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詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

リッツォス「証言B(1966)」より(30)中井久夫訳

2008-12-08 01:25:27 | リッツォス(中井久夫訳)
熱  リッツォス(中井久夫訳)

岩。焔の真昼。大波。
海はわれわれを容赦しない。強い。やばい。上の方の路では
騾馬使いが叫んでいる。荷車には西瓜が満載。
それからナイフ。やわらかな切れ目。風。
赤い果肉と黒い種子。



 真夏の情景。夏には西瓜がうまい。そういう詩である。
 「騾馬使い」は「西瓜だよ、西瓜売りだよ」と叫んでいるのだろう。そして、やってきた人の前で西瓜を割って見せる。切って見せる。真夏の光の中で、赤と黒が強烈である。その赤と黒が強烈なのは、それより先に崖下の海が描かれるからである。岩。大波。そこにあるのは白と青。そういう強烈な色があって、赤と黒が強烈なになる。

 リッツォスの詩は、前半と後半では、しばしば主語が変わる。同じように、何か風景(情景)を描く場合でも、対象が変わる。この詩では海から西瓜へ変わっている。そういう変化を「騾馬使い」の存在によってスムーズにしている。「騾馬使い」はたぶんギリシアのありふれた日常なのだと思う。日常を間にはさみながら、世界を一気に違うものに変える。そういうところにリッツォスのひとつの特徴があると思う。




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