっている。だが、その意味すらも、齋藤のことばの動きの中では「存在」だ。「したくない」という拒絶が屹立している。その感じが、「存在」そのものを感じさせる。「意味」を拒んでいる。このときの「意味」とは「情」のことである。つまり、ここには「非情」がある。
 そのため非常に清潔に感じる。
 漢詩を読んでいるような気持ちになる。

 「物事」は四行の詩だ。

塩からい海水。濡れた皮膚があらわれる。浪のうちに動
揺は離れる。鳥のはばたきがのぼる。緑に染まる石と両
手と爪。それでも私を背負っている。そして半身が沈む。
直上を廻る日輪。映じる旗。くっきりとした三角形。

 「塩からい海水。」は「意味」が強すぎる。塩辛くない海水などない。しかし、この「意味の強さ」が次の「濡れた皮膚があらわれる。」を引き立てる。「濡れた皮膚があらわれる。」にも「意味」があるはずだが、「塩からい海水。」が奪ってしまう。その結果、「濡れた皮膚があらわれる。」は事件になる。「存在」が動いている。動くことで「存在」になっている。これが「動揺」を呼び込み、それを「離れる」という動詞が突き放す。一直線の動きではない。ぶつかり合い、拡散する。短いことばなのに、広い世界を感じるのはそのためだ。



 夏目美知子「ぎゅっとでなく、ふわっと」は散文風の部分と行替えの部分がある。散文風のことばの方が私は好きだ。

朝、新聞を取る時に見た黒い毛虫が、夕刊を取る時にも同
じ場所にいたので、やっと私は、毛虫が死んでいることに
気づく。むくむくして艶があって、毛虫は、ただ動かない
でいるだけにしか見えなかった。そのまま何日も、生きて
いるかのように死んでいて、ある日、突然、消えた。

 「ある日、突然」がいい。夏目は「消えた」と書くが、「消えたことに気づいた」である。死んでいるのに「気づく」ように、「消えた」ことにも気づく。
 気づいた瞬間、夏目は「存在」になる。書かれている「対象(毛虫)」が詩になるのではなく、夏目が詩になる。





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