将棋 「デビル中田」こと中田宏樹を粉砕した谷川浩司の妙手 第32期王位戦

2019年04月24日 | 将棋・好手 妙手

 将棋の絶妙手は美しい。

 前回は広瀬章人竜王の、鮮烈な寄せの数々を紹介したが(→こちら)、今回もそんな妙手を。

 テニスの錦織圭選手は、その多彩で才能あふれるプレースタイルから、海外では「ショットメイカー」と呼ばれているが、将棋界でその名がふさわしいのは谷川浩司九段であろう。



 1991年の第32期王位戦

 谷川浩司王位に対する挑戦者は、そのクールな風貌と、悪魔的な強さから「デビル中田」と恐れられる中田宏樹五段

 どの世界にも、才能と地位や名誉が、あまり釣り合っていない人というのがいて、屋敷伸之深浦康市のタイトル3期は少なすぎるとか。

 阿久津主税のA級順位戦17連敗なんてありえんやろとか、竜王に挑戦した真田圭一が、いまだC1のままとか数あるけど、その中に

 「中田宏樹にA級タイトルの経験がない」

 というのも、あげれらるのではあるまいか。

 デビュー初年度にいきなり最高勝率賞を獲得(羽生善治と同時受賞)し、その後も安定した好成績で、プロ間でも力を認められているのに、その実績はかなり物足りないものがある。

 その才能にもかかわらず、中田が上位に君臨できていない理由は、戦績の面だけでいえば、まず順位戦で苦労したこと。

 C級2組で10年、C級1組で9年も停滞するなど、その実力からは考えられないことで、よほど相性が悪かったのだろうか。

 それともうひとつ、初登場したタイトル戦で、いい将棋を指しながらも奪取できなかったことがあるだろう。

 それを阻止したのが、谷川浩司の放ったある一手なのだ。

 中田の2連勝でむかえた第3局、戦型は谷川得意の角換わり腰掛銀になる。

 





 △37角と打たれて、飛車を逃げるのでは△46角成と取った形が、 が手厚く先手が大変そう。

 形は「両取り逃げるべからず」で、▲61銀など後手玉に迫りたいところだが、「妙手メイカー」谷川の思考はその上を行くのだ。

 

 

 




 ▲35金と出るのが、当時話題になった絶妙手

 意味はむずかしいというか、子供のころ見たときサッパリわからなかったが、正直今でもむずかしすぎて、よくわからない(苦笑)。

 手順を追って解説すると、後手は△35同金と取るが、そこで▲61銀、△92飛と利かしたあと、▲24飛と出られるのが自慢。

 以下、△23歩▲29飛と引いたところで、金出のもうひとつの効果がハッキリする。

 後手は△35の金が取りになって、△34金と逃げなければならない。

 これが、その図。

 


 



 最初の局面で、普通に▲61銀、△92飛、▲29飛△46角成、とした場合とくらべていただきたい。

 


▲35金、△同金の交換をしないで同じように進めた図

 


 金捨てがなければ、後手は△34金と金を逃げる代わりに、△46角成と金を取っていることになるから、馬ができて手厚いし、歩切れの先手は手が作りにくい。

 だが本譜の順だと同じ形でも、△37角が、まだほったらかしで働いておらず、さらに先手は▲24飛と取ってるから、一歩多いことになる。

 つまり▲35金は、どうせ取られるから無意味に見えて、実はそれで1歩と1手を稼ぐ超絶トリックなのだ。

 以下、その得を生かしてあっという間に谷川勝ちに。

 ……とまあ、全然自信のない解説で、強い人がいたら補完していただきたいですが、ともかくもこの▲35金は「光速の寄せ」にふさわしい一着。

 「ダンスの歩」ならぬ「ダンスの金」とでもいった、才能あふれる手なのである。

 これで流れが変わったシリーズは、2勝2敗でむかえた第5局で、終盤必勝になりながら、中田がさして難しくない詰みを逃して敗れ、決定的に。

 

 

 

 谷川が▲43銀と打ったところだが、これは形作りで、先手玉は△85歩と打って、▲97玉に△86金からの簡単な詰み。

 ところが、なぜか中田宏樹は△43同金と取ってしまい、▲32銀、△51玉、▲73角成とされ、これが王手金取りで、先手玉の上が抜けてしまい大逆転。

 

 

 もしここで「中田王位」が誕生していたら、彼はそのポテンシャルと評価からして、久保利明深浦康市クラスの戦績を残していた可能性は高い。

 それを打ち砕いたこの▲35金というのは、ただの妙手というだけでなく、一人の棋士の人生を大きく変えた、将棋史的にも波紋を呼んだ手だったのかもしれない。

 

 (大道詰将棋のような加來博洋アマの妙手編に続く→こちら

 

 


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