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詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

藤井貞和『美しい小弓を持って』(26)

2017-09-07 10:17:55 | 藤井貞和『美しい弓を持って』を読む
藤井貞和『美しい小弓を持って』(26)(思潮社、2017年07月31日発行)

 「メモへメモから--友人たちへ」は、友人たちの詩に触れている。あるいは「詩にならない詩」(6行目)について書いている。詩なのだが、詩になりきれていない。だからこそ、詩であるという部分に。
 「悲し(律詩)」に触れたとき、「出来事は遅れてあらわれる/ことばは遅れてあらわれるということについて書いたが、それは多くの人の「実感」なのだと思う。
 ということを書けば繰り返しになる。何度でも繰り返して書かなければならないのこともあるのだけれど、違うことを書いておきたい。

秋の虫たちは涸れて、編集後記のなかで、
鳴いています。 鈴虫……

 あれは、何という「同人雑誌」だったろうか。私も「編集後記」のなかで秋の虫が鳴いているという文章にであったことがある。最近だったと思う。その編集後記を書いた「友人」のことを藤井は思っているのかもしれないが。
 ただそれだけではなく、たぶん藤井は「編集後記」ということばを詩の中に書きたかったのだ。
 「確信」はないが、私の「直感」はそう言っている。
 ふつうは詩の中に入ってこないことば。「編集後記」なのだから、編集したあと、「奥付」の近くに置かれることばだ。しかも、「編集後記」というのは「内容」のことではなく、その「入れ物」のことである。
 うーん、「編集後記」か。美しいことばだなあ。音楽があるなあ、と私は思う。「意味」をとおりこして、「音楽」を感じてしまう。
 似たようなことばに、「物語」がある。藤井の詩には「物語」ということばがしばしば出てくる。

鳴く声ぞ する」。 すると物語から、
立ち上がる兵部卿宮。 私の魂、
私の魂。 草むらがどんなに悲しい
物語に濡れても、と思いながら

 ここでも「物語」は「意味/内容」というよりも「入れ物」である。「物語」のなかで別のことばが動いている。「編集後記」のなかで別のことばが動いているように。
 藤井は、こういう「ことば」同士の関係に強く動かされる性質を持っていると思う。
 こういう例もある。

「ぼくの地方では
せんそうのような有様で
じつにしずかに放射能がはびこっている
そしてその放射能さえ上書き更新されて
いつも新しい」と高坂さん。

 ここに出てくる「上書き更新」。高坂の書いている「内容」にももちろん反応しているが(それを問題にしているが)、藤井がこの数行を引用しているのは「内容」よりも、そこに「上書き更新」ということばがあるからだ、と私は感じる。「編集後記」と同じように「上書き更新」ということばを書きたかったのだ。

 これは、いったい、どういうことだろう。
 「編集後記」「物語」「上書き更新」。ここには、いったい何が隠れているのか。
 「名詞」ではなく、「動詞」に書き直してみると、わかることがある。
 「編集後記」は「編集を終わったあとで書き記す」、「物語」は「もの(ひと)が動いたあとで、その動き(こと)を語る」、「上書き更新する」とは「あることが書かれたあとで、さらに書く」。
 どのことばで、「あとで書く/語る」という動詞が隠れている。「あとで、ことばにする」という行為が隠れている。「あとで、書く(ことばにする)」ということのなかに、藤井は人間の「思想」をつかみとっているのだと思う。「あとで、書く(ことばにする)」という行為のなかにある人間性に直感的に触れて、そのことを書きたいと思っているのだろう。
 タイトルの「メモへメモから」というときの「メモ」は作品として整えられる前の「ことば」。そはれ「あとで、書く(ことばにする)」ということを含んでいる。
 あることが「ことば」になり、それがさらに語りなおされる。書き加えられる。それは「引き継がれる(語り継がれる)」ということでもある。
 そういう「動詞」を、藤井は読み取っているのかもしれない。

 詩は、こう閉じられる。

「無味無臭無色で降ってくる怒り」、五十嵐さん。
五月のブルガリアでは、タクシーの運転手が、
降りようとする私どもに小さな声で、
心配そうにひと言、「フ、ク、シ、マ」。

 語り継ぎ方はいろいろある。「小さな声」「心配そうなひと言」。それは「作品」にならずに消えていく「声」かもしれない。その「声」を引き継ぐ。
 あの運転手の声も、何かを引き継いでいる。

 この作品のあとに、藤井はいわゆる「あとがき」を書いているが、この詩そのものが「あとがき(編集後記)」のようにも読むことができる。



美しい小弓を持って
クリエーター情報なし
思潮社

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