そのそもそもの語源は「万葉集」に
哭沢(なきせわ)の神社(もり)にみわすえ祈(いの)れども、
わが王(おおきみ)は高日知らしぬ(巻二の二〇二)
斎串(いくし)立てみわすえ奉(まつ)る神主部(かむぬし)の
髪華(うず)の玉陰見れば羨(とも)しも(巻一三の三二二九)
等と「みわをすえる」とありますのは、みわとはもともと酒を醸(つく)る瓶(びん)
のことであるが、太古は醸った酒をその瓶のまま地に堀りすえて神に供えたもので
あるので、その酒瓶のことをいうみわがそのまま、神に奉る酒のことになったのである
とのことであります。
哭沢(なきせわ)の神社(もり)にみわすえ祈(いの)れども、
わが王(おおきみ)は高日知らしぬ(巻二の二〇二)
斎串(いくし)立てみわすえ奉(まつ)る神主部(かむぬし)の
髪華(うず)の玉陰見れば羨(とも)しも(巻一三の三二二九)
等と「みわをすえる」とありますのは、みわとはもともと酒を醸(つく)る瓶(びん)
のことであるが、太古は醸った酒をその瓶のまま地に堀りすえて神に供えたもので
あるので、その酒瓶のことをいうみわがそのまま、神に奉る酒のことになったのである
とのことであります。