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詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

池井昌樹『冠雪富士』(23)

2014-07-14 09:49:34 | 池井昌樹「冠雪富士」
池井昌樹『冠雪富士』(23)(思潮社、2014年06月30日発行)

 「肩車」は、まず木登りから詩がはじまる。

きさえあったらさるのよう
おおよろこびでのぼったな
きだってよろこんでたもんな
あのえだのうえそのうえへ
いつでもはだしでのぼったな
ひやひやわくわくのぼったな

 「きだってよろこんでたもんな」という表現、自分と他者(木)の区別がなくなるとこが池井の特徴だが、この前半にはもう一つ池井の特徴がある。
 昔、中学生のころ、そのことに気がついていたが、長い間忘れていた。ふいに思い出した。「ひやひやわくわく」。この音の繰り返し。オノマトペ。これが池井の詩にはとても多い。オノマトペの定義はむずかしいが、「意味」にならないことを音にしたものという印象が私にはある。「意味」にならないことなら書かなくてもいいのかもしれないが、それを書きたいという欲望が池井にはある。意味以前の音、意味以前のことばということになるかな?
 「ひやひやわくわく」は、どちらかというと「意味」がとりやすい。つまり、「興奮して」とし「こわさを感じながらも好奇心にかられて」という具合に言いなおすことができるが、それよりももっと「意味」になりにくいオノマトペを池井はつかっていた。具体例を思い出せないのだが、オノマトペがでてきたら池井の詩である--という印象が、中学、高校時代の私の記憶である。
 で、このオノマトペ指向(嗜好?)と、池井のひらがなの詩は、深いところでつながっている。
 今引用した部分でいうと「のぼったな」ということばが3回、出てくる。6行のうち3行が「のぼったな」で終わっている。これは池井独特の「オノマトペ」のひとつなのだ。そこには「意味」はあるが、意味を書きたくて繰り返しているのではない。意味を強調したくて繰り返しているのではない。むしろ「意味」にならないことをいいたくて繰り返している。繰り返すことによって音に酔い、音に酔うことで意味を忘れ(意味を捨て去り)、その「意味」の向こうへたどりつこうとしている。
 「のぼったな」は、次の部分で、別の「オノマトペ」に席を譲る。

かたぐるまでもされたよう
そこからなんでもみえたっけ
しらないまちもしらないかわも
しらないさきまでみえたっけ

 「みえたっけ」が繰り返される。「しらない」が繰り返される。「のぼる」は「みえる」である。「のぼる」は「しらない」ところ(未体験へ)のぼる。「えだのうえのそのうえ」という存在しないところ(しらないところ)までのぼる。そして、その「しらない」ところから「みえる」のは、やっぱり「しらない」である。「のぼる」「みえる」「しらない」は三位一体(?)になって「意味」をつくるのだが、その「意味」を強調するのではなく、「意味」を音楽のなかに隠すように、おなじことばを池井は繰り返す。「意味」にすることを拒んでいる。「意味」にしてしまうと、「意味」以前が消えてしまうからだ。池井の書きたいのは、あくまでも「意味以前」なのだ。
 「意味以前」とは、いったい何なのか。
 詩はつづく。

ほんとにきもちよかったな

 「意味以前」は「きもちいい」であり「ほんと」なのだ。「意味」は「きもちいい」と「ほんと」を別なものに変えてしまう。

いまではだれものぼらない
きにはながさきはなはちり
いつもながらにあおばして
けれどもなんだかさびしそう
こだちもこどももさびしそう
しらないまちもしらないかわも
しらないさきもみえなくて
ひやひやもなくわくわくもなく
ひはのぼりまたひがしずみ

 「ほんと」と「きもちいい」は「さびしい」に変わってしまう。「意味」は「きもち」を「さびしい」に変える。「意味」は、その意味を主張するものの都合にあわせて世界を統合するとき、有効的に機能する。「意味」は「知らない」を封印し、「わかっていること」(知っていること)だけで世界を統一する。そして、合理的に世界が動く(支配できる)ようにするものである。--と、池井は書いているわけではないが、私は、かってにそこに私の考えをくっつけて、そう思っている。
 池井はそういう「意味」の窮屈さを否定し、「意味」以前、「知らない」けれど「見える」ものをことばとして引き継ごうとしている。残そうとしている。それが、池井にとっての詩の仕事だ。









冠雪富士
池井 昌樹
思潮社

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