ひとひらの雲

つれづれなるままに書き留めた気まぐれ日記です

いじめから逃げる勇気

2016-03-27 18:36:32 | 日記
 風さそふ 花よりもなほ 我はまた 春の名残を いかにとやせむ
 有名な浅野内匠頭長矩(あさのたくみのかみながのり)の辞世の歌です。元禄14年3月14日に切腹を命じられ、亡くなりました。ご存じのように、これがもとで赤穂浪士の吉良邸討ち入りとなるわけですが、ホワイトデーって浅野内匠頭の命日でもあるんですね。

 昨年の桜

 内匠頭が吉良上野介にどんな嫌がらせを受けていたかについては諸説ありますけれど、いずれにしても現代でいうところの上司のいじめに近いのでしょう。この時代、そう簡単に藩主を辞めるというわけにはいきませんから、与えられた役目をひたすら全うするしかなかったと思いますが、今は辞めるという手段があります。会社で上司に嫌がらせをされて自殺するくらいなら、「その勇気をもって会社を辞めてしまえ!」と言いたいのですが、そうできない事情もあるのでしょうか。自殺しちゃうんですね。

 学校でのいじめを苦にして自殺する生徒さんにも、「勇気をもって親に言いなさい。そして転校させてもらいなさい!」と言いたいのですけれど、なかなか親には言えないで一人悩み、自殺してしまうケースが多いようです。

 親に言えないどころか、親自身が子供を虐待するケースも増えています。13階から5歳児を投げ落としてしまった母親は、それで自分が幸せになれると思ったのでしょうか。また相模原市で中学生男子が親から虐待を受け、自殺してしまったというケース。本当に可哀想で言葉も見つかりません。この子は児童相談所に保護を求めていたそうですが、救うことができませんでした。

 この子が自殺を図ったのは2014年11月、意識不明のまま時が過ぎ、今年の2月になって死亡したそうです。母親が心から反省し、「ごめんなさい。もうしないから死なないで」と心の中で叫んでいたら死の淵から生還したかもしれませんけれど、インタビューを見る限り、反省している様子も、子供が死んでしまったことを悲しんでいる様子も伝わってきません。自分は虐待などしていないという態度を改めなかったので、この子は生きようとする気力をなくしてしまったような気がします。

 子供にとって親というのはこの世の中で最も保護してくれる存在である筈なのに、その親から逃げたいと思う気持ちって…。悲し過ぎます。
 逃げようとしても逃げられないケース。まだまだあるんでしょうね。老人を騙したり虐待したりするケース、DV(ドメスティック・バイオレンス)やパワハラも含めて、弱いものをいじめる行為が如何に醜い所業か、恥ずべき行為なのかをもっと世の中に浸透させ、社会的制裁を与えるような気運が高まることを祈るばかりです。

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春の雨

2016-03-13 19:21:08 | 日記
 このところよく雨が降りますね。何だか菜種梅雨のような感じですけれど、まだ桜も菜の花も咲いていませんし…。
 でも、しとしとと降る雨はいいですね。小糠雨のように細かい雨はちょっと濡れるくらいが心地よい。だから傘なしで歩いて行こう、なんていう名台詞がありましたよね。そう、「月形半平太」です。傘を差し掛けた舞妓に、「春雨じゃ、濡れて行こう」というあれですが、ちょっと古かったですか。

 遅咲きの梅  散り敷く梅の花

 蕪村の句に、「春雨や 小磯の小貝 ぬるるほど」というのがあります。磯に打ち寄せられた小さな貝が濡れるほどの雨という譬えで春雨を表しているのですが、それくらいかすかに降っている様子が目に浮かびます。また、「春雨や ものがたりゆく 蓑と傘」というのがあります。蓑と傘という身分風俗の違う二人が春雨の中を話しながら歩いていく様を詠んだものですが、これも絵のような光景ですね。さすが蕪村さん!

 こんな歌もあります。
 はるさめの 降るとは空に 見えねども 聞けばさすがに 軒の玉水(宮内卿)
 春雨が降っているようには見えないけれど、耳を澄ますと軒の玉水が滴り落ちる音が聞こえるというのです。静かな春の雨です。

 暖かくなってくるこの頃は、こんな春雨なら濡れても大丈夫なんて考える方多いんじゃありませんか。ま、こんな雨ばかりならいいのですけれど、春には嵐のような雨もあります。花散らしの雨ですね。

 春眠暁を覚えず 処々に啼鳥を聞く 夜来風雨の声 花落つること知りぬ多少ぞ
 ご存じ孟浩然(もうこうねん)の「春暁(しゅんぎょう)」という五言絶句です。「春眠暁を覚えず」というところは、寝坊した時の言い訳などで今でも使われることが多いのではないでしょうか。私が言いたいのは後半(転句と結句)で、「昨夜は随分風や雨の音がしていたけれど、どれくらい花が散っただろうか」というところです。

 春には爆弾低気圧が来たりして台風のような風が吹くことがあります。春の嵐などともいわれますけれど、こんな花散らしの雨は歓迎できません。やはり静かに降る雨がいいですね。静かな雨でも花は散りますけれど、梅は梅の実をつけます。花が散っても実が残ればいいですよね。でも、実をつけない花もあります。

 「薬子伝」は最初「王城のあだ花」というタイトルでした。紆余曲折を経て「薬子伝」になったのですが、あだ花には「実を結ばずにはかなく散っていく花」という意味があります。ですから薬子は王城の地に咲いたあだ花ということになるのですが、散っていった理由は静かな雨ではなく、嵐でした。

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