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詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

ピアニッシモ

2016-02-08 00:00:00 | 
ピアニッシモ

 私は遅れてその部屋に入っていったのだが、「ピアニッシモ」というのは、すぐに「比喩」だとわかった。わざと抑えた欲望という意味と、知れ渡った秘密の共有という意味に分かれて、それがそのままそこにいるひとを区別した。白い皿と、中央に置かれた果物のいくつかの色を跳び越えるように、ことばが行き交ったが、語られるのは思ってることではなく、それぞれが知っていることであった。したがって、ひとを区分けしているのはことばの内容というよりも、ことばといっしょに動く意味深な目配せや、唇の端に浮かぶゆがみであり、それを不注意に「感情」と誰かが言い換えてしまったために、突然、沈黙が広がってしまった。
 「いまのお考えについて、どう思われます?」
 決して他人と同じ意見を言わないひとが、私に問いかけてきた。私は、質問とは無関係に、私の順番がきたら言おうと思っていたことばを、何度も何度も頭の中で繰り返していたのだが、言わなければならない瞬間にのどがこわばり、声がかすれてしまった。「あのピアニッシモのタッチには、独特の感情というよりは、数年前に流行したスタイルの影響が感じられますね。何かの衝動に負けて動いてしまうというよりも、そういう雰囲気をだそうとしている。私はむしろ、それを意思と呼んでみたい気がします。」



*

谷川俊太郎の『こころ』を読む
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鏡/異文

2016-01-27 22:40:20 | 
鏡/異文

この鏡は見たことがある。
花瓶のなかの花を裏側から映していた。ドアが開くと、奥の部屋にある鏡に、目配せのように、いま映している色を投げつけることもあった。

これは「対称」について書こうとした詩の冒頭。
精神を動かすために、いくつかの疑問が余白に残されている。

一、反対側の鏡が花の正面の形を投げ返してきた場合、それはどこで交わるのか。
二、その場合、時間の「対称」はどう影響するのか/鏡のなかで遅れはじめる時計。
三、自分がどこにいるかわからない、と漏らす老人。

いま、ことばは肉体の位置にもどることを欲する。つまり、
見おぼえるある鏡は、体を動かしたときに見えるだろうということを思い出す。
下にしていた脇腹を上にし、上にしていた脇腹を、なまあたたかいくぼみにあわせる。
立体の鏡のように。

「ひらいた傷口」という抒情詩が、その瞬間に完成する。
書かれないことによって。



*

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2冊セットの場合は6000円(税抜、送料無料)になります。
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感情のように/理性のように(異聞)

2016-01-26 00:10:22 | 
感情のように/理性のように(異聞)

本の中の冬の石畳を歩いていくと、足音が凍りながら細い路地へ逃げていく。私から離れていく。そこに、「感情のように」ということばを挿入すべきか、それとも「感情のように」ということばを削除すべきか、悩んだ跡が、「見せ消ち」の形で残っている。

まだ書かれていない意識は、そこで新しい路「見せ消ち」という虚構をつくる。肉体がおぼえている地図を拒絶するように。そのとき、だれかが「理解するとは、私が対象(他者)になることだ」と上の階の部屋で叫ぶ。自殺志願者のように、その声が落ちてくる。見上げると明かりがぱっと消える。

さっきまで存在していた影が、私の背後(脇かもしれない)から暗闇になって侵入してくる。あるいは漆黒となって、私の知らない方向へのびていく。そのあと、「理性のように」ということばを続けるべきか、それとも「理性のように」ということばを切断すべきか、悩んだ跡が、「見せ消ち」の形で残っている草稿。
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冬の帰り路/異聞

2016-01-20 22:17:58 | 
冬の帰り路/異聞

空が冷たくなると街灯がともり、きめの細かい白い光が上空の冷気を地上へひきおろすようだった。(白い光が上空の冷気を地上へひきおろし、きめの細かい輝きとなってちらばった。)靴音が歩道から跳ね上がり、ウインドーにぶつかり、さらに細い音になるのを耳の奥に聞いたのは、その路地に入る前のことだった。

街灯の下を通りすぎると、影が突然方向を変えるのがわかった。男は、これから自分の影が長くなる方へと足を運ぶのだが、頭の中で「この影はさっきまで自分の後ろにあったのだ」とことばにしてみると、後ろへ、過去へと歩いているという錯覚がやってきた。(背中が剥がされ、その平べったいものが、背後から前方になげつけられたように感じた。だれか、私否定したいものが背後にいるのだ。)

おかしいな、右に石垣の奇妙なふくらみ。左の上に蝋梅のにおい。前に角度のわからない坂。(見知らぬ傾斜がアスファルトになって、迫ってくる。)おかしいなあ。手はどこに。鞄はどこに。影は薄くなって、闇と区別がつかない。(そんなはずはないのだが)、一点透視のなかせ男は吸い込まれてゆき、あとに冬の帰り路だけが残されるのだった。(一点透視のなかから、帰り路ということばが長く長く、永遠に長くのびてくるのだった。)

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(時間が通って行った、)

2016-01-06 22:09:22 | 
(時間が通って行った、)

まだ書かなければならないことが残っているが、
冬の堀に裁判所への橋をが逆さに映っている、
(時間が通って行った、)
という描写を消して、
ことばが
ハスの実が影になりにゆくとき、
弱いひかりのなか
水の上を風ということばがわたってきて、
ハスの実の輪郭を透明に削る
(時間が通って行った、)
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誰に、

2016-01-05 00:14:17 | 
誰に、

坂と石の階段をのぼったところにある店で古本を買った。
絵はがきが挟まっていた。
私がのぼった坂と石段が描かれていた。
真昼の短い影といっしょに。
誰に見られてしまったのか。
海の匂いがする路地をとおってきて、その
坂から石段にかわる場所で立ち止まると、
私しかいなかった。
風と光、空と海に無防備にさらされた。
見られるしかなかった。

誰と待ち合わせるために古本屋に行ったのか。
ひとから逃れるために行ったのか。
絵はがきが挟まったページは、
「坂と石段をのぼったところにある店で」
ということばで終わっている。
誰に見られているのか、



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本のなかを/異聞

2015-12-31 19:21:12 | 
本のなかを、

本のなかを走っている鉄道を八時間かけてたどりついた冬の朝、
ことばはホテルのベッドに横たわっている。それから
突然降りはじめた雨になって窓の外側を流れてみる。
上の方では葉を落とした梢が激しく揺れ、影が乱れ、ことばは、
その乱れを別なことばで言い直すのはむずかしいと感じる。
ことばは、ほんとうは、音楽界に行くべきかどうか迷っている。
ことばは、まったく希望をもっていない。胃の手術を二度したあとの父のように。

しかし、それはあしたの朝のこと。
枕元のスタンドは黄色い光。広げたノートの上にことばが小さな影をつくっている。
書こうとして書けないことの、あるいは鉛筆の、



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隣のことば

2015-12-28 10:32:54 | 
隣のことば

夜遅く帰ってきた
隣のことばが無言でものを食っている
箸を動かしたあとしつこいくらいに噛む
顎と舌を動かす唾液をまぜる
食うことを強制するようにむりやり

と描写することばと描写されることばのあいだ

木の椅子が木の床をこする歯ぎしりのような
足をくみなおす布のこすれるような
音を口蓋にとじこめなおも噛みつづけるが、
お茶をすすり終わると
歯も磨かずに奥の部屋へずって行き布団にもぐり寝る
だらしない乱れたゆくもりが交わることば



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声/異聞

2015-12-24 15:08:42 | 
声/異聞

呼ばれて振り返ったが誰もいなかった。声が残っていて、その暗い部分に窓があった。窓の外には夜があった。夜の樹がカポーティの部屋をのぞいていた。

そんなことがありうるのか。ありえないからこそ、あったのだ。覚えている。あったとこは、けっしてなくなることはない。

何を言っていいのかわからなかった。声もわからないまま、ことばを探しているのがわかった。

夜が鏡になった。鏡が窓になった。その部屋。私は半透明の自分の内部をのぞいているか。輪郭のない樹になって、声を茂らせているのか。
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さざん花/異聞

2015-11-26 01:11:30 | 
さざん花/異聞

本のなかで、さざん花が雨にぬれて、しだいに荒れていく。古い家の生け垣の花だが、家の持ち主が死んで以来、まわりの木々もまた死んだものとみなされて、何の手入れもされていない。蜘蛛が破れ目のない巣を広げているのと対照的である。

本のなかの、さざん花の描写には魅惑的なところがある。衰えていくのに、咲き始めるときよりも強い力をもっている、という説明の後に「桃色の花びらの縁が金色に錆びる」とつづけられ、その一行を読んだとき、私は実際にその金色を見に行かなければ本は終わらないと思い込んでしまった。

桃色の花の金色の錆びた縁取りは、そのうちにほんとうの花びらになって、アルファロメオが止めてある角の家で枯れた。一枚は赤いボンネットをかすめ、アスファルトの上に落ちる。すると真昼なのにカーテンを閉めた部屋のなかに夜が始まり、内部からその家は荒れていく。「互いのこころを読みあうので、ことばが失われていく関係のように。」

本のなかで、さざん花の家には輝かしいものと暗いものの両面があって、うわさとなってひろがり、買い手のないままその通りを歩くひとの目印になるのだった。(この一文は、あとになって棒線で消され、中断したまま破棄される。)


*

谷内修三詩集「注釈」発売中

谷内修三詩集「注釈」(象形文字編集室)を発行しました。
2014年秋から2015年春にかけて書いた約300編から選んだ20篇。
「ことば」が主役の詩篇です。
B5版、50ページのムックタイプの詩集です。
非売品ですが、1000円(送料込み)で発売しています。
ご希望の方は、
yachisyuso@gmail.com
へメールしてください。

なお、「谷川俊太郎の『こころ』を読む」(思潮社、1800円)と同時購入の場合は2000円(送料込)、「リッツォス詩選集――附:谷内修三 中井久夫の訳詩を読む」(作品社、4200円)と同時購入の場合は4300円(送料込)、上記2冊と詩集の場合は6000円(送料込)になります。

支払方法は、発送の際お知らせします。
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破棄されたの詩のための注釈(35)

2015-04-27 10:59:49 | 
破棄されたの詩のための注釈(35)

   私を追い越した男が、路地を曲がったところで脇の階段をのぼっていく
   のぼり口に水道の蛇口が星の光を集めて滴をたらしている
   それは誰の光なのだろう
   あれは誰の階段なのだろう、もう誰もいないし、誰かがのぼった気配もない

一行目。「追い越した男」は「前を歩く男」の方がよかったかもしれない。前を歩く男の絶望というものはいつでも刺戟的である。「前」というのは実際の通りであることもあれば、その人の人生でもある。ある男色家の手紙によると「絶望は背後から見ると、まるで人を誘っているかのようにまっすぐである」。いつか剽窃して詩に書いてみたいと思うが、「まっすぐ」が伸びていかない。この詩でも「曲がる」という動詞が動き、絶望が奇妙な欲望に変わってしまった。

二行目。ことばは存在しないものに輪郭を与えるという哲学のために書かれた一行。形而上学的な意味を含まないと詩ではないと考える詩人のために、そういう注釈をつけたくて書いた。「たらしている」ということばのあとに、意識のなかでは「音が響く」と書いてあったのだが、それはやはり意識のなかで消されてしまった。ことばがねじれすぎるのを避けるためと、つぎの「光」への移行が、ことばの飛び越しになってうるさいからである。

三行目。「誰の」ということばは「ひと」を近づける。そこに誰もいなくても、「誰の」ということができる。「誰の椅子だろう」「誰の窓だろう」と書くだけで、椅子や窓といっしょに、そこにいただろう人間の人生が見えてくる。斧で叩ききった木を荒縄で結んだだけの椅子。路地から見上げると顔の下半分だけが見える窓。そう書くと、「誰の」はさらに濃密になる。

「誰の」と書くことで、私は「前を歩く男」に自分を近づけるのである。

四行目。「誰の階段だろう」は意識のなかで「あの男の階段なのか」から、肉体を動かすことで「私の階段」にかわり、その変化のなかで私は私ではなくなる。「階段をのぼる男は誰の肉体なのだろう」と言い換えることができる。私が私ではなくなる。その「裏切り」。それをことばにしたい欲望にとらわれる。欲望が私を裏切っている。そうことばを動かしていくとき、人間のいちばん大きな欲望とは絶望することである、ということばがどこからともなくやってくる。



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破棄されたの詩のための注釈(34)

2015-04-25 01:35:04 | 
破棄されたの詩のための注釈(34)

「咳」ということばがあった。部屋の隅で、はっきりと自己主張した。それが前後の沈黙を分けた。
薄暗い部屋のなかで少しずつたまってきた沈黙が、ゆっくりと距離を測っている。近づいてそろそろ手を取り合おうとする瞬間だった。
誰かが見張っている。
どう動いていいのか、だれもわからない。わからないまま、沈黙が固くなった。

椅子がガタンという音を立てた。
「咳」ということばが、さっきとは反対の部屋の隅で動いた。振り向かずに、肉眼ではない眼で見ているひとの、のどのやわらかさを感じさせる「咳」だ。(そのように描写しようとして、何度も書き直した様子がノートに残っている。)
けれど、一度変化してしまった沈黙はもとにはもどれない。

「咳」ということばがあった。
ひとりが立ち上がり、そっと歩きはじめる。抑えても、抑えても、足音がはみだしてしまう。そのひとの内部の沈黙は、それ以上に荒らされている。荒れている。
足音が、一呼吸、とまる。
その一呼吸を消すようにして「咳」。
だれのものかは読者の判断に任された、その「咳」ということば。
形容詞はついていない。

「咳」ということばがあった。
はばかることなく足音を響かせ、ドアを締めるときに、合図をするように発せられたその咳ではなく、
「のどにつまったままの」という修飾語が「咳」ということば。
「沈黙でさえない」沈黙の孤独ということばに沈んでいく。



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破棄されたの詩のための注釈(33)

2015-04-24 01:12:48 | 
破棄されたの詩のための注釈(33)

「たとえば」ということばがあった。「たとえば」について最初に語ったのは鳥の顔をした男であった。「ことばにはそれぞれ性質というものがあって、たとえば『たとえば』と言えば、私の場合は冒険好きで気まぐれだ。」鳥の顔をした男の「たとえば」は、つまり「机の上の鉛筆の角度を語っていたかと思えば、次の瞬間には犬が見上げる角度になり、リードを強引に引っぱり川原へ下りてゆく。それから、土の中から目覚めたばかりの蛙をつかまえて私を驚かす。」

「たとえば」ということばがあった。たとえば私の「たとえば」が。それは、逃走しようとしたが、鳥の顔をした男は上空から蛙をつかまえる角度で急降下すると「きみの場合、『たとえば』は非常に臆病で、いま私が語っている『たとえば』の寓話は、ことばの性質ではなくて、ことばをつかう人間の癖、文体のことだろうと判断する。つまり、問題をすりかえ、鉛筆で架空の紙にメモをする。架空の紙に書くのは、それが記録として残ってはこまるからだ。記録したくない。けれど、記憶したい。たとえば、そんなレトリックの中に隠れようとする。」

「たとえば」ということばがあった。「たとえば、論理を構築すると感情は衰弱する。感情を具体的に書こうとすると論理はくずれる。『たとえば』ということばは、論理を継続するというよりも切断し飛躍させるときにつかうと効果的である。感情を切断するふりをして、感情のさらに奥にある生まれる前の感情を引きずり出す力もある。」これは、鳥の顔をした男の文体を拒絶した女が書いていた「例文」である。

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破棄されたの詩「ポルトについて」のための注釈(33)

2015-04-22 01:33:51 | 
破棄されたの詩「ポルトについて」のための注釈(33)

「折り畳み椅子」にも故郷はあっただろうか。川に向かって石段を下りていったとき、曲がり角の土産物屋の前で老人が座っていた。通りすぎるときに目が合って「おまえの故郷はどこか」と聞いてきた。立ち止まると「この折り畳み椅子にも故郷はある。おまえにもあるだろう」とつづけた。ポルトガル語はわからないが、なまったスペイン語くらいの気持ちで聞き返した。「そうすると、この折り畳み椅子には兄弟や姉か妹もいたのかい。」「ああ、だれかが産んだことには間違いがない。産んでくれなければ、この世には存在しない。」

聴き間違いがなければ、老人はそう言った。耳の穴の周りに毛がいっぱい生えていたので、私のことばはとどいたかどうかわからない。老人は私を椅子に座らせ、それからコップにポルトワインを注いでくれた。その味がきのうの夜「たばこを吸う犬」というレストランで飲んだワインに似ていると言おうとした。すると「おまえの折り畳み椅子は犬を飼っていたことがあるのかい。」と問いかけてきた。「あ、いつも折り畳み椅子を広げるのを待って、その下にもぐりこんで寝ている。」知らない国のことばなので間違っているかもしれないが、そんな会話をした。家で留守番をしている犬を思い出して、なつかしくなった。

旅から旅へ動いていくとき、「故郷のように安心して休める場所はどこにあるか。自分の折り畳み椅子をもっていると、とてもいいものだ。」ホテルにかえって、ゆっくり辞書を引きながら会話を思い出すと、そういうことを言ったようだ。あのあと、老人はもう一杯ワインを注ぐと店の奥へ引っ込んでしまった。細い階段を太陽の光が白く照らしている。どこかで水道の水を流し、ふたたび止める音がする。階段を下りてきた犬が、「おまえはだれだ、いつもと違う人間がいる」という目で見つめていたなあ。



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破棄されたの詩のための注釈(32)

2015-04-19 01:26:01 | 
破棄されたの詩のための注釈(32)

「コップの灰色」ということばが、「絵」を呼び出した。テーブルの上のコップは、そうやって「過去」へ入っていく。「過去」とは人間の内部のことである。という比喩をとおるので、絵の中のコップの内部に入った水がつくりだす屈折は青くなる。一方、テーブルの上に投影されたコップの内側の輪郭と、コップの左側の白い光は塗り残した紙の色である。

さらに注釈をつけると、塗り残しについて聞かれたとき、セザンヌは「ルーブルでふさわしい色が見つかったら、それを剽窃して塗る」と答えた、という「注」をつけたくて、一連目を書いたのである。それはしたがって「事実」の描写ではない。捏造である。(一説に、セザンヌのことばは「ふさわしい色が見つかるまで塗り残しておくだけだ」。)

さらに注釈をくわえるなら、「絵」にしておもしろいのは「コップの灰色」ではない。つかいこまれた手袋や革靴の皺。鉛筆だけで何度も線を重ねながら黒い面にしてゆく。ひたすらリアリズムを追求するとき、皺は「内部」に起きたことを「外部」として刻む、一種の「罰」にかわる。顔のように、意識的に装うことができない。そういう苦悩が絵にでてしまう。

だからこそ「コップの灰色」にこだわるだとも言える、と書けば、これはもう「注釈」を逸脱することになる。無機質なものであっても、選びとられた瞬間から、そこに指紋のようなものが付着する。「内部/外部」は最初から最後まで一貫して存在するわけではない。そのつど「内部/外部」として世界にあらわれてくる、という注釈を書くためには四連目はどうあるべきだったのか。




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