ひとひらの雲

つれづれなるままに書き留めた気まぐれ日記です

お江戸のタクシー

2019-07-07 19:17:43 | 日記

 水の都といえばベネチアですが、江戸にもベネチアに匹敵するくらいの水路がありました。「掘割(ほりわり)」と呼ばれる直線的な水路が縦横に走っていて、人や物を運ぶのに船は欠かせないものだったのです。荷物を運ぶための茶船(ちゃぶね)、荷を上げ下ろしするための荷足船(にたりぶね)などが江戸の水路には行き交っていました。少し遠距離のための大型船として高瀬船などもありますし、舟遊びには猪牙舟(ちょきぶね)、屋根船、屋形船などがありました。船を使いこなせてこそ一人前の江戸っ子といわれたんですね。

両国橋大川ばた

 中でも一番人気は猪牙舟(ちょきぶね)。今のタクシーのようなものです。人が一人か二人乗れるくらいの小さな舟ですが、何しろスピードが出ます。船頭はいなせで着流しの似合う粋な若衆で、ベネチアのゴンドラの船頭さんのように美声の持ち主が多く、小唄まじりに舟を操りました。舟遊びをする客は見栄を張ります。ですから船頭もかっこいい方が良かったようですが、ビジュアルだけでなく、船頭としての腕も確かなものでした。猪牙舟はスピードを出すために船体の幅が狭くなっているのでひっくり返りやすいんですね。また高速性だけでなく、回転性にもすぐれていたので、これを操作するのは腕利きの船頭にしか許されませんでした。猪牙の船頭は名人気質が多く、「船頭は諸侯の如く、客は陪臣に等し」ともいわれました。

 人や物を運ぶ仕事は他にも駕籠舁(か)きや馬子(まご)などいろいろありますが、格は船頭が一番上でした。船を操るのはそれほど難しいんですね。川の底に岩が飛び出していたり、流れの急なところでは渦を巻いていたりしますから、川を熟知していなければ務まりません。駕籠舁きや馬子なら数日特訓を受ければ現場に出られますが、船頭には十年以上のキャリアが望まれるため、ほとんどが世襲制でした。ですから手間賃も良かったようです。中でも猪牙舟(ちょきぶね)の料金は高く、柳橋から吉原あたりまでの往復料金が大工の一日の手間賃くらいになったとか。

 猪牙舟はデートにも使われましたし、深川や吉原へ通うのにもよく使われました。柳橋から猪牙舟に乗って吉原へ行く途中に「首尾の松」というのがあって、遊客たちはこの松に「今宵の首尾のよいように」と祈ったといわれます。「首尾の松 たびたび見たび 不首尾也」、「余の舟で 見ればやっぱり 唯の松」などという川柳が残されています。また猪牙舟には布団が積んであって、朝帰りの客が仮眠をしながら帰れるようになっているのですが、布団は一枚だけなので半分に折って中にくるまりました。その様を見た人たちは、「ほら、柏餅が帰る」などといったそうです。

浅草川首尾の松御厩河岸

 猪牙舟の名の由来には諸説あります。文字通り猪の牙に似ているというもの。長吉という人が考えて作り、その名をとって「長吉舟」と呼ばれていたのが転訛したというもの。小さい舟なので水の上にちょんと乗っているように見えるので「ちょんき舟」が転訛したというものなどいろいろです。いずれにしても猪牙、猪牙といって愛用され、江戸の水路を駈け巡りました。

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