ひとひらの雲

つれづれなるままに書き留めた気まぐれ日記です

御中臈様のお仕事

2020-08-30 19:10:13 | 日記

 大奥にはたくさんの女性が働いていましたが、それぞれ役目がありました。例えば御右筆(おゆうひつ)なら諸家への書状から日記、記録の作成など一切の文書を担当しますし、表使(おもてづかい)なら大奥で必要な諸品目を御広敷(おひろしき)役人に交渉して買い調(ととの)えさせたり、大奥と表の取り次ぎ役もしました。御年寄(おとしより)クラスになるとほとんど体を動かすこともなく、煙草盆を前にして座ったまま大奥一切の諸事を指図していましたが、大奥女中最下位の職である御末(おすえ)はあらゆる雑役に従事していました。水汲みなどの力仕事から、必要があれば乗物を担ぐ仕事(駕籠かき)までしたといいます。

 他にもいろいろな職制がありますけれど、テレビドラマによく出てくる御中臈の仕事について考えてみましょう。まず御中臈には将軍付と御台所付があります。御台所付の御中臈は七、八人いましたが、二人一組の交代制で、御台様の食事をはじめ、入浴、トイレなどのお世話をします。御台様が起床する前に身支度を整え、朝七時頃には御台様を起こしにいきました。「お目覚め、おめでとうございます」と声をかけるのだそうですが、面白いですね。確かに目覚めなかったら大変ですから、目覚めることはめでたいに違いありません。起きると、うがいの水を差し出します。次に入浴、髪結(かみゆい)、朝食と続きます。

 御台様の朝食は御広敷御膳所(おひろしきごぜんしょ)で十人分を作り、毒味のあと九人分が大奥の御膳所へ運ばれてきます。御次(おつぎ)が運んできた膳部を御中臈が受け取り、御台様に差し出すのがお役目。魚をほぐしたりするのも御中臈のお役目でした。残った料理はどうなるかというと、あとで御年寄や御中臈がいただいたということです。

 御膳を運ぶ御中臈

 朝食が済むと、将軍を迎える御台様の着替えを手伝います。午前十時頃になると将軍が奥入りし、「総触れ」が行われ、御中臈も将軍へ朝の御挨拶をしました。将軍が中奥へ戻ると、御台様は普段着に御召替(おめしか)えをします。御中臈はそれを手伝い、脱いだ御召物をたたんで箪笥にしまったりしました。お昼も御台様のお食事の世話。そして午後二時頃になると再び将軍が奥入りし、御台様と歓談することがあります。この時も御召替の手伝い、同席。他に御台様が楽しむ茶の湯や生花、和歌などの相手も務めました。夕食後ようやく自由時間がもらえますが、夜、御台様が一人でお休みになる時は、当番の御中臈が宿直(とのい)として中年寄(ちゅうどしより)とともに御台様のそばで寝ました。結構忙しかったんですね。

 一方将軍付の御中臈はというと、こちらも食事、入浴からトイレのお供まで、身の回りすべてをお世話することに違いはありませんでした。またこれがお役目といえるかどうかわかりませんけれど、将軍のお目に留まり、御手が付く機会は多かったようです。御手が付けば側室となり、寵愛を受けて男子を産めば「お部屋様」、女子を産めば「お腹様」となります。本人だけでなく、親類縁者も立身出世の栄誉に浴しました。奥女中たちは内々で、御手付の御中臈を「汚(けが)れた方」、御手付がないのを「御清(おきよ)の方」といって揶揄したとか。いかにも羨望と嫉妬が渦巻く大奥ならではの呼び方ですね。

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大奥のペット

2020-08-16 18:46:12 | 日記

 長かった梅雨が明けて猛暑。蝉も鳴きはじめました。夏の音です。ただ蝉はペットにするわけにもいかないので、ご近所の庭木に飛んできて、鳴き声を聞かせてくれるのは嬉しいですね。林の中まで行けば蝉しぐれも聞けますけれど、街路樹などで鳴いているのも結構いいものです。子供の頃、蝉をとってきて虫籠に入れていたことがありますが、すぐに死んでしまうので可哀想。ペットにしてはいけません。今やペットブームで、変わった生き物を飼われている方もいるようですが、基本的にはやはり犬か猫。犬派、猫派に分かれているようです。

 家にいる時間が長くなって、益々ペットの需要が増えているのではないでしょうか。江戸城大奥も外出はままなりませんでしたし、男性と会う機会もほとんどなく、ストレスはたまる一方でしたから癒しが必要でした。当然のこととしてペットブームが巻き起こります。ただペットが飼えるのはランクが上の奥女中に限られていました。犬や猫は勿論、文鳥や鶯などの小鳥も人気があったようです。変わり種の金魚は大人気で、高価なガラスの入れ物に入った金魚が大奥の各部屋で泳いでいたとか。

 徳川氏奥向きの図

 他に鈴虫や松虫も、手軽なペットとしてその鳴き声を楽しみました。季節のものなので、一時的に大量に必要になったりします。鈴虫や松虫を調達したのは大奥に出入りする御用達(ごようたし)商人ではありません。江戸近郊農村の農民たちが数百匹単位で調達することになっていたそうです。農民も大忙しですね。

 犬の中でも狆(ちん)は人気がありました。今でも結構飼われている方も多いのではないでしょうか。大名屋敷の奥向きでも人気があったようで、狆を抱いた大名家の御姫様を描いた錦絵などが散見されます。狆に限ったことではありませんが、ペットは贈り物としても使われました。高価な小動物は、武士や商人たちのポストや利権獲得のために奥女中に贈られたようです。

 狆を抱いた大名家の御姫様

 一方、妊娠すると大騒ぎになるのが猫。飼い主の奥女中の機嫌を取り結びたいという目論見から、生まれる子猫が欲しいという希望者が殺到するのだそうです。子猫が生まれると、飼い主の奥女中は貰い主に対して生活用品一式を贈るの慣例で、何かと物入り。貰い主の方も、誕生日には飼い主の奥女中を接待しなければならないのでこれまた大変なのですが、人脈を得るためでもありますから面倒も何のそのというわけです。行動の自由が束縛されている女の園大奥では、こうした儀式も楽しみのひとつだったのかもしれません。

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江戸の出版文化

2020-08-02 19:16:17 | 日記

 前回、浮世絵とそれを描いた絵師について触れましたが、江戸の出版文化は浮世絵ばかりではありません。五代将軍・綱吉の元禄年間になると、庶民が本を読むようになり、出版物が盛んになります。小説をはじめとして地図類や旅行のガイドブックなども人気がありました。また名所旧跡、寺院仏閣、景勝地の由来や来歴を書き記した「名所図会(ずえ)」。これは名所に関する芸文や物語なども載っており、地誌といってもよく、教養のための本でもありました。京都を扱った『都(みやこ)名所図会』、江戸を扱った『江戸名所図会』などは高価なものでしたが、庄屋や名士のお金持ちがステータスシンボルとして買っていたようです。今でいえば百科事典をリビングに飾るようなものですね。

 江戸市内の識字率は高く、平仮名はほぼ百パーセントが読めたようです。ですから絵草子(えぞうし)でも何でも、漢字の脇に仮名が振ってあれば読めました。そこで意外なベストセラーが登場するわけです。出版物の中で一番のベストセラーは何と「武鑑(ぶかん)」。これには大名の家臣の名前や紋所、代々の系図や給料の額まで載っています。城での役職も書いてあるので、例えば呉服屋が反物を売る時、誰のところに行けばいいかわかりますよね。商人には必須のアイテムでした。また、大名行列の時の槍の先が図になっているので、遠くから見てもどこの大名行列かわかるのも便利だったようです。

 何だかんだいっても、庶民の関心はやはり小説です。庶民の読み物として最初に流行したのが井原西鶴(いはらさいかく)に代表される浮世草子。ご存知『好色一代男』や『日本永代蔵』、『世間胸算用』といった類ですけれど、これは上方で流行しました。江戸では最初、赤本、青本、黒本と呼ばれる草双紙が出ましたが、これらは主に子供から少年層を対象にしたものでした。やがて大人を対象にした黄表紙本が出版されるようになり、恋川春町(こいかわはるまち)の『金々先生栄花夢(きんきんせんせいえいがのゆめ)』、山東京伝(さんとうきょうでん)の『江戸生艶気樺焼(えどうまれうわきのかばやき)』が評判になりました。。

 京伝はまた洒落本の世界でも第一人者でしたが、寛政の改革の時出版取締令に触れ、手鎖(てぐさり)五十日の刑を受けました。次に出てきたのが合巻本。これは草双紙を五冊分合わせて一冊にしたもので、京伝なども書いていますけれど、やはり『偐紫田舎源氏(にせむらさきいなかげんじ)』で人気を博した柳亭種彦(りゅうていたねひこ)が第一人者といえましょう。

 洒落本の京伝、合巻本の種彦とくれば、人情本の為永春水(ためながしゅんすい)、読本の滝沢馬琴(たきざわばきん)ですね。人情本は遊びを越えて恋の真情を追求したもので、挿画の美しさにも力が注がれており、春水の『春色梅児誉美(しゅんしょくうめごよみ)』などが代表的なものです。読本とは絵本に対する語で、絵を見るより文字を読むもの、その背後には儒教思想に基づく勧善懲悪の理想が掲げられています。そして和文と漢文調を折衷した読本独自の韻律を感じさせる文章になっているのが特徴といえましょう。長編が多く、代表作としては馬琴の『南総里見八犬伝』があげられます。

 南総里見八犬伝南総里見八犬伝 春色梅児誉美

 このほか笑いを目的とした滑稽本というのもありました。『東海道中膝栗毛(ひざくりげ)』の十返舎一九(じっぺんしゃいっく)、『浮世風呂』『浮世床』の式亭三馬(しきていさんば)などが代表的なものです。これはほんの一部ですから、いやはや江戸の出版文化、なかなか盛んだったようです。

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