ひとひらの雲

つれづれなるままに書き留めた気まぐれ日記です

流行する病(やまい)

2015-06-17 19:36:48 | 日記
 ようやく昨日健康診断を受けてきました。自分のためと思っても、結構おっくうなものですね。余程具合が悪くならない限り、病院へは行きたくないものです。
 とはいっても、一生お世話にならないで済むという人はいないでしょう。生活習慣病に関しては、自分で気をつけることによって回避できるものもあると思いますけれど、今韓国で感染が拡大し、問題になっているMERS(中東呼吸器症候群)のような場合、どう対処したらよいのでしょうか。

 もちろん、感染者に接触しないのが一番ですが、感染者自体気がついていない場合もありますから…。それにこれから夏ですし、マスクをするのも限界があります。マスクをすることで熱中症になるリスクの方が大きいかもしれません。これだけ科学が進歩した今でも、なかなか治療法が見つからない場合もあります。免疫力が低下した者にとっては脅威ですね。日本に上陸しないことを祈るばかりです。

 このように流行する病気は疫病・伝染病・感染症などさまざまな呼び方がありますけれど、難しい区別は置いて、ここでは流行り病(はやりやまい)としてくくらせていただけきます。流行り病は幕末以後に細菌学が進歩するまでは原因が明確になっていませんでした。江戸時代には人から伝染することがわかっていたようですが、それ以前は疫鬼や怨霊などの仕業、あるいは仏罰と思われていた時期があり、それを鎮めるための加持祈祷が行われていたようです。

 かの有名な紫式部も、正暦5年(994年)に流行した天然痘によってアバタ面になってしまったことが知られています。今でこそ天然痘ウィルスは根絶されましたけれど、それまでは日本においてもかなり猛威を振るった時期がありました。大陸との交通が頻繁になった平安時代、これによって遺骸が道路に満ち溢れるといった状況になることも多かったようです。
 延暦9年(790年)の秋から冬にかけて、「京畿男女三十歳以下の者、悉く豌豆瘡(えんどうそう)を発し、…死者甚だしく、…」といった記事が『続日本紀』にあります。豌豆瘡とは天然痘のことですが、当時は「もがさ」などとも呼ばれていました。天然痘の流行は平安時代を通して二十回以上もあったそうです。

 似たような名前で赤疱瘡(あかもがさ)というのがあります。これは今でいう麻疹(はしか)のことで長徳4年(998年)に大流行し、多くの死者を出しました。昔は麻疹で命を落とすことも珍しくなかったんですね。また、「ことし例のもがさにはあらず、いとあかきかさのこまかな出来て、老いたる若き、上下わかずこれをやみ…」(『栄花物語』)と物語にも描かれ、免疫性のあることも知られていたようです。

 その他の流行り病として、瘧(おこり)と呼ばれたものがあります。「わらわやみ」などともいわれたこの病気は、今の「マラリヤ」です。他に赤痢、コレラ、インフルエンザ、結核、おたふく風邪などもありました。

 当時の養生書として『医心方』、『長生療養方』などがありますが、ほとんどは神仏に頼ることが多かったようです。私たちはいい時代に生まれたのだと思います。道端に人が倒れ、腐臭が漂う地獄絵図さながらの光景を目にすることはないでしょうから。それでもやはり恐ろしい病です。

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あやめの根合せ

2015-06-03 19:37:18 | 日記
 ようやく雨が降りましたね。暑い5月でした。気温が高いので紫陽花もあやめも咲き始めましたけれど、雨が降らないので何だかクシュンとした感じです。これからもっともっと雨が降って、元気な花を咲かせて欲しいものです。

 元気のないあやめ?(5月30日撮影)

 平安時代の5月5日といえば夏、今頃の季節になりますね。ですから菖蒲やあやめの季節とも合致するわけです。「端午の節句」でも書きましたように、この日菖蒲はよく用いられたのですが、菖蒲とあやめは混同されていたようで、だいたい同じものだと解釈してよいでしょう。今でも「菖蒲」と書いて「あやめ」と読んだりいたしますから。

 さてそのあやめ(菖蒲)ですが、平安時代には親しい人に贈る習慣があったようです。何しろその根には邪気を遠ざける効能があると信じられていましたから、長寿を祈る意味もありました。そしてその根が長いほど良いとされ、根合せの催しとなったようです。根合せは絵合せ、物語合せなどと同じ平安時代に行われた物合せの一つで、『栄華(えいが)物語』や『堤(つつみ)中納言物語』などにそのような場面が登場します。

 堤中納言が中宮の根合せで、「浅香(あさか)の沼を尋ねて求めて参りました」と差し出したあやめの根が見事なものだったので、中納言側が勝利するという話です。当時、奥州の浅香の沼は歌枕でもあり、あやめの名所として有名でした。

 君が齢(よ)の 長きためしに あやめ草 千尋(ちひろ)に余る 根をぞ引きつる
 これはその時合せた歌ですが、千尋というのは長さの単位で、この場合は「こんなに長い」というくらいの意味でしょうか。あなたのご長寿を願って、こんなに長い根のあやめをとって参りましたよという自分の誠意を表しているのですが、ちょっと恩着せがましい気もします。

 先日「なんでも鑑定団」を見ていましたら、大阪守口市で「守口大根長さコンクール」が行われている映像が紹介されました。本当にひょろひょろと長い大根の長さ比べをしているんですね。これも「根合せ」の一種かなと思いながら見入ってしまいました。

 あやめを詠んだ歌はあまり見当たりませんけれど、『古今集』の中に、
 ほととぎす 鳴くやさつきの あやめ草 あやめも知らぬ 恋もするかな(読み人知らず)
 というのがあります。あやめもわからない恋って、どんな恋なんでしょう。

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