ひとひらの雲

つれづれなるままに書き留めた気まぐれ日記です

神と仏の共存(神仏習合)

2015-02-18 18:22:56 | 日記
 日本はもともと神様の国です。何といっても日本の歴史は神話から始まるわけですし、天孫降臨の地があり、天皇は神様的存在だったのですから。
 しかし6世紀に仏教が伝来し、聖徳太子が四天王寺を建立してから神と仏の共存が始まります。仏教は国家鎮護のための道具となり、各地に国分寺が造られるようになりました。

 そこで神様はどうなったかというと、仏の化身であるとされるようになったんですね。権現様と呼ばれるのがそれです。八百万の神々は仏の化身・権現様として現れるのだとする本地垂迹(ほんじすいじゃく)説が行われるようになりました。神仏習合です。例えば天照大神の本地は大日如来であるとか、熊野権現は阿弥陀如来の化身であるとか…。那智大社と青岸渡寺のように、お寺と神社が同じ境内にあるところも少なくなかったんですよ。

 明治に入って神仏分離令が出され、廃仏毀釈が行われたこともありましたが、今では信教の自由が憲法で認められています。憲法20条には宗教を信じる自由と宗教的行事に参加することを強制されない自由、国の宗教活動の禁止が記されています。生まれた時は神社へお宮参りをし、結婚式は教会で、そしてお墓へ入る時は仏教でという一生を過ごす人も珍しくありません。日本は本当に自由で平和な国だなあと思います。

 今世界で起こっていることを、神様はどうご覧になっておられるのでしょう。どのような神であれ仏であれ、人々が争うことなど望んではいない筈です。まして殺しあうことなど…。

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もうすぐ節分

2015-02-01 18:42:56 | 日記
 もうすぐ節分ですね。節分が来ると次は立春。暦の上では春になりますが、先週は全国的に雪が降りましたし、まだまだ寒さは続くようです。
 最近では節分に恵方巻を食べる風習が広がり、スーパーでもコンビニでもよく見かけます。美味しいものが食べられるのは嬉しいことですが、クリスマスを初めバレンタインデーだのホワイトデーだの、ハロウィンだのと外国の風習までが国民的行事になり、日本人て本当に大変だな~と思います。

 しかし日本に古くからある行事と思われるものも、もともと中国の習俗だったものが多いんですね。節分もその一つで、今のような形になったのは室町以降だそうですが、「追儺(ついな)」という行事と一緒になったもののようです。

 「追儺」は「儺(な)やらい」とか「鬼やらい」とも呼ばれ、平安時代以前から大晦日に疫鬼(えきき)を駆逐する宮中の儀式でした。方相氏(ほうそうし)が盾と矛をもって鬼を追い、殿上人も桃の弓と葦の矢をもって清涼殿の長橋から鬼に射かけ、まずは宮城門の外へ追い払います。すると今度は京職(きょうしき)がこれを受け継ぎ、郊外まで追ったのだそうですが、目に見える鬼がいたわけではありません。時代が下るにつれて方相氏を鬼に見立てることになったようです。

 新潮社『源氏物語』図録より

 『源氏物語』にも「儺やらい」はよく出てきますが、特に「幻」の巻の最後がこれで終わっています。一年がこの「儺やらい」で終わるのと同時に、光源氏の物語もこれで終わるんですね。次の「雲隠(くもがくれ)」の巻には本文がありません。そして次の「匂兵部卿(におうひょうぶきょう)」の巻は「光かくれたまひしのち…」で始まります。光源氏が亡くなってからの話になるわけですが、彼の生涯がこの「儺やらい」で終わるというのもどこか印象的です。

 目に見えない鬼は病であったり、不慮の事故であったりと形を変えてやってきます。我が家ではここ数日、電化製品の故障が相次いでいますけれど、これも鬼の仕業かもしれません。
 何はともあれ「悪鬼退散!」、です。

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