@3千人対2万人の織田軍と今川軍戦い「桶狭間の戦い」は、如何に信長は戦いに勝ったのか様々な戦術・戦略ストーリーがあり現在でもその真相は明らかではない。ここでは「猿」(藤吉郎)の智謀・奇襲戦術である。「欺くのは身内から」と家来に沈黙・雲隠れ、それに元康(家康)に出した降伏文書と、奇想天外な動きから始まる。山の民と野犬、それに雨・嵐・雷の中で奇襲襲撃とした説は如何にもありそうで、一気に読破する場面だ。現代の「小」が「大」を、「下請け」が「元締め」を買収するなど世の流れも大きな変化を見せる。どれもこれも「人財と能力」と言われるが人不足であるがゆえに優秀な人材を確保することが必須だと感じる。「理論」上手な人材以上に「行動」できる人材が今最も必要だと感じる。それは、大げさに言うと「理論」は机上の空想か、ネット上で得た知恵ごとにすぎなく、実行・実践という行動を伴い結果を出せる事が重要、その人材不足は「頭」ではなく「足」だと。行動力から結果に繋がらなければこれからの企業は生き抜いていけない。
『空白の桶狭間』加藤廣
- 藤吉郎の持ち前と機転・洞察で義元の隠された内実と力量を見切っていた。歴史の空白から漏れた真実を炙り出す。
- 信長の決断「桶狭間の戦い」の選択
- 織田軍3千人・今川軍2万人
- 籠城か、野戦か、それとも間道の抜けが目
- 採った策は藤吉郎の策謀に託し、「一の谷の戦い」真似た謀略
- 降伏文書を下に義元を桶狭間に呼び出しことであった
- 山の民(放牧)50人と犬を利用した奇襲をかけた
- 丸腰の信長と他2名が義元の前に出た瞬間、強風と雷
- 犬の嫌いな臭い油で信長と家来総勢18騎で攻めた
- 引き上げ時には「親方様は雷に打たれ即死」と触れ回り
- 参道の兵士等に雷を避けるため槍・刀等を捨てさせた
- 駿府からの密書に「武田・北条連合が駿府攻撃中、苦戦
- 今川氏真は密書を信じ即刻帰国を決定した(偽諜報)
- 今川義元は行政・法制上の手腕は、越前朝倉とともに戦国一流
- 法整備は信長など比較にならず建仁寺・妙心寺で修行
- 尾張の政治と産業
- 桑を植えて蚕を飼う絹織物・繊維産業が盛ん
- 労働力の女子が多かった(兵と農の分離)
- 信長の兵士、男は通年雇用だった・兵農分離政策の近代的武将
- 機動力はあるが、弱兵だった=鉄砲を導入する
- 信長(武士)の攻略
- 謀略・陰謀の汚名で一抹の不安がよぎった信長
- 陰謀は消してこそ陰謀だと提言(消す事ができる歴史)
- 今川に人質になっていた家康に「降伏文章」を託す
- 家康の妻は今川の姪(築山殿)を利用することだった
- 「桶狭間の戦い褒賞」3名のみ
- 服部小平太・毛利新助(義元の首を掻いた)
- 簗田政綱(義元の居場所を偵察・情報を提供)=
- 秀吉は3つの望みを託した
- 帝への忠誠・「猿」から藤吉郎の呼び名(家来の手前)
- 最後はお市様の妻と思っていたが言えず
- その後秀吉は妻を娶る