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詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

破棄されたの詩のための注釈(31)

2015-04-18 01:24:07 | 
破棄されたの詩のための注釈(31)

テーブルの片隅に集められたのは「ぬれている」ということばと「水面の青」。「水面は正午の光で青くぬれている」ということばと、「ボートからはみだした影が水面で黒く輝く」ということばが、砕けながら入り乱れた。四月の正午、風は南から吹いた。

水に触れる手は、何を考えて模倣するのか。砕けるものを集める「感覚」ということばは「私は私を見て(あなたはあなたを見ないで)」という中途半端なことばを半ば所有し、半ば放棄している。想像力は、網膜のなかで完成する安直を拒否する。

そのように段落は変更された。

新しい単語はつづかず、スターバックスの外のテーブルの上に雨が降り、「ぬれている」ということばは水面から「青」をはがしていく。灰色の粗い粒子が現像しそこねた写真のように、水のなかから浮いてくる。「ボートの横」では、水に映った杭の色という問題が残される。







*

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破棄されたの詩のための注釈(30)

2015-04-17 01:28:08 | 
破棄されたの詩のための注釈(30)

「反映」ということばがあった。ハナミズキの並木の坂道があり、そこで失われたものがある。けれど「視線」は残っていて、それがやわらかな花びらから「反射」してくる。その感じを「反映している」という動詞で言い換えたいと思った。その日のことばは。

「非在」とか「空虚」ということばをゆっくりと退けながら、坂がおわるところを見ていると「失われた」が「失われる」という現在形の動詞になって、坂をのぼっていく。こんな奇妙な「愛する」という方法(沈黙)を見つける必要があったとは……。
 
「空」という文字を傍線で消すと、青い空気が青いまま降ってきて、歩いていくひとの影になる午後。空を見上げれば飛行機雲の、まっすぐな道。そのさびしい色のハナミズキが揺れて、私のこころを「主張する」。


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破棄された詩「けやき通り」のための注釈(29)

2015-04-15 01:11:37 | 
破棄された詩「けやき通り」のための注釈(29)

「並んでいる」ということばがつかわれているのは、木がそれまで見てきた木というものはかってに生えているものだったからである。強い衝撃で暗闇に突き落とされたあと、気がついたとき、木は木が並んでいるのに気づいた。

「高い木が並んでいる」と言いなおされたのは、木が並んでいるだけではなく高さがそろっていることに気づいたからである。枝はいずれもビルの三階の高さから斜めに伸びている。横に広がると切られてしまうので、斜めに伸びることを自然におぼえたのだった。

「高い」は「上の方」と書き直されると、そこではざわざわとした騒ぎが始まった。幼さが、あたりにもやのようなものを吐き出し、少しでも早く緑の色を濃くしようと競っているのがわかった。木は、その木の欲望をなつかしく感じた。

「なつかしい」とは「おぼえている」ということばといっしょに動いている。木は、ほかの木のことは忘れてしまったがその木のことをおぼえている。その木は「水が石にぶつかり、飛び越しながら流れている」と言い、そこから春が始まった。

木は、「流れる」ということばに誘われて、枝がつつみこむ道の下を走る車は何を頼みにしているのだろうと疑問に思った。「信号の指図は短調で、止まれと進めを繰り返すだけである」と書いたところで、木のことばは中断した。信号に止まる車のように。

詩の中断について私が知っているのは、木が「どうしても鳥の世話がしたいのだ」ということばを書きたくなったと思ったからだ。「止まる」ということばが鳥を空から呼び出したのだ。だが、どこにも「とまる」鳥はいない。枝は、その軽さに苦しんでいる。







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雨が止むと、

2015-04-10 01:05:31 | 
雨が止むと、

雨が止むと、闇が街角から這い出してきた。あるものは輪郭のあるものをつつみながら高さを目指した。街路樹の濡れた肌は、内部の色を吐き出し、根本の土を驚かせている。あるものはアスファルトと雨の残した水分のあいだに忍び込み、いくつもの鏡をつくり出した。信号が変わると、家へ帰る車のブレーキランプの色が、踏み割られたガラスのなかに赤く輝いた。ビルの窓に、その赤が映るのを見ている人がいた。

黒いまま光っているのは、ビルのあいだの川である。
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明らかなこと

2015-04-09 00:06:20 | 
らかなこと

明らかなことは、この椅子から数歩離れた窓に西日が来ていること。
いまはガラスに触れて自分の色を探している。
あるものはガラスの厚みのなかにとどまり、あるものは横にすべり、
あるものはガラスをくぐりぬけて部屋の隅まで椅子の影を伸ばす。

明らかなことは、ベランダの花が色を主張することをやめるということ。
静かな影のなかに花びらの影を重ねて、色をしまいこむ。
明らかなことは、そのときの変化が美しく見える。
明らかなことは、その変化を教えてくれたことばは
きのうという時間にになって窓の外に来ているということ、
去っていく西日みたいに。



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破棄された詩のための注釈(27)

2015-04-08 01:11:33 | 
破棄された詩のための注釈(27)

「川」があった。捨てた物語のなかで、男が窓を開けたときだった。夜が入ってきた。雨上がりの新しいにおいと、沈黙をこえてやってくる音が。男はこころのなかで「川」を見ていた。満潮でこえふとってくる河口の、塩であまくなり、つやめいてくる水。

「川」があった。捨てた物語が、チーズを切る女のこころのなかに入ってきた。ニンニクを塗ったパンと赤ワイン。きまりきった日常の断片の中に、そのまま紛れ込むみたいに、男が「遠くから川のにおいがする」と言った。

知らない川の上を、やすらぎという時間が流れている。



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破棄された詩のための注釈(26)

2015-04-07 00:03:10 | 
破棄された詩のための注釈(26)

「灰色」。あの「灰色」はなくてもよかった。あの風景はなくてもよかった。斜張橋のいちばん高いところがかすかに見え、その向こうに広がる海か、空か判然としない「灰色」。その「色」がなければ、いっしょに見ることもなかった。また、その午後の光を背後に隠して、「感情のことを話そう」と言うこともなかった。

「わかりにくかった」。なぜ許そうとするか、わからなかった。その「わからなかった」を「わかりにくかった」と書き直したときに始まる詩を書きたいと思った。「わかりにくい」ときさえ、「わかりにくくさせている」ということがわかってしまう感情がある。

ほんとうは「感情」ということばの尻に*をつけて、詩の最後に小さな活字で「どんな断言も感情から発せられたのなら真実になる」という注釈をつけることを考えていた。


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破棄された詩のための注釈(25)

2015-04-06 01:03:18 | 
破棄された詩のための注釈(25)

「三つ」ということばがあった。「こころには三つの仕事がある。愛する。憎む。悲しむ。」それを消した瞬間、漠然とした不安に詩人は襲われた。いま消しても、これから先も必ずあらわれてきて、それを消しつづけなければならない。

「一つ」ということばがあった。不意に襲ってきた不安を無効にするためには、「こころには三つの仕事がある。愛する。憎む。悲しむ。」ということばを、いま書いてしまえばいいのだ。「一つ」はすでに起きてしまっている。

「二つ」ということばがあった。「こころには三つの仕事がある。愛する。憎む。悲しむ。」は「二つ」のこころに同時に生まれた。そう知ることは、概念にとって、けっして消すことのできない愉悦である。
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破棄された詩「坂について」のための注釈(24) 

2015-04-05 01:00:03 | 
破棄された詩「坂について」のための注釈(24) 

坂の堅牢について、
中村さんの庭の楠は、空き地に建った家からの「越境」という苦情によって、断面図のように半分が切られてしまった。坂はそれを見ていたが、坂の表情である傾きは少しも変わらなかった。堅牢なものである、と思う。

坂の緩慢さについて、
のぼるとき、おりるとき、土踏まずはゆっくりとアスファルトに近づくのだが、そのとき私は坂が私の土踏まずを押し広げながら、坂であることを主張すしているように感じる。その力は緩慢であるが、緩慢であるがゆえに、あなどれない。

坂の愉悦について、
呼吸の疲れを吐き出しながらのぼっていく男がいる。他人に、そんなふうに働きかけることができるのは坂の愉悦である。あるいは、のぼりつめる寸前に見える向こう側の街を見て、男が勃起すると知ることほど坂にとってうれしいことはない。

坂の絶望について、
「何ひとつ失うことができない」ということばがあった。「自分であることをやめることができない、遠くへ行くことができない」ということばが読みかけの本で散らばり、うねっていたが、これでは「意味」になってしまうので、(以下判読不能)。


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破棄された詩のための注釈(23)

2015-04-04 01:44:49 | 
破棄された詩のための注釈(23) 

「半壊のビルは思うのだった」ということばがあった。少し前に「高く残ったビルは考えていた」と書かれていたのだが、「半壊」ということばがつかいたくて書き直されたのだった。「半壊」は「全壊」よりもなまなましい。穴のあいた二十階の床から見える、あの街の上に広がる空のように。突然開いた虚無よりも深いのだ。

「半壊のビルは思うのだった」ということばは、その後「半壊のビルは考えていた」に書き直され、少し前に戻る。「高く残ったビル」と書いたときに、その高さを破壊しにやってきたのは何もない空だった。しかし、空は破壊もしなければ、ビルに強靱な輪郭を与えるわけでもない。無関係に鳥が落ちていくために存在する。

擬人化は、ほんとうに擬人化なのか。そうではなくて、人の「擬物化」である。なぜなら、ことばは人間のものであり、物のものではないからだ。みずから「比喩」になることで、人はものに生まれ変わる。ものとして生きることで、あらゆる感情を捨てる。捨てたいのだ。名前のないセンチメンタルは。

「半壊のビルは思うのだった」ということばは、しかし、正確ではない。全壊してしまったビルが、まだ「半壊」のときに思いたいことをことばにするために書かれたものであって、そのことばが呼び出されたときには、もうビルは跡形もなかった。しかし「半壊」と声に出せば、「半壊」は瓦礫から犬のように這い出してくるかもしれない。

「半壊のビルは思うのだった」のあとに「もう壊れることはない」ということばがいったん書かれ、それから詩は破棄された。あの事件を語るには、「半壊のビル」は野蛮すぎる。夕暮れ、風が吹いてきて空が黄金色からラピスラズリーに変わるとき、割れた鏡が星を吐き出したという描写のように。









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破棄された詩のための注釈(22)

2015-04-03 01:22:27 | 
破棄された詩のための注釈(22) 

「明滅」ということばで、人が感じるのは明るさの方だろうか、暗さの方だろうか。坂を上ったところにある街灯は、何度取り換えられてもすぐに明滅する。そばの桜が咲いた日は、街灯が繰り返し光の花びらを開き、また散らしているようにも感じられた。

「明滅」ということばは、桜に驚き吸う息を止めたときの女の輪郭の揺れに似ていた。しずかに膨らむ胸のまるみの内側に少しくらい翳りが、吐く前の息の形であらわれる。そのことを書きたくて、詩人は「明滅」ということばをつかっている。

「明滅」ということばは、ある批評家に「桜のはなやぎと女の暗さの対比である」と遠回しに批判された。街灯のつくる花びらの影に支えられ桜はなやぎ、光が暗くなる一瞬、女のからだから悲しみがほのかな光のようににじむ。あまりにも安直な感情ではないか。

「明滅」ということばは、なぜ「明」が先で「滅」があとか。あらわれることばによって意識はつくり出されるものである。ことばが、ことばの順序によって、感情を生み出していく、と反論は書いたが、それも詩といっしょに破棄された四月の雨の日。






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破棄された詩のための注釈(21)

2015-04-02 00:32:39 | 
破棄された詩のための注釈(21) 

「その角」はケヤキ通りにある書店(「2001年宇宙の旅」の監督の名前がついている書店)を過ぎたところにある交差点のことである。花屋を巻き込むようにして左に曲がると、夏は海から風が吹いてくる。花屋では季節が顔を出し過ぎるので、詩人は「ドラッグストア」と書いて時間の色を消している。

「その角」を曲がって「物語」は海の方へ駆けて行ってしまったのだが、そう書いてしまうのはだから、センチメンタルすぎる。左手の公園の坂を上り、いぬふぐりの淡い桃色を見つめた視線が遊歩道に落ちて、散らばったままだったと嘘を書いた。しかし、「淡い桃色」という音が気に入らなくて、その二連目は傍線で消された。

三連目は「その角」を曲がって、八台の車が止められる駐車場の横を通り、路地をひとつ渡ると古い市場へ歩いていく。ヨーロッパの言語で「季節を売る店」と呼ばれる何軒かが、手書きの値札をならべている。店番のお爺さんはラジオでなつかしい歌を聴いている。そのメロディーをハミングした声が、そこを通るたびによみがえる。

音は消える。しかし記憶は消えない。そして、それは「物語」の一部になりたがる。皮の厚い甘夏カン。その重さを手で計っていた。その、掌のまるみ(まるく包むような)やわらかな指のひらいた形。その指に対して何事かを言ったお爺さんの声も。そしてお婆さんのお爺さんを叱る声が。「いぬふぐり」の二連目を消した理由は、ここにもある。

ほんとうは海風が吹いてくる道を歩きつづけたところにある誰も知らない大きな木について書きたかった、と詩人は手紙に書いている。幹に掌を押し当てると、木の中を流れる水のつめたさが掌にやってくる。ふるさとを思いながら、そんな嘘をついたとき「ほんとうだ」と帰って来た声。それを忘れることができない「物語」を。




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バスに乗っていると、

2015-04-01 01:13:02 | 
バスに乗っていると、

バスに乗っていると、
これから行くあの部屋から音楽が聞こえてくる。

ガラスのテーブルを挟んで、
向かい合って椅子がある。

沈黙、三十秒。
風景のなかで止まったバス。

あの部屋で、私はバスに乗って聞いた音楽を思い出す。
本棚に本が二列に並んでいる。

バスに乗っていると、
これから行くあの部屋から音楽が聞こえる。






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破棄された詩のための注釈(20) 

2015-03-29 01:42:41 | 
破棄された詩のための注釈(20) 

「肖像画」を定義して「修正された線」という比喩から書きはじめている。修正することで人工的な空間をつくりたかったのである。感情はこころにあるのではない。人間の内部にあるのではない。「空間(その場)」にある何かと結びつき、断言に変わるとき、感情はつくり出される。

「肖像画」をしばらくみつめて、それから突然気づいたように、語りはじめる。最初からわかっていた。わかっていたことを印象づけるために、間を置いたのである。間を置いたあと、一連目のことばを二連目で反芻することで「物語」へと、ことばをずらしていく。「修正された線」には、すでに「物語(その時間)」が存在している。

三連目。比喩を消して読み直すと、テーブルと椅子と、テーブルの上の瓶とグラスが残る。女はグラスを左手でもち、右手の布巾でテーブルを拭いている。犬は部屋の隅から、上目づかいでその様子を見ている。

「肖像画」ではない。「絵」のなかの「顔」だけを取り出している。「修正された」のは「構図」の方である。人工的な時間をつくりたかったのである。悲劇は関係のなかにあるのであって、個人の内部にはない。「時間(物語)」をつくりだしてしまう論理は語られてしまっているがゆえに、すべて剽窃である。
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ゆるい坂と急な坂を

2015-03-28 00:56:41 | 
ゆるい坂と急な坂を

ゆるい坂と急な坂をくりかえしのぼった。
そこに何を残して来ただろう。
突き当たりのアパート。
そこに何を残して来ただろう。

昔あった二階建てのアパートは
階段ごと消えていた。
なくなったものの向こう側は
見たことのない空。

空の下には川がうねって
夕暮れの光を流している。
昔と同じだろうか。

遠くには海。
波の形は見えないが、海だろう。
船は時間が止まったように動かないが、海だろう。







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