ひとひらの雲

つれづれなるままに書き留めた気まぐれ日記です

秋の風物詩

2019-10-27 19:13:14 | 日記

 今年は台風がよく来ますね。雨の日が多く、日照時間が少なくて憂鬱な気分になります。もっと秋晴れが欲しいですね。「即位の礼」の日も天候が心配されましたけれど、滞りなく行われたことを喜ばしく思います。パレードの日はどうか晴れますように。

 台風が多かったせいかどうか、秋の気配をあまり感じられないまま11月を迎えようとしています。せめて和歌や俳句の中から秋の風物詩を見つけてみましょう。まずは「赤蜻蛉(あかとんぼ) 来て打つ音や 古障子」(小沢碧童)。古障子に当たる赤とんぼの微かな羽音を感じ取っている句です。いいですね、赤とんぼ。夕焼けが似合います。

 秋はまた風がよく吹きます。「あきかぜの ふきぬけゆくや 人の中」(久保田万太郎)。これは野分(のわき)と呼ばれるような強い風ではなく、すっと吹き抜ける冷たい風ですが、雑踏の中を流れていく秋の風に物悲しさを感じますね。

 また秋は月見の季節。月を詠んだ和歌や俳句はたくさんありますけれど、こんなのはどうでしょう。「秋の月 ながめながめて 老(おい)が世も 山の端(は)ちかく かたぶきにけり」(源家長)。山の端近くに傾いた月に、自分の老いを重ね合わせた歌です。秋の月を眺めつづけているうちに、自分の人生も終わりに近くなってきてしまったという、ちょっと淋しい歌ですね。

 まだまだありますよ、秋の風物詩。「萩が花 尾花葛(くず)花 なでしこの花 をみなへし また藤袴 朝顔の花」(山上憶良)。秋の野に咲いている花を並べただけの歌ですけれど、まさに秋を代表するような花ばかりです。尾花は薄(すすき)のことで、葛や撫子、女郎花、藤袴まではわかるのですが、朝顔というのはどうしても夏の花のイメージが強いですね。でも秋の季語なんです。

 秋の季語として意外なものは他にもあります。蜩(ひぐらし)です。蝉は夏なのに蜩は秋なんですね。「蜩の つと鳴き出しぬ 暦見る」(星野立子)。蜩が鳴き出したのを聞いて暦を見上げたのは、「もう秋なのか」と季節の移り変わりを感じたからなんです。なかなか敏感に捉えています。

 秋を感じさせるもの。彼岸花などもそうでしょう。別名曼珠沙華(まんじゅしゃげ)ともいいます。「曼珠沙華 散るや赤きに 耐へかねて」((野見山朱鳥)。彼岸花は燃えるように赤く咲いていますけれど、また燃え尽きたように散っていきます。そんな生命の燃焼を捉えた句です。

彼岸花

 他にも菊やキンモクセイ、鶏頭などは秋を代表する花でしょう。柿、栗、葡萄なども秋を演出する果物です。木の実としてはどんぐり、銀杏など、また虫の声も秋には欠かせないものです。「虫なくや 金堂の跡 門の跡」(正岡子規)。古都の大寺の伽藍跡に立つと、あちらこちらから虫の音が聞こえてくるんですね。往時を偲んでいるような句です。

 また秋といえば夕暮ですけれど、これは以前にも書いているので省略しましょう。稲刈りも秋らしい風景ですが、何といっても秋は紅葉です。「紅葉ばの ちりてつもれる わが宿に たれをまつむし ここらなくらむ」(読人しらず)。紅葉が散って積もっているこの庭に、誰を待つといって松虫が鳴くのであろうか、といった感じですか。

 これから行楽のシーズン、紅葉狩りに出掛ける方も多いことでしょう。晴れてくれることを祈るばかりです。

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恋歌

2019-10-13 19:04:55 | 日記

 昨日は一日中台風に振り回されました。河川の氾濫、ダムの緊急放流など、普段起きないことがたくさんありましたけれど、地震もあったんですね。まさに三隣亡の仏滅といった感じでした。何とか停電を免れ、ほっとしています。浸水など被害に遭われた皆様には心よりお見舞い申し上げます。

 最近はときめくことも少なくなりましたし、恋にも縁遠くなり、どちらかというと怒りの方が多くなりましたけれど、誰かを想うという想いに感動することはありますね。「玉の緒よ 絶えなば絶えね ながらへば 忍ぶることの 弱りもぞする」という式子内親王(しょくしないしんのう)の歌、これは情熱的な想いをひたすら胸に秘め、堪えている歌です。「玉の緒」は魂と体を繋ぎとめる緒(ひも)のことで、命ですね。その命さえも絶えるなら絶えてしまえというわけです。何故かというと、このまま生きながらえていたならば、恋心を秘めていられなくなるからです。世間に知られてはならない秘密の恋。それを堪え忍んできたけれど、「もう限界!」という心の叫びが聞こえてきそうな歌です。彼女は後白河天皇の第三皇女で、賀茂の斎院を務めましたが、病気になって退任し、やがて出家します。恋愛や結婚とは縁のない身であっても、そこはやはり一人の女性であったわけですね。

源氏物語図屏風より

 恋は女の命といいますけれど、男の方はあちらこちらに女がいたりするものです。何せ妻問い婚の時代、「君のことは忘れないよ」なんて言われても、なかなか信用できない時代でした。「忘れじの 行末(ゆくすえ)までは かたければ 今日を限りの 命ともがな」(あなたは私のことを「忘れないよ」と言うけれど、将来まで信じることは難しいので、そう言ってくれる今日を限りの命であって欲しいものです)という歌があります。この作者は高階貴子(たかしなのきし)といって、摂政・関白であった藤原道隆(みちたか)の奥さんですが、道隆の弟にはかの有名な藤原道長がいます。子供は内大臣伊周(これちか)、中宮となった定子(ていし)、中納言隆家(たかいえ)といったそうそうたるメンバー(定子には清少納言が女房として仕えています)。ところが子供たちは道長との権力闘争に破れ、家は没落してしまいます。「忘れじの…」は、そんな貴子が若い時に詠んだ歌。何だか将来を暗示しているような歌にも思えますね。

 恋といえば小野小町ですけれど、彼女は夢にまつわる歌を多く詠んでいます。「うたたねに こひしき人を 見てしより 夢てふものは 頼みそめてき」(うたた寝で恋しい人を見た時から、夢というものを心頼みにするようになりました)とか、「思ひつつ 寝(ぬ)ればや人の 見えつらむ 夢と知りせば さめざらましを」(思いながら寝たから恋しい人が見えたのであろうか。夢だと知っていたら目覚めずにいたであろうに)なんていうのもありますが、とにかく夢でもいいから逢いたいと思うようになるんですね。「いとせめて 恋しき時は むばたまの 夜の衣を かへしてぞ着る」(どうしようもなく恋しい時は夜着を裏返して着るのです)となるのですが、なんで寝巻を裏返して着るの?と思われるでしょう。実は俗信で、夜着を裏返して着て寝ると、恋しい人に夢で逢えると信じられていたんです。ロマンチック!

 さて最後にロマンチックというより情熱的な歌を一首。狭野茅上娘子(さののちがみのおとめ)という女性なのですが、夫中臣宅守(なかとみのやかもり)と別れる時に詠んだ歌が万葉集に収められています。「君がゆく 道の長手(ながて)を 繰(く)り畳(たた)ね 焼き亡ぼさむ 天(あめ)の火もがも」(あなたが行く長い道のりを手繰り寄せ、畳んで焼き亡ぼしてしまうような天の火があればいいのに)というのですが、なかなか激しいものがあります。夫宅守は流罪となって越前へ下るのですが、その行く道を焼き亡ぼしてしまえば、行かずに済むだろうと考えたわけです。恋はとてつもないことを考えさせるものですね。でも、そういう想いに身を焦がしていられるうちが、花なのかもしれません。

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