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詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

破棄された詩のための注釈(19)

2015-03-26 01:03:02 | 
破棄された詩のための注釈(19) 

「川」は何度もあらわれた。「水」を意味していたが、「流れ」を象徴することはなかった。むしろ「停滞」や「滞留」と同義であった。それは「深み」となる場合と、「嵩」となる場合があった。共通するのは「匂い」である。「川の匂い」。「匂い」とは、詩人にとって「厚み」をもった「層」のことでもある。そこから「断面」という展開が始まり、あるとき「水のはらわた」ということばとともに中断した、その詩。
                               もうひとつの
「川」は、それとは別のあらわれ方をする。
木々を逆さまに映していた川が、ビルの窓を逆さまに映す。
空の色を映している細長いビルの、四角い窓を。
昔書いた川の水は、やがてビルを逆さまに映すことを知っていたみたいだ。
そうでなければ、こんなに静かな夕暮れにならない。

「川」は何度もあらわれる。
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破棄された詩のための注釈(18) 

2015-03-25 01:09:36 | 
破棄された詩のための注釈(18) 

 括弧のなかに空白があり、「花の名前」というルビがふってある。買ってきた古本のなかからことばが見つかれば、空白を消してその花の名前を書く。「白いブラウス」「感情の引き出し」「二枚貝の内側の音楽」は、空きビンの蓋がひっくりかえり、あしたの雨をためている、その蓋のよう。汚れた公園の路を通ると、家へ帰りつくまでに七分かかる。犬とときどき曲がり角の草むらに鼻をつっこみ、ほかの犬の名前をさがしている。





*

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破棄された詩のための注釈(17)

2015-03-24 01:54:10 | 
破棄された詩のための注釈(17) 

「花」ということばは「すみれ」と書き直され、さらに「花」にもどされた。束ねた花の茎、つぶれた葉の幾枚かに「掌のぬくみが残っている」と書きたかったからだ。「掌のぬくみ」の「ぬくみ」という罪をこそ書きたかった。

「小石や自転車の痕に、それを見つめた視線が残っている」と書きはじめた詩を、ことばで破壊したかった。眼が運んでくる形と色の変化をたたき壊す手がかりが「ぬくみ」という「肉体」にあるように思えた。

「たわんだロープと杭」にとって、触られること屈辱なのか。孤独をえぐられることなのか。感情を隠しているのか、妬みをむき出しにしているか。いまなら、「なつかしさこそが残忍なのだ」と書くが、そのときはことばは抽象になりたがらなかった。

「しおれた青」ということばがあった。「通俗的、あまりにも通俗的で通俗的だ」という剽窃されたことばは、どう書き換えても最終連にはなれない。「花」は「すみれ」に、「すみれ」は「花」にもどされ、束ねた花の茎に「女の」掌のぬくみが残っている。



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破棄された詩のための注釈(16) 

2015-03-23 01:11:40 | 
破棄された詩のための注釈(16) 

「車止めの杭を挿すための穴」ということばがあった。そのことばに接続して、「鉄の半パイプ」が埋まってる。いや、「半パイプ」のなかにいちど引き込んだ沈黙が、積みかさなって、だんだん「半パイプ」の縁からあふれようとしている。「受話器」という比喩が突然やってきて、「つかわれなくなったことば」をこだまさせながら、その一番深いところ、つまり「底」に埋めるように主張した。「電話の声を聞いたのは、一時間前なのか、きのうなのか、一億年後のことなのか。」

抜かれて、そばに転がされている車止めは、受話器がつれてきた奇妙な回線のかわりに「断ち切られた悲しみ」ということばを、自分の足元に、斜めに広げたかった。公園の入口の街灯が生み出す影のように。「人間のものではない悲しみの黒を四角い形で草の上に伸ばしているのが見えた」。そう書いたあと、「悲しみ」という文字を傍線で消した。その細い傍線の形で雨が降るのは、三日後である。



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破棄された詩のための注釈(15) 

2015-03-21 01:24:32 | 
破棄された詩のための注釈(15) 

「白い」ということばがあった。ほかに色は存在しなかった。それは「白い下着」ということばになったが、数行のためらいのあと、別なことばがつけくわえられた。下着の形に取り残された「肌の白」が、陰画(ネガ)が陽画(ポジ)を追い求めるように動いた。それは「眼が欲望にしたがって忠実に動いた」ということばに書き換えられた。

そのことばのそばを、本のなかのことばが通りすぎた。「記憶だけが知性に対して官能的である」。下着に似た形の水着とタオルはバッグのなかで濡れている。それに触れた「手」が手紙になって、遅れて届く。届いた。机の上で、感情の入り混じった文字は、喉のように「白い」紙の折り目の上に並んでいる。青い文字のなかの谷(折り目)は静かだった。

窓の下を車が走っていく音がしたが、その音はあまりにも「まっすぐ」だったので、沈黙はそのときも存在しているのだと思った。ていねいに折り畳まれた紙のなかの「まっすぐ」なへこみ、その「まっすぐ」ということば以外は全部虚構になってしまった日。「眼は欲望にさからうことに執着した」ということばが消しゴムで消された。







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破棄された詩のための注釈(14) 

2015-03-20 01:27:51 | 
破棄された詩のための注釈(14) 

長い口論がおわりかけたころ「ひとり」が「あらわれた」。読んだことを忘れてしまった本に引かれていた「傍線」という静かな比喩をひきつれていた。

「くちびるの上に微妙な笑みが浮かぶのを感じた」。何の本に書かれていたことばか、詩人は注釈をつけていないが、創作かもしれない。口論の相手のくちびるではなく、自分自身のくちびるの上に、と読むと「ひとり」が「あらわれた」ということがわかりやすくなる。他人の感情以上に、自分自身の感情は止めることができない。それを認めたくないので「ひとり」と他人のように書く。

もうひとりは、つまり相手は「突然の沈黙」をくちびるの縁にみつけ、表情の「行間」を読もうとした。しかし、そういうこころと肉体の関係をあらわすには、この三連目はあまりにも未熟である。「突然の沈黙」は陳腐すぎる。ここに、この詩の失敗がある。

四連目、「自分自身の内部にある鏡に憎しみを映して確かめている」と書いて、数日後「憎しみ」を「悲しみ」に変えている。「くちびるの上の微妙な笑み」は、詩人が口論の相手に見つづけたもの。無意識にそれを真似て反逆しようとした。他人の悲しみに見向きもしない、「その人」に。

「ひとり」か「その人」か。人称の差異のなかでおわる一日。






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道の左側で

2015-03-19 01:07:10 | 
道の左側で

ゆるやかに下る道の右側で
三月の雨が、残った梅の花びらを散らすとき、
ゆるやかに下る道の左側で
三月の雨が、こぶしの花びらを押し広げる。

残酷とやさしいの定義はむずかしい。
もし散っていくことが残された美しさならば梅に降る雨はやさしく
淡い色のなかに隠しておきたいものがあるのなら、
握りしめた指をほどくように説得する雨はこぶしには残酷だ。

三叉路の角にはミモザが垂れ下がり、
三月の雨を、まだ眠ったままのアロファロメオのボディーのうえに
小さなメロディーのように流しているのは無頓着で

カーブミラーの汚れた曲面が
石垣の一個の石は必ず六個の石と接触しなければならないという法則を
映し出すのは傲慢だろうか。






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破棄された詩のための注釈(13)

2015-03-18 01:37:37 | 
破棄された詩のための注釈(13)

「唇」ということばがあった。「少し歪んだ」ということばがあった。「唇は少し歪んだ」と書くことも、「少し歪んだ唇」と書くこともできた。その通りのウィンドウをちらりと見たとき、その「ことばになりきれない唇」をみつけたのだった。詩人よりも前にそこを通りすぎただれかがウィンドウのなかに隠したものなのだが、それをウィンドウのなかから取り出してきて顔の上におけば、きっと「きょう」こそ「欲望」が実現するだろうと思った。「舌が動き、そこから欲望が誘い出される。」

「欲望は彼にとっては抽象的だった。」空白を三行挟んだあとの、二連目の書き出しの一行は、もし詩が発表されていたならば誹謗、侮蔑の対象になったかもしれない。安易な読者は、ことばと事実を取り違える。自分の知っている事実をことばに押しつける。けれど、その一行は違う「意味」なのである。
「欲望」ということばは一般的に「死」とは同義ではないが、彼にとっては「同じ関係」からあらわれてくることばである。つまり、この一行は「死は彼にとっては抽象的だった。」と書き換えることができる「比喩」なのだ。「一度も経験していない」。だから「死」と同じように抽象的。それがあることは知っている。知っているけれど、一度も経験していない。だから「抽象」と呼ばれる。
このわかりにくい注釈は、その詩が破棄された時に書かれていたメモからの引用したものである。

「過去」とは思い出すたびに変わってしまうものであり、それは「未来」よりも不確定な時間である。詩人はウィンドウを通りすぎなかった。あの界隈へは行かなかった。かわりにウィンドウのなかで、長い間、「唇」に「唇」を重ね合わせていた。あまりに長い時間、重ね合わせていたので、二つの影はまったく別なものになってしまった。似通ったところを互いに消しあい、それから忘れようとした。




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どうしても、

2015-03-17 01:42:36 | 
どうしても、

「どうしても」ということばが、夢のようにしつこくあらわれてきた。「破る」ということばを遠くから引き寄せて「夢のなかで本のページを破らなければならないのに、それができない」ということばに組み立てたあと「どうしても」手に力が入らない、という「声」になった。
泣きそうだった。いいわけをしているのだった。

見たのだった。「朱泥の剥げた鏡」ということばは「浴室」ということばといっしょにあり、「剃刀」ということばがさびたまま濡れていた。それは、鏡の裏側へつづく長い廊下へつながり、そのなかを歩いていく男は角をまがらないまま、私のなかで消えた。それは夢の本のページを何度破っても、あたらしく印刷されて増えてくる。

それから突然電話が鳴って、何を「破った」ためのなか、電話の音は夢のなかへは戻らないのだった。

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破棄された詩のための注釈(12)

2015-03-16 00:59:19 | 
破棄された詩のための注釈(12)

「愁い」ということばは、どういうときにつかうだろう。詩人は「嫉妬」と同じ意味に用い、それがいままでにない魅惑を引き出したと書いているが、これは書き急いだために剽窃の仕方を間違えたのである。「嫉妬」を「愁い」と言い換えた方が、「嘘」を含み、女の輪郭を豊かにするはずである。

遠くで川の水がざわめくのが聞こえた。「街が沈黙にちかづいていく音に似ている」。起承転結の「転」の部分で、詩人はそう書きたかった。そして、そのことから一連目に引き返したために「嫉妬」ではことばが強すぎると感じ、「愁い」にしたのだった。しかし、私の率直な感想では、やはり、どうもちぐはぐである。

ほんとうは書きたくなかったのかもしれない。

「反対側」から、あさはかな唇がちかづいてきた。セーターのなかに手を入れると「裏切り」と「哀願」がやわらかく動いた。へそや性器ということばが部屋を横切る猫のように立ち止まったが、書かなかった。(一度は書いたが、傍線で消した。)それから「川の土手の木の横に立ってみている。」という行を最終行にするために、楷書で書いた。
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破棄された詩のための注釈(11)

2015-03-15 01:10:33 | 
破棄された詩のための注釈(11)

「建物」は夕日が少しずつ去っていくグラウンドの隅にあった。立てかけた自転車の影が壁に斜めになって動いた。「建物」と呼ぶほどの大きさではないのだが、「建物の内部から」ということばを書きたくて「建物」ということばを選んだのだった。「建物の内部からはいくつかの繰り返される物音がした。そして建物の内部には消えることのない匂いがたまっていた。」

「建物」は人が見捨てた街の、最後の信号のある四つ角の右側にあった。扉のない階段があって、午後の日が差すと、そこに猫がうずくまる。猫がいるあいだはだれも階段をのぼらないが、いなくなると猫よりもひそやかな足が階段をのぼる。左手で壁をたどりながら歩くとき「世界が始まる。沈黙の合図のあと、世界が扉を開いて、むこうから近づいてくるみたいに。」

「建物」は、もうどこにもないのだが「四角い窓」が残っている。内側から外を眺めたことがあるならば、夜のなかから昼を眺めるように感じるに違いない。手摺りの高さに鉄橋があり、貨車が渡るとき、規則正しい音が川を渡ってくる。だれが住んでいたのか思い出そうと「振り返ると、怠惰なカーテンがつくりだす影の中で、どこにもないような青ざめた汗の輝きが揺れている。」

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破棄された詩のための注釈(10)

2015-03-14 01:32:09 | 
破棄された詩のための注釈(10)

「カーテン」は光をさえぎるもの、光を弱めるものという定義は、詩では無効である。さえぎることによって逆に光の存在を強調する。風にあおられて揺らめくのは布か、光か。あるいは、その光がつくりだす胸の影か。あるいは、その影がつくりだす胸の形か。--それは「薄青い布のソファ」の上に半分かかっていた。「薄青い」という色のせいだろうか、「窓からヨットが入ってきて、部屋の中央で向きを変えた。」

その動きと、本のページが風にあおられ、物語は突然飛躍する。「鉛筆で描かれた裸婦の輪郭の周辺で、水彩絵の具は線をはみ出たり、そこに届かなかったりした。」その結果、白い空白が光よりも「純粋に」輝いた。指は「悲しみ」となって、やわらかなカーブを「去り」、「記憶だけが」絵筆の動きを真似る。
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破棄された詩のための注釈(9)

2015-03-13 01:34:29 | 
破棄された詩のための注釈(9)

ことばを書く人の役割について、彼はこう語ったことがある。「起きたこと、体験したことを報告するのではなく、言語によって紙の上にひとつの運動を描き出すのだ。」彼の傍には、黒い犬が「前脚を立てて座っていた。」橋の上だった。

「黒い犬」は「旅行鞄」の比喩だった。「言語」という厳しい音を教えてくれた人は、彼と同一人物だったか、本の中の別の人だったか、記憶が散らばってしまってよくわからない。「前脚を立てて座っていた」という一文には、「立つ」と「座る」という矛盾した動詞が共存しているから、「旅行鞄」には「出発」と「帰還」の二つの意味があると読むべきである。

「鞄」という古い文字の中には「包む」という動詞が隠れている。「旅」という文字は「放す」という文字と似ている。「包む」と「放す」は矛盾している。その矛盾の間を行き来するものは何か。

「どこにも行かない」ことこそ「旅」の本質である。「橋の上」に立って、左岸から来たのか、右岸から来たのか、左岸へ行くのか、右岸へ行くのか、考えるのは寂しい。その橋まで流れてくる間に、川は何度月に照らされ、何度月を映したか。「照らす」と「映す」は反対の運動ではないが「水面」の上で共存し、「去っていく」。そのようにして「行かない」と「去って行く」という矛盾と河の流れは交錯する。混乱し、思わず、目を閉じる。「逆さまに映った窓」を見ることもなく……。

男が目を閉じても風景は存在するか。同じように、本を閉じるように(窓を閉じるようにではなく)、目を閉じてその男を想像する。そのとき、読者のなかに男は存在するか。存在するとき、男と読者は「ひとり」に「なる」のか。どちらが、だれに近づくのか。「自分」を「失なう」のか。そんなつまらないことを、何本もの傍線を引いて「川」のなかに隠し(「川」という文字の中には三本の流れしかないが)、中断し、破棄された詩。

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破棄された詩のための注釈(8)

2015-03-12 01:33:55 | 
破棄された詩のための注釈(8)

「鏡」を定義すると、「物を映すもの」になるかもしれない。しかし、実際のつかわれ方から考え直すと、鏡は形を整えるものである。ひとは、朝、鏡のなかで自分の顔を整える。顔を整えることは、こころを整えることであるというひともいる。詩人はこの定義の「整える」という動詞を活用して「男は鏡のなかに必要なものがすべて映るように部屋を整えた」という一行を書いた。これは彼の「現実」の報告である。読みかけの本(クンデラ)とモレスキンの黒い表紙のノート、2Bの鉛筆の位置を決め、こころが落ち着くと、彼は鏡を磨いた。鏡が清潔になると、本とノートと鉛筆が美しい影を机の上に広げるのが、鏡のなかに、わかった。

この詩が中断し、破棄されたのは、男の部屋に女がやってきたからである。女は「この鏡、嫌いだわ。鏡のなかから、鏡の外にいる私をのぞいている」と言って、壁から外すことを主張した。静謐が破られた。静謐とは「朱泥のようなものである」。「朱泥」が「比喩」になって突然浮かんだ。鏡の底にはってある銀を裏側からささえる朱色。しかし次の行が思い浮かばない。女が去った後、「壁に鏡の輪郭をした白い影が残った」という行は何度も書かれ、そのたびに傍線で消された。





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坂の上から

2015-03-11 18:00:00 | 
坂の上から

坂の上から塀の中の枝垂れ梅が見えた。
半分壊れた花のなかで、遅れて咲いた花が白く残っている。
立ち止まると風がつめたい。
立ち止まっていると雲が動いたのか、日差しが明るくなった。
花びらが光の方へ手を伸ばしたみたいに輪郭が濃くなった。
ぽっと光った。
こころのなかにも一輪の梅が。





*

http://www.amazon.co.jp/%E8%B0%B7%E5%B7%9D%E4%BF%8A%E5%A4%AA%E9%83%8E%E3%81%AE%E3%80%8E%E3%81%93%E3%81%93%E3%82%8D%E3%80%8F%E3%82%92%E8%AA%AD%E3%82%80-%E8%B0%B7%E5%86%85-%E4%BF%AE%E4%B8%89/dp/4783716943/ref=sr_1_1?ie=UTF8&qid=1426004963&sr=8-1&keywords=%E8%B0%B7%E5%86%85%E4%BF%AE%E4%B8%89
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「リッツオス詩選集」も4400円(税抜、送料無料)で販売します。
2冊セットの場合は6000円(税抜、送料無料)になります。
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